第761話-2 彼女は女王陛下に提案する
『まあ、面白そうではある』
新王宮の宿泊場所に案内され、彼女は『魔剣』と会話を始める。隣室には従卒役の灰目藍髪がいるのだが、今は一人である。
「ふふ、楽しみね」
『よその国の施設を見学する機会はあんまねぇだろうしな』
「それより、魔力持ちの子を見つける方が楽しみなの」
恐らく、以前王都の孤児院を回った時より、魔力走査の精度が格段に向上している為、そう時間はかからないだろう。
子供をピックアップした後、それぞれ個別に女王の従者になるかどうか、その為の鍛錬を受け入れるかどうか意思を確認しなければならない。
『どうする気だ』
「普通にリリアルに加えるわよ。最初の半年は使用人教育。読み書き計算と下働きの教育ね。その間に、魔力の鍛錬もして薬草畑の世話もさせるわ」
『いや、どこまで教育するのかって話だ』
リリアルの魔術師は、術者としてよりも魔力持ちとして装備と基本的な魔力操作の組合せで戦うスタイルだ。
女王の護衛としては、魔力により身体強化、魔力走査、気配隠蔽、魔力飛ばし、魔力纏いと魔力壁までできれば十分だろう。魔装が前提の戦い方まで教えるつもりも与えるつもりもない。
とはいえ、それで十分並の魔戦士並の戦闘力にまで育てられる。戦う力より女王を守る力を育てるべきだと彼女は考えている。
「それと、非公式な情報伝達手段になると良いと思うの」
『はあ、二重スパイか』
「本人次第ね。それに、聖職者が強いのは各国の要人と会える伝手が教会・教皇庁通じて存在するからでしょう。我々も王家とは別のチャンネルで陛下と情報交換ができれば、リリアルとしての強みになると思うの」
『逆に、警戒されねぇか』
「王太子殿下までは問題ないでしょう。その次の代であれば、女王陛下の御世ではないかもしれないので、やはり問題ないわ」
王太子と女王は十歳ほど年が離れている。なので、よほどのことが無い限り、王太孫の代のことは考えなくてもよい。その間に、王国と連合王国、そしてリリアルの在り方も変わるだろう。
「できれが五六人いるといいわね」
『いるだろ? この国の連中は、そういう目で孤児を見ていない。上ばかり見ている奴らには、そういう視点は欠けているからな』
女王の救貧法は何もしないよりずっと良いが、そもそも教会・修道院が担っていた弱者救済の仕組みを破壊し、利益だけ仲間内で山分けした父王の負の遺産をなんとか帳尻合わせようとした結果に過ぎない。
教会を通して施しを行う方が、役人という名の郷紳層を間に挟んで法律で矯正するより、よほど自然だろう。やらされ仕事は、所詮良い結果を生むものではない。連合王国の地方役人幹部である治安判事などは、在地の名士の名誉職であり、ほぼ無給の仕事である。そう考えれば、修道士が修養の一環として貧者の世話をするのと意味が異なる。
正直言ってまともにやるはずがない。長く続くとも思えない。
『なにもしない善よりやる偽善ともいうしな。その辺は、俺達の考えることじゃねぇよ』
『魔剣』の言う通りであるが、法律で何とかしようとする在り方は、それを強制しなければ助けないという社会の在り方に問題があるという思いもある。『聖王会』も『原神子信徒』も自分だけ良ければという思いが鼻についてしかたがない。
私財をなげうって……というより使い道もないのでリリアルにオールインした彼女にとって、この国の在り方、貴族の生きざまに何ら共感を感じることができないのであった。
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「陛下は午後からの視察をご希望です。昼食を共にしたのち、リンデに向かう予定になります」
朝一、朝食の案内に来た侍従から、本日の救貧院訪問の予定を聞く。宵っ張りの女王陛下は午前中は寝ている。なので、予定は昼食後から始まるのである。
「さて、午前中はなにをする?」
「大人しく部屋で過ごしましょう。勝手に王宮内を歩き回るものではないでしょう」
「それもそうね」
既に、朝一でシャルト城館へ遣いを出している。救貧院に赤毛のルミリを帯同したいからだ。まだ十分幼いと言える年齢であり、尚且つ連合王国の日常会話程度ができるため、貴族である彼女が話しかけるより良いと判断したからである。聞き役として親しみやすい存在を選んだのである。
ルミリと碧目金髪はリンデの救貧院に直接向かわせることにしている。ジジマッチョ団の何人かを護衛役として連れていくことを頼んだ。
昼前に、いまだ目覚めが完全ではない女王陛下と共に軽めの昼食をとることになる。女王は飲み物を口にし、あるいは少々軽いものをつまんだだけでほとんど食事らしいものを食べていない。
反面、ジジマッチョはどうやら屋内で鍛錬していたようで、散々朝食を食べていた気がするのだが、モリモリと鳥の丸焼きなどを頼んでおり、次々と口に運んでいる。筋肉を育てるには鳥の肉が良いらしい。
「さて、そろそろ救貧院へ向かうとするか」
食事もそこそこに女王は声をかけ、出立の準備を進めさせた。行幸とまではいかないが、リンデの市街に女王が向かうのであれば相応の護衛隊を引き連れていくことになる。
「私たちも向かいましょう」
あっという間に大皿を平らげたジジマッチョを横目に、彼女は伯姪たちと馬車へと向かうのであった。
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