第742話-2 彼女は愚策に付き合う
『土』の精霊魔術について、彼女は興味深く聞いている。
「『
「……でも、いきなり試合場に木を生やすんでしょ? おかしくない」
「ルールには『試合中に木を生やしてはいけない』とは記されていないもの。相手を直接攻撃しなければ問題ないのではないかしら」
「「「……」」」
あの姉にしてこの妹ありである。完全ルール無用の悪党の姉。そして、違反とされないのであれば、何をしても良いというギリギリまで攻める妹。とはいえ、今の時点では明確な違反ではないので問題……ない?
「これ、最初にドングリとか種がある方が、魔力の消費も少なくて成長も早くなるんだよ」
「ドングリを試合中持ち込んではいけないという……」
「分かったわよ!!」
報奨金も騎士の年金も、副伯のそれも全部リリアルに継ぎ込み、装備も金に糸目をつけずに整える彼女である。ドングリを持ち込むくらい何も問題が無いと考えているし、皆迄言うなと伯姪が話を途中で終わらせることもリリアル勢はよく理解している。
「我々の優勝は当然。その上で、賢者学院の凝り固まった考えを叩き潰すことが必要なのよ」
「それ、いいんですかぁ」
碧目金髪の言う通り、例えば火派がネデルで傭兵まがいのことを行い、銭ゲバと化したり、あるいは、北王国・北部諸侯とその背後にいる神国と水派が繋がり、王宮への反乱に寄与するといったことは、リリアルにとっても王国にとっても関係ない事である。できればこのまま、シュリンクしていく事の方がどちらかというと望ましいのではないだろうかと思わないでもない。
「どう考えているの?」
「最弱なんて考え方を変えればいくらでも強くなれると言うことを証明したいわ」
「強くしちゃっていいんでしょうか」
今まで通り、権力闘争の縮図のようなばであれば、王国にとって脅威にならないとは考えられないのだろうか。
「魔術師が使い潰されるような環境を見過ごせないでしょう。それに、ドルイドの流れをくむ精霊魔術師・賢者がいることで、救われる人たちも沢山いるのでしょう。本来のあるべき姿に戻る為にも、余計なお世話を焼いて、足元に目を向けてもらいたいのよ」
そうして、外の勢力と結びついて主導権争いをするような愚に気が付いてもらいたいのである。
資金力のある支援者を持つ火派・水派が少数ながら主導権を持つ今の体制が、賢者学院にとって良いものであるとは到底思えない。また、女王陛下が退位して、神国の後ろ盾を持つ勢力がこの島を統治するようになれば、先王時代の様に、王国と敵対するようになりかねない。
女王陛下の治世が評価されるべきかどうか、彼女にはわからない。私掠船を用いて神国の商船を襲い、新大陸からの積荷を強奪し、それをネデルの市場で売り払い財貨を得るということもどうかと思う。
とは言え、神国国王が金も戦力も得たならば、何をしでかすかは容易に想像できる。彼の国王は、未だ聖征の時代の価値観で生きているのだから。サラセンを追い出し、国土を回復してまだ数十年。サラセンと闘う事、その為に御神子教の守護者として振舞うことが存在意義だと強く思っている国王と王宮が何をしようとするか想像に難くない。
「神国と結びつく勢力を弱めなければならないのよ。でないと、異端審問の嵐が吹き荒れるわ。賢者学院も、その対象にならないと言えるのかしらね」
どちらがましか。神国国王とこの国の女王陛下。悩ましいところである。
「取りあえず、勝つ」
「必ず勝つ」
「何をしてでも勝つ」
学院生にとっては、そんな政治の話は自分たちとはかけ離れたもの。まずは、大会に勝つことを考えるだけだ。負け犬たちも随分と彼女の影響を受けたものである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
今までの試合で、他のチームが用いた精霊魔術についても、検証する必要があるという結論に達した彼女たちは、再び、どのような精霊魔術が用いられるか、検討することにした。
「精霊魔術って魔力の消費が少ないのですね」
「それはそうだけど、だからといって、試合中にポンポン使えるわけではないよ」
