第760話-2 彼女は『王国』について語らう

 問題の神国軍はどうなのか。神国本土出身の兵士は専業兵士に近く、長く異教徒との戦いを行ってきた経験の積み重ねがある。ネデル総督は元将軍であり、その繋がりは強いと考えられる。


 これに対して、法国出身の傭兵、帝国傭兵と徐々に信頼性は低下していく。法国兵は神国兵の次に戦争の経験があり、神国将軍らとの行動にも慣れている。ある程度信用できる。


 しかし、帝国傭兵は当てにならず、ネデルでは多数を占めつつある。神国兵は増員も難しく、ネデルで徴募すれば集まるのは帝国傭兵ばかりとなるのだから当然。戦闘経験も微妙であり、領民に暴力を振るう事に躊躇がない。味方に強く敵に弱い、典型的な傭兵とも言える。


「帝国傭兵は……良くないわね」

「ネデルで戦闘を行っていた主力は神国兵。帝国傭兵は数合わせね」

「そんなものか」

「そんなものですお爺様」


 今では友邦となったネデルの司教領リジェを包囲した傭兵達は、如何にもな存在であった。街を囲んでどんちゃん騒ぎ、狙いは略奪を避けたい街に戦争税という名の献金を集る存在だ。断ったり、額が少なければ街を襲い略奪する。戦争する気はなく、招き入れれば領地を荒すだけの害虫に過ぎない。ちなみに、この帝国傭兵はオラン公軍に参加した輩であり、ネデル総督軍ではない。


「姉さんが頑張ってくれたわね」

「斬り込みは楽しかったんじゃない?」

「練度の低い傭兵なんて、数十人で襲撃しても簡単に処せるでしょう?」

「……いや、都市を囲む傭兵軍を……そんな数で撃退できるはずがない。ないと言ってくれ」


 セシルはそう彼女に話しかけるが、正解は数十人どころか数人で斬り込んだのであるから、あまり大きな声で言いたくない過去である。


「若かったわね」

「ほんの一年くらい前じゃない?」

「一歳若かったのよ」

「わはは、儂にとっては大した差ではないがの。傭兵は勝っている時はそれ程問題にならないが、負け戦で襤褸が出る。後払いなら、貰えないかもしれないと思ってさっさと逃げるからの」


 傭兵を集めるのは難しくない。金があれば傭兵隊長が人を集めて来る。が、それは戦える人間を集めるわけではなく、集めやすい人間を集めてくるにすぎない。


 仕事の無い職人、耕す畑の無い小作人、あるいは、住む家の無い浮浪者。年端もいかない子供、中年の女、ヨボヨボの老人まで、数が揃えばいいのだ。訓練? するはずがない。装備も閲兵式の為に傭兵団同士で融通したりするともいう。鎧を着て兜を被れば女か年寄りかもわからなくなる。


 最初から数合わせで人間を傭兵団同士で融通することもある。戦闘後に数が減っている分は「戦死」と報告し弔慰金を巻き上げるまでがセットだ。


「常備の軍。金がかかるな」

「傭兵を随時雇うのと長期的には変わりません。それに、傭兵に訓練を施すのは傭兵隊長の仕事ですし、訓練で怪我でもされては困ります」

「装備が壊れるのもだな」


 給与からの天引きで、自前の装備を持たない傭兵は傭兵団から貸与される。最低限の槍や剣程度だが、それでもタダではない。戦場での拾い物もあるだろうが。訓練すれば相応に消耗する。大変宜しくない。


「常備の兵は、鍛錬ついでに城塞の築城現場などで作業をさせることもできうるでしょう。その辺の人足をギルドで集めさせて金を払うのなら余程よいと思います」

『お前ら、土魔術で済ませちまうけどな』


 王都の外周に建築する堡塁の類は、大まか土魔術で構築し、細部は人の手で作ることになるだろう。作業を通じて鍛錬と、部隊毎の指示命令を受ける練習にもなる。無駄ではない。


「その様な人間が集まるか」

「まともな待遇をあたえるのであれば」

「リンデの酒場で船員を拉致するようなやり方ではだめだろうな」

「はは、噂には聞いている」

「噂ではございません陛下。ほとんど事実でございます」


 ビル・セシル。私掠船乗りに思うところでもあるのだろうが、実際は、もっとも待遇の良くない王室保有の軍船の乗員が拉致される率が高い。私掠船は船長や船主の権限で船員の待遇、給与や与えられる飲食物など条件をすり合わせられるのだが、王室の船は予算が決まっているので私掠船より条件が悪く、船員が集まらない。


