第738話-2 彼女は予選を観戦する

 午後の予選、水派・火派・土派草組の試合。最初の水派・火派の対戦は、お互い手の内を見せることなく、淡々と試合が進んでいった。


 精霊魔術らしさを見せることなく、単純な身体強化による運動能力の向上によるスピーディーな試合展開が続いた。


 火派は『傭兵』に近い発想で鍛錬を続けている為か、魔力の継続使用に一日の長があるのは明らかであり、水派は試合の中盤から後半にかけて失点を重ねることになる。魔力切れのためと言えるだろうか。


「これってどうなのかしらね」


 伯姪がやや呆れたように指摘しているのは、最終Qに見せた水派の小細工である。陣地の交代がこの後ない最終Qにおいて、地面を水浸しにし、身体強化でぬかるんだ地面を容易に前進できないような「いやがらせ」を行ったのである。


「全体的にどろだらけですぅ」

「ぬるぬるですわぁ」


 ぬかるんだ地面の上を身体強化して走り回れば深く掘れ、勢いが止まらないようなこともしばしばみられ、あるいはバランスを崩して転げている選手もいる。球も泥で転がらない。水を吸った革の球は、倍ほどに重いだろう。


「あれ、『籠』が歪んでます」

「重そうですもの。そのうち壊れるかもしれないわね」


 曲木で作られた籠の枠に網をかぶせただけの『籠』部分は、水を吸い重くなった球を勢いよく捕球すればグワングワンと撓むのである。そのうち折れるのではないかと心配にもなる。


「当たれば痛そうね」

「当たらなければどうという事はありません」

「……それはそうかもしれないわね……」


 リリアルの魔装杖であれば、魔力を纏う事で強度は維持できるので問題はない。相手のチームは大変そうだが。その辺り、水派のチームと闘う際には考慮に入れる必要があるだろう。相手はどう考えているのかは解らないのだが。





 結果、午後の予選第一試合は、火派が勝利した。その後、火派は草組を一蹴し、水派もその後の試合で草組に勝利。草組が予選落ち確定となった。火派が予選一位の為、風派と準決勝となり、木組&リリアルが水派と当たることになった。


「では、夕食をしながら明日の打ち合わせをしましょうか」

「お招きされるっす!」

「予選初突破記念!!」

「「「おお!!」」」


 リリアルの滞在する領主館で夕食を食べることになりそうなのだが、他人の宿で祝宴を開こうというのは少々図々しい気もする。


「何を言っているのかしら。明日勝って優勝してからの方が気分良く祝えるのではないかしら」

「この後反省会と、明日の作戦会議に決まってるじゃない。浮かれてるんじゃないわよ!!」


 彼女と伯姪に一喝され、木組全員がシュンとなる。偶に勝つと調子に乗る良くない典型である。これまで試合に勝利したことが無いので、勝利したあとの振る舞いが良く解っていないという事もあるのだが。





「いやーリリアルの飯は美味いな」

「というよりも……」

「「「女性の作る飯が嬉しい」」」


 茶目栗毛以外は全員女性の今回の親善副大使一行。当然、作るのは殆どが女性。とはいえ、食材が「魚介」が主なので、リリアル学院の食事とはかなり違うメニューとなる。


「魚介のスープも慣れてきたわね」

「ニースだと大体魚介物だから、私としては慣れたものよ」

「あー 騎士団仕込みですかぁ」

「そうそう。まあ、料理人のおじさんから習った直伝の味ね」

「「「おー」」」


 魚の種類が若干異なる事に加え、ニースのある内海よりも寒い場所であるので、薬味の類は体の温まるハーブを入れて少々趣が異なる。


「騎士団の料理人は、やはり修道士の方だったりするのかしら」

「多いかな。でも、ニースで料理人していた人を雇うことも多いわよ。人数が多いし、三食たくさん食べるから、半々くらいかしらね」


 専門の料理人をメインに、修道士の調理担当が数人加わるということなのだろう。さすがに、騎士団幹部は爵位持貴族と同等の扱いをされる騎士であるから、相応の料理人が必要となる。来客もあるのだから当然だろう。


「お爺様もお魚料理得意よ」

「焼いただけとかですかぁ?」

「本格的な者も得意だけど、石焼とか、たたきのようなざっくりした料理もお上手だわ」

「「「意外」」」


 筋肉達磨のジジマッチョが、違いの分かる男である事が判明。騎士団のように一見単調な生活が続く中で緊張感を持続させるには、食事に拘る方が良い効果があるというのはジジマッチョの持論らしい。


「本来、賢者学院もそうあるべきなんですが」

「先立つものがない我が寮は、来る日も来る日も麦がゆ三昧」

「「「ひもじぃでーす!!」」」


 食事の改善のためにも、対抗戦に勝たねばならない。優勝して、待遇改善のモチベーションが高まる。目の前にぶら下げるニンジンて大切。




 食事も一段落となり、明日の打ち合わせを始める。決勝で当たる可能性のある火派・風派とも既に何らかの形で対戦をしている。火派は、リリアルに近い身体強化とおそらく火の精霊魔術で攪乱等を行うのだろうと想像は出来る。風派は今日の対戦で戦い方は理解できた。特殊な風魔術を切り札として隠している可能性があるものの、移動の補助か風による球の制御などがある程度できるのではないかとこれも想像が付く。


「水の精霊魔術を使った戦い方ってどんなものがあるの?」


 接点のほぼない『水』の精霊魔術師。水の精霊二体を拾ってしまい加護持ちも二人となっただけでなく、全員が水の大精霊の祝福を受けているリリアルにとっては、水の精霊魔術こそ学びたい対象なのだが、北王国・北部貴族が背後にいるであろう水派は、リリアルとの関係を意図的に学院訪問の際に持たないようにしていると思われる。


『叩けばなんかわかるだろ』


『魔剣』の雑な言い方通り、明日の対戦で水の精霊魔術の深奥を少しでも知ることができればよいと彼女は考えていた。


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