第732話-2 彼女は『鷲馬』の存在に想う

 その後も吸血鬼に尋問をするものの、徐々に聞き流す術を身につけたのか、会話に反応することも少なくなってきた。


「これ以上は無理ね」

「いいえ。奥の手を使いましょう」


 彼女は意味ありげに口にする。吸血鬼に向かい、彼女は一つの名前を伝える。


「『オリヴィ=ラウス』と私たち、懇意にしているの。ご存知かしら?」


 その名を聞いた途端、吸血鬼は手足もないのに全身が瘧にかかったかのように震え始める。


「帝国の高位冒険者にして、吸血鬼狩りの第一人者。私たちもね、王都の大塔に巣食う害虫退治をしたのだけれど、その時も手伝ってもらったのよね」


 手伝ったというよりも、姉と共に最終局面で『押しかけて来た』というのが正しい表現かもしれない。とはいえ、王都の生活が気に入っているのか、オリヴィはしばしばリリアルに滞在し、時にトラスブル、時にネデルへと足を運んでいる。最近は、王太子殿下の婚約者様の実家である公国への依頼を受けて出かけているとか。


「あなたを、オリヴィさんに引き渡す事にします」

『マ、マッテクレ』

「散々待ったじゃない? それを無視したのはあんたでしょ」

「ですですぅ」

「ですわぁ」

『くさいですわあ』


「ですわ」貰ってしまったリリである。目に見えて動揺する吸血鬼、そして、その後、堰を切ったようにベラベラと話を始める。


 とはいえ、所詮現場の責任者程度の死霊術師であり、ネデルにおいてミアンに死霊を嗾けた術者の一人ではあるが、上の立場の吸血鬼は死霊術師のグループの長である『貴種』以外は知らないのだという。


 ネデル総督府あるいは、その総督であった人物のサロン、あるいはその城館の場所、構成員とその能力、今後の活動計画など、やはり、このレベルの現場に出る「下士官」クラスにはほとんど開示されていなかった。


『ヒポグリフノ迎エガ来ルンダ。ソノ時間ト場所ヲオシエル! ダカラ……』

「取引はしないわ。それに、あなた達が失敗したことくらいとっくに把握しているでしょうから、迎えなんて来ないわよ」

「お目出度いわね」


 依頼を出した狩猟ギルド、そしてその依頼の完了報告がなされた事はギルド内部で情報に触れることのできる職員ならば容易に知り得る情報になる。職員に伝手があれば、その結果、吸血鬼が討伐されたことが推測できることになる。


 下手をすると寝返っており、目の前の吸血鬼がベラベラ謳っているように、罠を張り待ち構えているかもしれない。なら、最初から回収をしないという判断が可能である。


 ノルド公の配下の吸血鬼傭兵団が壊滅したこともすでに伝わっているのであろう。白亜島には、吸血鬼に対応できる討伐集団が出没していると判断できる。ならば、損切して撤収することは当然考える。


「トカゲのしっぽ切ね」

「斬られたのは吸血鬼・サンスの手足だけどね」

「ですよねぇ」

「ですわぁ」


 何が楽しいのかわからないのだが、その上をリリがクルクルと滑るように宙を舞っている。吸血鬼の手足が斬り飛ばされているのを知り、喜んでいるだけなのだが、優雅である。


 しばらく、ヒポグリフについてどのような魔物であるかの聞き取りをする。当然、『飼いたい』とか『リリアルで運用したい』等と思っているわけでは……多分ない。


「そもそも、普通の鷹を飼いならすのも大変でしょう? それなりに大きな館ほどもあるゲージを作って、ある程度飛び回れる程度にしなければならないのよ。まして、馬より大きな鷲馬ヒポグリフですもの」

「餌代に毎日の運動・調教。専属で何人か人を宛がわないといけないわよね。それに……」

「魔物の調教師に思い当たる人物がいません」


 帝国に雇われていた今頃、サボア公との傭兵契約の切れる『メリッサ』は確かに『魔熊』を使役しているが、その中身はメリッサの弟の魂が入っている存在である。その白い魔熊が群のリーダーとなり、他の熊たちを統率している。メリッサ自体には、動物を使役する専門的な技術はないと思われる。


 そもそも、鳥獣や魔物を飼いならすのに最も良い方法は、生まれた時から人間が世話をし、『親』と認識されることにある。魔術でコミュニケーションをとるにしても、それは信頼関係の成立した上でのことになる。


 吸血鬼の使役する鷲馬は、魔物使いの吸血鬼を『親』あるいは『仲間』と認識しているのだろう。一体だけではなく、メリッサの『魔熊』のように、群のリーダーを主に使役し、何体かをそのリーダーの配下において操っている可能性もある。


「そもそも、魔物をリリアルで使役しているのを公にするのは、外聞が良くないということもあります」

「ええぇぇ、魔猪とか、ノインテーターはいいんですかぁ」

「ですわぁ」


 茶目栗毛の指摘はもっともだ。魔猪は近所に棲みつき、癖毛に勝手に懐いているだけであるし、ノインテーターは情報収集のために確保している存在に過ぎない。何体か既に吸血鬼(達磨)を捕獲していたリリアルからすれば、その延長線にある。


「アルラウネは……」

「あれでも一応、精霊だから、魔物ではないわ」

「結構、グレーだと思うけどね。今は、ノインテーターを作り出さないという約束で置いているから」


 置いているというよりは、デンヌの森から回収してきたと言った方が良い。吸血鬼の縄張りから取り出したのである。


 最近は、薬草畑で三期生らの子供たちとよく交流している。魔物から精霊寄りに近づいていると確信している!!


『オ、オイ。モウイイダロウ』

「ええ。また聞きたいことがでてきたらお話してちょうだい」

「賢者学院や北部の貴族で、あんたたちと仲良しな人間の名前とか、教えてもらおうかな」

「その辺りは、私が尋問しましょう。先生方がお手を煩わす程の内容ではありません」


 茶目栗毛。暗殺者として尋問もそれなりに教育を受けている。


「最終的には」

「ええ。まだ消滅させることは問題であることは承知しています。それに、獣の血でも与えて、多少、回復させておきます」

「それでお願いするわ」

『獣ノ血……』


 不服そうな吸血鬼・サンスであるが、その雰囲気を一瞬で消す。空腹は何よりの調味料。吸血鬼にとってもそれは変わらない。


サンスは体温に反応して襲ってくるのよね。人間に限らず、猪でも鹿でも、兎でも構わないでしょう」

「兎の肉も食べたいわね。丁度、腕をくっつけた狩人のリハビリがてらに狩ってこさせると丁度いいんじゃない?」


 吸血鬼の協力者に吸血鬼の必要とする血液の供給源を狩らせる。その上で、肉は彼女たちの食卓を彩り、怪我の回復具合を確かめる事にもなるのであるから……Win-Win-Winな関係である。


「夕食までには一旦終わらせてくださいねぇ」

「分かってる」

「ですわぁ」


 茶目栗毛は彼女と伯姪に対する時と比べ、碧目金髪に対する時では若干態度がぶっきらぼうになる。ツンデレではなく、単にリリアルの中での序列の問題でもある。


 茶目栗毛は院長の副官に相当する役割を担っている。また彼女の不在時には歩人と交代で、副院長・院長代理を補佐する役割である。


 そんな感じで、平騎士相当の薬師娘たちよりは立場が上ということを言い回しで表現している……といったところなのである。


 吸血鬼の尋問の時には……さらに悪辣な言い回しになるのは言うまでもない。


【第四章 了】

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