第731話-2 彼女は人狼の答えを聞く

 人狼がいなくなった後、お土産第二段の登場となる。


「吸血鬼を一体回収したわ」

「どこにでもいるのね、吸血鬼」


 伯姪の感想はもっとものように思えるが、どこにでもはいない。いる所だけである。


「さて、お話を始めましょう。豚の血と鶏の血、どちらがお好きかしら」


 にっこり微笑む彼女。その横で、ニヤリと笑う伯姪。


『こいつ、リリのこと掴まえた悪い、くさいやつだ!!』


 吸血鬼の存在に気が付いたリリが、吸血鬼の顔面に突進。鼻パンチを決める。が、大して痛がらない様子。


「あまり効いてないわよ」

『うー 腹が立つの!!』


 ピクシーには攻撃力があまり無いようだ。


「魔銀の針を加工して、リリ専用のスティレット……エストックを作ってもらえばいいわね」

『リリの専用の剣! かっこいい!!』


 専用……かっこいいである。


 吸血鬼がダンマリなので、彼女から話しかけることにする。知っていることを聞き出して、これは本当に処しても良い案件なのだ。


「さて、名前を教えてくださらない?」

「おなまえ、なんていうのでちゅかー」

「でちゅわぁ」


 留守番三人組が散々に話しかける。煽っている気もする。


『なまえないのかも― リリはアリーに名前つけてもらったけど』

「えーそうなんですのぉ。素敵なお名前ですわぁ」


 リリアルの『リリ』であると同時に、純潔のシンボル『百合』を意味する。悪さ悪戯をせず強く美しく高貴な存在でいてほしいという願いも込めている。セバスで失敗しているので、今回は慎重に選んだ彼女である。


「まあいいわ。それで、この装備なのだけれども」


 彼女は伯姪に吸血鬼が身につけていた『ブリガンダイン』を見せる。


「これがどうしたのよ。百年戦争の頃だと、板金鎧の代わりに使われた装備よね。その頃の騎士の吸血鬼だってことじゃないの?」

「ふふ、面白いのよ。この裏にある魔水晶を見てちょうだい」


 彼女は、魔水晶により魔力を得て『魔力壁』に似た効果を示す装備であることを説明する。


「吸血鬼は魔力を外に出すの苦手みたいですものね」

「身体強化と再生に特化している魔力の使い方なのでしょうね。魔力を放出することが不得手であるのかもしれないわ」


 人間にも魔力を放出する、『魔力離れ』の悪い人間もいる。そういう場合は魔術を用いずに身体強化を用いるか、精霊の加護・祝福を持ち得れば、精霊魔術を行使することになる。精霊が持っていく分には、魔力離れが悪くとも影響がないためだ。


 姉は彼女と比べると、魔力量が同程度であったとしても魔力離れが良いので、『大魔炎』のような魔術を用いやすい。


「精霊の行使を得意とした修道士あるいは賢者が、何らかのきっかけで吸血鬼に『転んだ』というところだと思うの。ねえ、そうでしょう?」

『……』


 言葉こそ出さないものの、表情には「図星」であると出ている。元の鎧はメイル状のものであり、それを『ブリガンダイン』で補強しているのだろう。それなりに思い入れのある鎖帷子なのかもしれない。


「でも、不浄な存在の吸血鬼だと、精霊には相手にされないわよね」

『くさいからきらいー』

「そう、臭いのね。拭いきれない穢れた存在なのでしょうね」


 それが『臭い』という表現が為される理由になるのだろう。忌々し気にリリを睨む吸血鬼だが、依然として無言のままである。


「では、名前を決めましょう」

『呼び名が無いと面倒だからな』


『魔剣』は面白い綽名を付けるつもりだろうと既に推測している。どこか面白げであるのは当然だろう。


「スライミー・ジャックではどうでしょう」


 スライム=ぬるぬる・ジャック=野郎といった程度の意味になる。


「いいかもね」

『……!!……』


 一瞬怒りの表情を見せるが、すぐさまそれを消す。


「一般的なデーモン、あるいはデモンではどうでしょう」


 デーモンとは、御神子教が広まる以前に信仰されていた在地の神々を称する言葉になる。精霊や大地母神といったもの、他宗教の様々な神もこれにあたる。今では、古代の遺跡などにその姿や名前が残るのみであるが。


「ちょっと偉そうですよね」

『そうよぉ!! だめなのだわぁ!! スライミーで問題ないのだわぁ』


 金蛙は過剰に反応している。古い精霊として、同じように扱われるのは腹立たしいのだろう。


「先生、良い名があります」


 茶目栗毛が良い笑顔で切り出した。


サンスというのはどうでしょうか」


 雨上がりあるいは、ジメジメした森の中などには、沢山の『蛭』がいることが少なくない。血を吸い、その傷口がじくじくして痒いのである。噛まれたままウッカリ引っ張ると、自分の生皮がべりっと剥けることもある。焼けたナイフなどを当てると、ポロリと取れるが、装備がいい加減だと服の下に入り込まれて厄介なことになる。


「良いかもしれません」

「血を吸う不快な存在という意味では、同じようなものですものね」

『サンスー サンスー いやなきもちぃー』

「ですわぁ」


 サンスに名前は決定した。


 達磨のサンスは、忌々しげな顔となる。が、頑として口を開かないのである。仕方ないわねとばかりに、彼女は一方的に話しかけ、その反応を見ることにする。推測をぶつけ、反応を見て推理を進めようと言うことになる。


「それで、サンスはどうやって海を渡ったのかしら。吸血鬼は流れる水の上を移動するのは苦手よね。時間もかかるでしょうし」

「泳いできたんじゃないですかぁ」

「あら、蛭は泳げないでしょう。木の上から落ちたり、葉っぱの裏に隠れて生き物が通り過ぎる時に飛びついてくるだけじゃない?」

「魚に寄生する種類もいると思います」

「人間に寄生している吸血鬼も、見た目は兎も角中身は似たようなものでしょうか」

『……』


 そういえば、魚に取りつくものに『ヤツメウナギ』も存在する。魔石を飲み込んで竜のようになるものもいるのだから、吸血鬼もすっごい進化をする可能性は否定できない。はず。


「でも、精霊に嫌われているじゃないですかぁ」

『くさい、きらい』

「風が薙いでしまうと、内海のガレー船ならともかく、帆でしか使わない外海だと困るんじゃないですかぁ」


 言い方は阿保っぽいが、内容は的確である。恐らく、吸血鬼の存在を隠し、尚且つ、その存在を維持する為に故郷の土を敷き詰めた棺桶に収まり船に乗せることになるのだろう。


「ほら、隠れるのが趣味? 生きざまだからしょうがないのよね」

「木の上、葉っぱの裏、棺桶の中」

『棺桶、くさい!! きらい!!』


 世のお父さんの心をザクザクと切裂く「くさい、きらい」を連発するリリ。吸血鬼以外には言ってはいけません。


「船では時間もかかるでしょうし、棺桶の運搬も面倒だと思うのよ」

「魔法袋に入って、伝書鳩で飛ばすのはどうでしょうか」

「ハトはそんな大きなものは運べないわよ。でも、空を飛んで移動するというのは『有り』かもしれないわ」


 空を飛んで移動する。魔導船でも港から港までは海峡を渡るのに半日仕事となる。距離からすれば二時間程度なのだが、船は上陸できる場所が限られる。重量のある土と吸血鬼入り棺桶を降ろすのは海岸に小舟でとはいかないだろう。


 ならば、空を飛べばよい。ミアンには吸血鬼は『飛翔』して侵入してきた。


「空飛べる吸血鬼って斬新ね」

「それなら、もう少し吸血鬼の被害が拡大しそうなものですが。そこまでではないのですから、恐らく、魔力の消費量が大きく、長い距離を飛ぶことは難しいのではないでしょうか」


 蝙蝠が旅鳥のように群れて長距離を飛ぶ姿は想像できない。羽を持ち、吸血鬼を乗せて飛べる存在を彼女は考えるのである。

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