第739話-2 彼女は水の精霊使いと対峙する
火派と水派の対策は基本的に近い。水の壁がない分、いくらか楽だと思える程度なのである。魔力量は各会派の中で最大であろうし、肉体の鍛錬度ももっとも高い。だが、それはリリアルとて同じこと。日々、鍛錬に余念はない……はず。
「それより、気になることが有るのよね」
伯姪はこの際だけどと断り、魔物や動物を使役する精霊魔術について気になっていると切り出す。『賢者』には、魔物や鳥獣を使役する魔術があるのは広く知られているからである。
「まあ、波長があう奴がたまにいるっす」
「そうだな。話しかけて、こちらに関心を持ってくれた奴に世話をしてやって関係を築く感じだな」
「けど、少しすると忘れちまうんだよ獣ってのは。だから、頻繁に世話してやらないと、使役を続けるのは難しい。だから、学院では指導賢者が何人か持っているだけだな」
巡回賢者になると、兎馬や馬などを荷駄に使う為、動物を使役する方法は実地で身につくようになるという。魔力持ちは動物に好かれやすいということもあるようだ。
「そっちはケルピー飼ってるじゃないっすか」
「そうだよな。それって危険な妖精だろ? 大丈夫なのか」
「……勝手に着いてきたんです」
「憑いてきたのよ」
「「「え」」」
魔力量が最も少なく、また、水の精霊の祝福持ちであったこと、騎乗の能力が相応に高いと認められたことなどが気に入られる理由だろう。
『名付けしただろ? それも結びつきを強くする理由だ』
水魔馬はどれも妖精として存在するが、固有名を与えられた時点で特別な存在として世界でありようが確立するのだという。
『竜となる魔物も、そうした大精霊の成れの果てだな。ガルギエムはギリギリ魔物となる手前で立ち止まっているが、ありゃ、司教に説得されて存在が確固としたからだろうな』
「なるほど」
フローチェは最初から自分の名前を名乗っていたが、これは以前に精霊の時代に信仰する人たちが与えた名前なのだろう。水魔馬は数あれども、『マリーヌ』は只一体なのである。
もしかすると、名を忘れられ、自らも名を忘れた精霊が魔物と化すのかもしれない。世の中に正しく繋ぎ止められるには、名前が大切なのだということの裏返しと考えればおかしくない。
「高位の賢者の術には
見た目はタダのデブだが、本当に只のデブ。
「それは何なの?」
「人格っつーか、魔物を含めた動植物が自我を得る」
「マジですかぁ」
「マジだ」
確かに、大精霊であるガルギエムやフローチェには自我のようなものが明確にある。自然に生まれる場合もあるが、賢者が術で与えることができるとすれば、魔物も精霊の使役も容易にできることになるだろう。
最初から人の霊が精霊と結びついた物とは異なり、純然たる精霊は個が無いのだ。名前を付けることで個が生まれるのだが、赤子が育つ中で生まれる人格を、精霊・妖精も時間をかけて育っていく。
最近出会ったピクシーの『リリ』は、ニ三歳児程度の雰囲気である。悪戯・興味本位・移り気・容赦ないといった性格は、蟻を見つけて踏みつぶす幼児のようなものなのだろう。善意はないが、さりとて深く考えているわけでもないのである。
「自我を得て使役できるものの上限はあるのでしょうか」
「分からない。相手が高度な思考能力を持つ者ほど、必要な魔力も対価も膨大になる。人間を完全に使役することは不可能だと言われている」
人格を破壊するような薬物あるいは拷問などを施した後に、「従魔覚醒」で完全な支配下に置こうとする試みもなされたようだが、最初の人格破壊の時点で、その時点で持つ有用な能力も破壊されるため効果が無いのだと言われる。また、人間の場合、生きる活力を失う事に繋がり、ほどなくして死ぬとも。
「つまり、低能な生物ほど少ない魔力で『従魔覚醒』ができると言うことね」
「概ねそうだ。とはいえ、有能な従魔というのは限られている。犬や猫などは覚醒対象になりやすいな」
魔女と呼ばれるものが『黒猫』を従魔として従えるイメージが存在するのだが、これも女性の賢者が従者として『猫』を従魔覚醒させ知啓を与えたことによるものだとされる。同じ大きさの生物であれば、犬よりも猫の方が圧倒的に戦闘力が高い。膝に乗るほどの大きさの猫であったとしても、狼程度なら対抗できるほどにもなる。従魔となった個体であれば簡単な魔術も遣えるだろうから、更に戦力としては強化される。
「けど、院長レベルでもまだできないくらい高位の魔術だぞ」
「それは……容易ではないわね」
「精霊にお願いする方が、まだ現実的って奴だ」
家畜や愛玩動物ならばともかく、魔物に関しては殆ど無理だという。とはいえ、彼女が『猫』に頼んでいるようなことを従魔覚醒を行った動物がになってくれていれば、相当な力となるだろうが。
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