「そうなんですかぁ?」
一番上手に使うのは、風派であるという。考えてみれば、速度を加速させる方向の精霊魔術は風が最も向いている。
「あいつらは、とにかく早い。球を取ってから、その次の奴にパスを回すまでに魔術をあらかじめ発動してから一気に全体が動いて得点につなげる感じだな」
「ああ。球を取られたら終わりって感じかもね」
今までの一方的な対戦内容が思い出されたのか、クラン寮生の雰囲気が一気に重苦しくなる。
「早いって、どのくらい早くなるのよ」
「大体二倍くらいですね」
「けれど、身体強化と違って、動きが二倍になったとしてもその動きを制御する感覚はそのままだから、そこに付け入る隙があるのではないかしら」
「「「……なるほどぉ……」」」
「分かってないでしょ!!」
返事の雰囲気から、分かって無さそうだと伝わって来る。
魔力で身体強化を行った場合、身体能力の向上で速度が二倍となるとしても思考や反射神経の速度も二倍となるので、本人の感じ方そのものは変わらないのである。
ところが、『風』の精霊魔術で速度を二倍にした場合、体の動きと思考速度は乖離することになる。馬に乗せられて全力疾走している感じだと思えば良いだろう。馬ならば、馬自身が判断しているので問題ないかもしれないが、それでも、自分で走るよりもずっと制御には神経を使う。
「モノを飛ばしたり、単純に加速するだけならいいんでしょうね」
「けど、戦いや試合だと細かく自分を制御できない分、付け入る隙が生まれる」
「……なるほどぉ」
「ですわぁ」
身体強化している彼女と、風の魔術で加速している相手であれば、彼女の動きに相手は恐らく反応できないことになる。体は素早く動いても、思考はそのままであるから余程慣れていなければ後手に回ることになる。
「魔力量の消費が少ないからと言って、いや少ないからこそ使い勝手が悪いかもしれない」
『
身体強化ならば、魔力の続く限り入り切り自由なのとは対照的でもある。
移動を補助する『風』系統の精霊魔術には、加護・祝福による魔力量の消費が少なくて済むという長所がある半面、使い方には硬直性がみられる。また、非対称の相手であれば優位に立つことも難しくないが、同じ移動補助を身体強化や別の魔術で行うものと相対した場合、細かな制御ができないという短所がより目立つことになる。
『
上から下に斬り降ろしたならば、必ず下から上への斬り上げがセットで行われると言うことだ。右から左への横薙ぎならば、左から右への横薙ぎが『必ず』行われることになる。初撃を外されれば、次の動作が完全に読まれた上でカウンターを決められてしまうだろう。
「便利なばかりではないのですね」
「精霊にお願いする定型に納めなければならないからでしょうね」
複雑なお願いをする事は出来ない。自分でコントロールする身体強化には魔力消費量以外は全く敵わないのだ。
「魔力消費量が十分の一、百分の一だから便利ではあるのでしょうね」
「使い所が難しいってだけでしょう? 身体強化の下位互換じゃない」
「あ、言っちゃったぁ」
「言っちゃったですわぁ」
風派の使う速度強化の精霊魔術に関して言えば、身体強化で十分抑え込むことができる。火派や水派にはその手の精霊魔術が無く、身体強化に魔力の使用の重点が置かれている。
単純な身体強化であれば、魔力量の多寡で勝負が決まってしまう。少ない土派のなかでもさらに『最弱』な木組=クラン寮生には、細かな身体強化と、土の精霊魔術での抵抗を頑張ってもらいたいものである。
「少ない魔力も使い所を間違えなければ問題ないわ」
「あとは、反則ギリギリで土の精霊魔術を使って、相手を消耗させることね」
「精神と魔力を消耗させるのですぅ!!」
「ですわぁ!!」
「「「「おう!!」」」」
こうして、持たざる者の戦いが始まるのである。とはいえ、リリアル勢は賢者学院の学生と比較すれば皆多いと評されることになる。効率の良い使い方まで加味すれば、大人と子供ほどの差が生まれるのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます