第732話-1 彼女は『鷲馬』の存在に想う

「ロック鳥って、この辺にはいないわよね」

「その大きな鳥は、人を乗せて飛ぶような鳥ではないでしょうね」


 ロックと呼ばれる巨大な鷲のような鳥がいるという『伝説』はあるが、カナンのさらに東の土地であったように思う。この辺りでそのような存在がいるとするのならば、それなりに目につくことになるだろう。放牧している牛や羊など、食い荒らされるにちがいない。


「グリフォンなんてどう?」


 鷲頭に獅子の後肢を持つ伝説の生物。貴族の家の紋章などに描かれる力の象徴でもあるのだが、実際に王国周辺にはいない。しかしながら、それに似た魔物がいるという話を彼女は書庫の本で見た記憶がある。


『ヒポグリフなら、馬の胴体だから、鞍を据えて座れる。海を跨いで行き来することくらいできるだろうぜ』


『魔剣』の呟きを耳にした彼女は、再び吸血鬼を問い質す事にする。





 それは首を賭けた質問。『死霊術師』の吸血鬼に改めてである。黙っているならば、首を刎ねると宣言し、彼女は話を始める。


「今一度聞くわ。あなた方吸血鬼は、流れる水の上、川であるとか海を渡るには相当の労苦が必要であると聞くわ」


 流れる水が苦手、あるいは怖い。人間が高所に感じるような足の竦む感じが相当するだろうか。その為、水上の移動には故郷の土を敷き詰めた特別製の『棺』に納められなければならないとされる。


 土の精霊との親和性の高い吸血鬼が、土の無い場所へ移動するさいの『鉢植えの鉢』といったところだろう。


 だが、その移動には時間が掛かることになる。木箱で梱包し港に持ち込み、船に乗せ、数日、あるいは天候や風向きに恵まれなければ数週間は何もできなくなる。予定や計画も立てられないし、何より、棺からでることができず、無為に過ごすほかない。


 吸血鬼が勝手に活動しているならともかく、各地へ移動し活動するにはそれでは都合が悪い。


 彼女は、ネデルと北王国を往復する船以外の手段があると考えているのである。


「教えて下さらないかしら」

『……サアナ。自分デ考エロ』


 死霊術師の吸血鬼はそう言い捨てる。


 彼女の中にはすでに、一つの回答があった。


「空を飛んでいるのでしょう?」


 吸血鬼がビクっとする。どうやら当たったようである。これが当推量であるのは当然なのだが、彼女はそのまま推理を続ける。


「空を飛ぶ魔物、飛竜はさすがに無理よね。それに、見かければ相応に騒がれるでしょうけれど、そんな噂は聞かないのだから違うわね」


飛竜Wyvern』は、前脚が蝙蝠のような被膜に覆われ飛翔する竜である。高山に住むと言われるが、王国に近い大山脈、西大山脈での目撃事例はない。白亜島北部の山岳地帯、あるいは、帝国東部などにいるのではと言われる。


 しかし、巨大な体躯は遠目からも目立つ。なにより、飼いならせるのかという問題もある。また、騎乗に適していない。そう『騎乗』できる魔物である。


 吸血鬼は『バイコーン』を乗り回していた。肉食の馬型魔物。では、空を飛ぶ馬型の魔物は無いのだろうか。


『天馬』という可能性がないではないが、ユニコーンに似た性格を持つそれが、穢れた吸血鬼を乗せるとも思えず、また、どこにいるのかも不明である。今一つの騎乗できる空飛ぶ魔物がいる。


『ヒポグリフ』である。これは、北王国の山岳地帯や乗国・末国の森林地帯に生息するとされる上半身は鷲、下半身が馬という生物である。下半身が獅子の姿を持つ『鷲獅子・グリフォン』と雌馬の間に生まれたと言われるが、馬と獅子との間に子ができないことを考えると、今一つ信憑性に欠ける。


 これはこれで、単独の種族なのであろうか。


 因みに、馬肉・人肉を好むところも『バイコーン』に似ている。頭が鷲の姿である分違和感はないのだが。


「どこで手に入れたのかわからないのだけれど、鷲馬ヒポグリフを使役する魔獣使いがいるのでしょう? それを利用してネデルと北王国を移動しているのよね」


 ノルド公に協力した吸血鬼の傭兵団は、百の特注棺桶で移動したのかどうかはこの際気にしないでおく。幹部は『鷲馬移動』であったのかもしれない。


 吸血鬼(死霊術師・推定)は相変わらず言葉を発しないが表情はかなり解るようになってきた。眼を閉じたものの、耳を塞ぐことは出来ないため、会話は聞こえてしまうし、反応も多少してしまう。


「魔物使いの吸血鬼。これもドルイドかこの地の修道士出身の者なのでしょうね」


 吸血鬼は再び反応する。賢者学院の前身、あるいはドルイドには鳥獣を使役する能力を持つものが少なくない。梟を使い魔にしている変な訛の三等賢者も存在するのであるから、吸血鬼化した元賢者が、魔物の使役に特別な能力を持つとしても不思議ではない。


「吸血鬼の魔物使いに、吸血鬼の死霊術師。その基になっているのは、この国の『元賢者』なのでしょう? 違う?」


 彼女は吸血鬼の顔を正面から見据える。北部貴族に協力する水派、東部ノルド公らに協力する火派ではなく、賢者の本質的な能力の中に吸血鬼の行動を助力する能力が含まれているとするなら。


「土派の中に、吸血鬼と強いつながりのある人間がいる。どうかしら?」


 彼女は、思い切りつま先で吸血鬼の腹を蹴りつける。支える手足を失っている吸血鬼の胴体は、そのまま弾き飛ばされ、石の壁に鈍い音を立ててぶつかり止る。


「あとで、あの駄犬を聞きたださなければならないかもしれないわね」

「ええ。吸血鬼とのつながりを持っているのが、誰なのか。けれど、その相手をどうこうすることも私たちにはできないわ」


 親善副大使という所詮外国人に過ぎない彼女が、この国に所属する『賢者』の中に吸血鬼を含め「外患誘致」していると証明しても、大して意味がない。むしろ、謀略を疑われる事が関の山である。


「吸血鬼は討伐できるに越したことはありません」

「しかし、協力者というだけで、ここの賢者たちを処すことは先生の権限でも不可能です。ここは王国ではありませんから」


 王国内であれば、どうとでもできる。副元帥の権限、あるいはリリアル副伯としての権限も使える局面はある。


「吸血鬼の存在に気が付いているという主張を暗に広めるというのはどうかしら」


 賢者学院の吸血鬼に協力する人間に対して、抑制を求める程度の効果はあるのではないか。上手く利用できる切っ掛けがあれば、人狼のように首に枷を嵌めることもできるかもしれない。有益な内部情報を引き出せるように手懐けられる可能性もある。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る