 結果、徴募で欠員を埋められず、拉致同然に酒場で酔わせて船に乗せ海の上に出てしまう作戦が決行される。


「一度の航海で、三分の一から半数が死ぬと言われているので、仕方ありません」


 西大洋に向かう私掠船は、数カ月の航海が前提であり、補給が旨くいかない、もしくは嵐などで船が漂流すれば食糧事情の良くない船員は死ぬことが多い。海の上でまともな食事、医者も薬も無ければ、小さな怪我でも悪化し死に至る。


「それはそれだな。しかし、王家に常設の軍を置く費用は到底賄えぬし、これまでの軍制を変えることも容易ではない」

「先ずは、身近な所から考えるとよろしいのではないでしょうか」


 何千何万の常備軍をいきなり整える事は難しい。人材も予算も大いに足らない。


 連合王国の軍は『領軍』『徴募軍』『傭兵』の連合軍である。


 『諸侯軍』は職業軍人であるが、諸侯の私兵としての側面が強い。また、諸侯が統治する地域の郷士・紳士層(騎士未満の在郷軍人)が多く含まれる。指揮系に難が有る。諸侯に従うが、女王の兵ではない。


 『徴募軍』は郡管区単位で集められ、その地の治安判事などが指揮を行う。装備は当地の貴族・教会から貸与された。とはいえ、その指揮官らは地元の郷紳層。郷土防衛のための軍であり遠征には不向きだ。民兵であり、郡ごとに装備のばらつきがあることも戦闘を統一する場合難がある。


 『傭兵』は職業軍人であり、徴募軍より優れた装備と戦力を有するが外征向きの部隊。高コスト忠誠心は期待できない。


 王国の近衛連隊のような王家の中核部隊が存在しない。また、王国の騎士団は『徴募軍』の指揮官・下士官を担う存在だが、王国の騎士は王に任ぜられているので指揮系統は王家を頂点とする。が、連合王国の徴募兵は諸侯軍同様、在地の貴族・郷紳層の人間関係が優先される。見たこともない女王陛下ではなく、その土地の名士・権力者に従う事になる。


「陛下にのみ付き従う近衛が必要です」

「護衛隊がいるではないか」

「……本気で仰っているのですか」


 女王は沈黙する。護衛隊というのは、王国の近衛騎士から騎士の要素を差し引いたものだ。各地の貴族に出仕できないリンデ近郊の郷紳層の子弟が箔付けのために所属する女王陛下の『武装侍従』に過ぎない。


 女王の行幸やリンデの街を訪問する際に『輿』を担ぎ、周囲を煌びやかな揃いの衣装を着て侍る存在。郷紳層の子弟とはいえ、魔力持ちで優秀なら騎士や貴族の近侍として出仕しているので、そのような道化を担うのは武力も魔力もない見目が良いだけの若者だけになる。


 王宮に出仕し、女王の側に侍る仕事なので名誉にはなるが、大して給与は支払われない名誉職のようなものなのだ。そして、当然訓練などはない。


「陛下が、身を守る為の戦力を欲するのであれば、お手伝いできるかもしれません」


 彼女の提案に、女王・セシル卿・伯姪・ジジマッチョの全員が驚いた表情となる。


「閣下、冗談ではすみませんぞ」

「いや、冗談ではあるまい」


 セシルが窘め、ジジマッチョがそれを否定する。


「……率直に言おう。暗殺未遂は何度も起こっている。反乱も年に一二度起こるのだが、そのタイミングでな」


 女王の権力基盤は弱い。本来なら後ろ盾になる一族がいるのだが、父方はおらず母方はリンデの郷紳層に過ぎない。また、母親の処刑に連座して母親の兄弟なども処刑されているので縁がない。


 あったとしても、伯爵・公爵といった親族でなければ金もコネも武力もないに等しい。


「なのでな。良い話であれば、乗りたい」

「承知しました。陛下、リンデには『救貧院』がございますね」


 彼女は女王陛下が進めている『救貧院』の話を始めるのである。



【第七章 了】

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