第737話-2 彼女は「勝ちたい」と口にする
ドローを行うのは当然彼女。そして、交代した風派の選手が相手をする。
「『
「……馬鹿の一つ覚えね」
対策を済ませた彼女。文字通り目を覆うように魔力壁を形成し、砂の眼潰しを防いだ。
油断をしていた相手から簡単に球を奪う。拾ったのは茶目栗毛。気配を消して素早く敵の裏を取るように中央から左に逸れて疾走する。向かい風を受けて速度が上がらないのだが。
「そらよ! あぎゃ」
勢いをつけて突進してきた風派の防護手を軽いステップで躱し、すれ違いざまに背中で腕から肩をドンと突いて擦り抜けた。追い風と身体強化に『
茶目栗毛はそのまま前進すると、中央の『マリ』に送球する。
「任せろっす!」
「馬鹿が、ぶっとべ!!」
と、マリに向かって突き飛ばす気満々で当たろうとする防護手。
KONN!!
賢者見習たちの中で、『アン』は身体強化だけでなく「魔力纏い」「魔力壁」まで習得できた唯一の選手であった。幾度も発動することは出来ず、手の届くすぐ外側にしか展開できないが、一度でも球を弾ければそれで十分。
「任せて! そら!!」
球を捕球した瞬間一気に加速する伯姪。そして、門衛の股間を擦り抜けるように球が城門へと吸い込まれていく。思わず股間を守る門衛。当然、防ぐことは出来なかった。
「本能には逆らえないわね」
「どんな本能ですかぁ」
伯姪の呟きに冷静に反論する碧目金髪。当然、男の防衛本能である。女性には理解できない痛みが、そこにはある。
「一点先行っす!」
「まだまだガンガンいくわよ!」
第三Qに引き続き、第四Qも前半十分は様子見だったはずなのだが……
いいのか。
「修正ですか」
「いいえ、継続よ。けれど」
チャンスがあれば攻めるのも一つの手でもある。
風派の攻撃、球を運ぶ選手が何か仕掛けている。エルムが抑えるように立ちはだかろうとする瞬間、何か短く唱える声がする。
『
PONN!!
彼我の中間あたりで視界を覆う水煙が生まれる。気配隠蔽を物理で行うと恐らくはこうなるのだろう。
『水の精霊魔術じゃねぇのかよ』
霧を生み出すのは水だが、必ずしも水面だけで生まれるわけではない。森や草原、湿地などにおいて寒暖の差で生まれることも多々ある。水であり土であるといったところだろうか。
少なくとも風ではない。
どうやら、風と水の祝福を兼ね備えた選手であったようだ。この辺り、相手の能力を把握できていなかったこちらの失態か。
完全フリーでのシュート。加えて……
「『
再びである。
「目を守るのも魔力壁の仕事だよぉ」
「さっき教わったばっかりですわぁ」
目を守る魔力壁と、城門を守る魔力壁を展開し、追い風で加速するシュートをこともなげに捕球する碧目金髪。
「銃弾に比べたら全然遅いしぃ」
だそうです。
捕球から、一瞬の送球。当然のように受け取る彼女。そのまま、『アン』へと送球し、アンは引き付けるように中央を走りだす。左右には茶目栗毛と伯姪が一人の防御手を引き付けて走り、アンには二人の防御手と遊撃手が集まる。
「人気者っす!!」
「ぬかしやがれ」
「思い上がりも甚だしいな!!」
人気者なんだよ、木組紅一点なんだから。ほんとだよ!! とは言え本人曰く口調が口調なので、女の子扱いされていないところが気に入らないらしい。
『
アンに追いすがり、挟み込むように囲む二人の風派選手の足元の草が、延びてきては足を掴むように這いまわる。
「おおぅ!」
「練習したっすよ!」
魔力壁と身体強化の同時展開と同じように、土の精霊魔術もできないかと練習した結果、この『植物呪縛』だけは同時に行う事が出来るようになった。向かい風の中を走る分、速度が落ちた結果、予想以上に上手く脚を絡めとってくれたのである。同じ方向に移動する分には、同じようにマイナス要素が攻守ともに加わることになるからだ。
『何とか脚の風魔術も止まってきたようじゃねぇか』
「かけ直す暇がないのでしょうね」
少ない魔力で脚力が倍増する『
祝福持ちの魔力がそろそろ切れ始めた、あるいは、魔力量を勘案して持続時間を短く設定した結果、旅人脚が途中で切れているということなのだろう。
日頃から無駄に魔力の持続時間に拘るリリアル生と比べ、賢者見習たちはそれほど長時間魔力を持続して使用することを前提として活動していない。ある意味、精霊任せであり、魔術を使うとしてもそれは自らの肉体を行使する用法ではない。
結果として、日頃から魔力の使用が命綱であると考えているリリアル生の冒険者・騎士組との対応力の差となって試合の終盤現れたのであろうか。
『一見、効果あるように見せている向かい風だって、あんま意味ねぇしな』
長弓兵の長距離射撃戦などであれば、向かい風は矢の勢いを殺し、追い風は勢いを増す効果があるだろうが、常に一定方向に風が吹いていれば、それなりに対応にもなれるというもの。なれたリリアルと木組選手は、元々のペース配分を崩すことなくそれなりに攻めあるいは守ることができている。
風を吹き続けさせることの方が、無駄に魔力を浪費しているということにそろそろ気が付くのだが、既に手遅れと言ったところだろう。
そして、最終Q残り十分。怒涛のリリアルの攻勢が始まった。風が向かい風であろうが、『導線』を用いて強引に城門をこじ開けるリリアルのシュート攻勢が続き、最後の数分で六点を加え、最終的には8-15で木組+リリアルは風派に勝利。予選を一位通過し、翌日の本選に進む事になったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます