第760話-1 彼女は『王国』について語らう
ニコル書簡において、国家の形態の中で統治することが難しいとされるもののひとつに『共和制』という物が示されている。これは、市民……都市を統治する代表を有力者の中から選び、合議で治めているものをいう。
帝国自由都市や商人同盟ギルド加盟都市などがその代表であり、ミアンやルーンもその類である。王都やリンデもその形を表向きとっている。市長の類は存在するが、これは統治の長というよりも外交的象徴としての存在。帝国皇帝のような存在であるといえるかもしれない。
選帝侯=参事会により選ばれた代表と考えれば似た者である。
帝国自由都市は、この共和制の都市に皇帝が影響力を持つに悪くない方法だが、主導権はあくまで都市側にある。諸侯からの影響を受けたくないので直接皇帝と結びつく事で、より扱いの良い方を選択したということになる。
ニコル書簡においては、共和制は君主・貴族制の国を治めるよりも厄介で、一番良いのは共和制の制度をすべて破壊し、その支配者層を処刑することで枠組みを破壊することであるとする。
それをしないのであれば、自らが直接統治を行うべきだというが、それも難しい。また、今までの統治方法を維持するように見せかけ、王侯の代理人・代官を派遣し徐々にその統治を強化して有名無実化してしまうという方法を提案している。
王国においても、王領・王太子領においてはこの『代官』を派遣するという方法で統治を行っている。先だって帝国との国境地帯にあたるレーヌ公領の幾つかの都市を和平の対価として譲られたのだが、代官を派遣しつつ、防衛は王国が担い、その分、代官を通して徴税する以外は既存の都市運営を維持させることにしたと聞く。
サボアもニースも君主国であるので、支配体制をそのままに、独立した小国から王国の属領として扱う事で、波風を最低限に統治している。今後は、王女を嫁がせるソレハや王太子妃となるレーヌ公女が生む王子が次世代の国王となる事で、王国の一部に自然となる事を狙っているものと考えられる。
婚姻を用いた国の取りまとめに優れているのは帝国・神国王家であるが、王国も相応に対処しているのだ。サボアもカトリナが王族であることを考えると、似たようなものである。
今の国王になってから、国境を固める軍備にいそしんでいる。外征を行わず専守防衛に注力する。その為に、『魔導騎士』の小隊・中隊を帝国・ネデルとの国境、あるいは王国南部西部の大都市に配置している。
常備の軍の防衛戦力の中核と言えるだろう。都市・拠点を包囲される前に、襲撃を繰り返し敵の指揮官・あるいは糧秣を処分する。指揮を失い、あるいは補給の無い状態で長期の戦闘を行うことは難しい。
また、常備の軍で防衛を開始している間に、徴募兵や近隣の所領から援軍を受け入れる準備を行う事が出来る。魔導具としての魔導騎士装備は整備施設を含め相応に高価なものだが、傭兵を三カ月単位で雇いあるいは、解雇した後に王国内を荒されるリスクを考えれば安いものだ。
傭兵を大量に採用するのは結果として高くつく。傭兵は駆除できる程度に利用する事が重要だというのが「王太子」殿下の判断である。
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『軍』を考えると、自国の軍、他国の援軍、傭兵、その混成の四種があるとニコルは説明する。
最上は自国の自前の軍であり精強。最低なのは傭兵で、戦う意欲にかけ主を裏切る存在であるとする。
「傭兵か」
「帝国傭兵が伸しているようですが、あれはよろしくありません」
「だが、他に戦う戦力に当てはない。我々にはな」
女王の軍とは、あくまでも諸侯の私兵・領軍(徴募兵)に加え、王家の資金で集めた傭兵団の混成部隊を意味する。連合王国は他国と比べ、古い軍の編成を維持していると言って良いだろう。王は自身の軍を持たず、諸侯の上に立つ名目的存在なのだ。
これは、百年戦争の頃から変わっておらず、一定の報奨金を貴族・騎士・兵士・傭兵に支払い軍を編成する。湖西国兵が強力な長弓兵であるにも関わらず、蛮国(リンデ周辺の本国)兵の半額で徴募されたのは被征服地域の兵士であったからだという。
「王国は傭兵はいないわけではないな」
「常備の軍の半数は、山国傭兵です。帝国傭兵と異なり、契約に厳しく戦意も旺盛なので、談合や金銭的な裏取引で転ぶリスクは少ないと思われます」
「近衛連隊は、王国南部出身者を王太子殿下が選抜してもう一連隊編成するつもりなのよねお爺様」
「確かな。王太子殿下の近衛兵になるのではと囁かれているが、同郷のもので部隊を編成するのは悪い事ではない。特に戦場では良い効果がある」
同じ地域出身者は仲間意識を生みやすい。命の掛かった状態でその意識は士気を高める効果を生む。生産性が高まった地域では人口も増え余剰人員を吸収するにも限界がある。
王家と王国に忠節を誓う『兵士』として近衛連隊に務めてくれるのなら、それらの人間の採用を行うのは良い効果を生む。北部と南部は歴史的に異なる背景を持つこともあり、王領・王太子領として王国に忠節を尽くす兵士を集め、退役後は故郷で引退生活を送ってもらい、潜在的な王家の支持者になってもらえると有難い。
あるいは「郷土防衛隊」のような防衛組織の幹部として、在地の民を民兵として教育する仕組みを整えても良い。反乱を警戒し、教練を行わないという考えもあるが、それは統治の仕方が宜しくないという事の裏返しに過ぎない。
「ふむ、が、金がない。我々にはな。それに、私掠船を整え、海軍を強化するほうが海に囲まれたわが国では優先であろう」
「それはそうなんじゃが……武力を持たない国は、約束を踏み倒されても文句が言えぬ。それについて、リズはどう思う」
ジジマッチョに言われ、女王は一瞬喜色を浮かべるが、すぐさま真顔となる。正直、痛いところを突かれたといった雰囲気だ。
「確かに。だが、これまでのやり方を変えるのはあまり良くない。常備の軍を編成しても、この国では使い道がない。王国との関係で、海岸城塞を建築したが、各地の村や町に警備兵の派遣の負担があり、その負担をし続ける財源がなく、大金をはたいて建築した城塞も、今は廃墟になっている。あのようにならぬか、少々心配であるな」
父王の晩年、王国からの攻撃を恐れるあまりに、王国海峡沿いにかなりの数の城塞を建造した。できた当初は、大砲を備え、数十人の兵士が近隣の街や村から派遣され警戒していたものだが、今では形だけの廃墟である。確かに、何の意味もない。ならば、私掠船で神国の商船を襲わせた方が意味がある。私掠船を用意するのは各郷紳層の船長であるし、女王は免状を発行・承認するだけ。奪った財貨の大半は船長と船乗りたちに持っていかれるが、女王の負担するのは羊皮紙代と蝋封代くらいのものだ。
また、なまじ女王が軍を持つことで、諸侯が戦いを望むようになる可能性も考えられる。軍を持たない女王を襲撃した上で簒奪したとすれば、諸外国は当然のこと、国内の他の貴族・郷紳層・民も良くは思わない。
軍を持つことで「戦って倒す」という大義名分を与えかねないということもある。力を持たない事で自らを守るという考え方もあるのだろう。
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