第727話-1 彼女はデュラハンを討伐する

『おい、あの喉輪が見えるか』

「喉輪ですって」


 首回りを飾る宝飾品と、首元の防具を兼ねたような喉を守る恐らくは金の鎖で編まれた首飾り。飾りというには少々武骨であるが、中央に赤い貴石が填め込まれているのが見て取れる。


『あの赤い石、魔石だろ』


 魔物の体内にある魔力の塊を「魔石」というが、これは胆石の様に形成される小さなものもあるが、その多くは魔水晶を飲み込み、魔力の集積所として利用しているものが多い。山岳地帯に強力な魔物が多い理由の一つとして、魔水晶が採掘できる場所があることがあげられる。


 目の前の赤い石は、恐らく、死者の魂を閉じ込める処理をした『魔水晶』なのであろう。魔水晶は透明なものが多いが、色の付いているものも無くはない。とはいえ、人の目玉ほどもある赤い魔水晶はかなり珍しいものだろう。


『お前の姉なら欲しがりそうだな』

「首が無くなってもいいなら、土産にしましょうか」


 どうやら、デュラハンの不死のタネが分かったことから、やや口調もリラックスしたものに変わる。


「けど、面倒ね」

『グレイブを持つ両手を斬り落として、そのデカい針で水晶を割るしかねぇだろな』


 馬上のデュラハンのグレイブを叩き落とし、その上で、胸元の喉輪の魔水晶を砕くまでがお仕事である。


「瞬間の変化、できるかしら」

『あたりめぇだろ』


 スティレットを鞘に戻し、『魔剣』はサクスをバルディッシュへと姿を変えようとするが、彼女は待ったをかける。


『あ、バルディッシュでいいだろ。じゃねぇと』

「大丈夫よ。剣の刃を伸ばせばいいのですもの」

『ああ、あの練習したアレか』


 彼女は考えていた。今持つ装備で断てない敵が現れたならどうすれば良いのかと。結論は、『魔剣の内包する魔力を借りてブーストする』

である。


『魔剣』の持つ魔力は、日常的に彼女から供給され、一部貯めこまれている。この魔力は、『魔剣』が次の主を得るまでの休眠期間において、魔術師の魂を維持するために使われている。百年二百年、あるいはそれ以上の間、半ば子爵家の魔力を感じることがなければ、僅かな魔力で夢うつつの状態でサスペンドすることになる。


『魔術師』としての能力を十全に発揮できる程度には、即ち、彼女や姉、あるいは彼女の祖母と同程度の魔力量を保有していると言い換えてもいい。それを、彼女の魔力と『同期』させて、魔力の刃=『魔刃』を伸ばす。


 その魔力の刃は、『魔剣』の内包する魔力で『魔刃』を剣身の延長線上に形成し、その刃の上に彼女の魔力を重ねるものである。


 彼女が単純に『魔刃』を纏わせて延長できる長さは、魔銀製であってもせいぜい三割。これを、『魔剣』の魔力を基礎にする事で倍ほどに伸ばすことができるようになった。但し、魔力の消耗は大きい。


 無理やり伸ばす一瞬の剣で、デュラハンの腕ごと喉輪の魔水晶迄を斬り飛ばす。





 デュラハンも彼女が何か策を考えている事は察しているようで、体を斜めに向け、正対しないように上半身を斜めに向けている。


『さっさと終わらせて、あの後方に構えている吸血鬼も倒しちまおう』

「ええ、当然ね」


 彼女は一瞬にして跳躍、その頂点めがけて振り下ろされるグレイブ擬きを『魔力壁』で弾き、、その壁を足場に、斜め上から魔力の剣身を伸ばしてその跳ね上げられたデュラハンの腕ごと、斜めに斬り落とした。


BARRRIIINN!!


『GAAAAA!!!!』


 魔力の剣身の切っ先は腕を切り飛ばし、肩から斜めに入り、喉輪の魔水晶まで入り、これを叩き割った。その魔水晶から、赤黒い煙のようなものが立ち上り、彼女に纏わりつこうとするが、彼女の纏う魔力に弾かれパシパシと音を立て消えていく。


『レイスかよ実体は』

「そうね。良からぬ霊が込められていたようね」


 恐らく、『ボアロード城』は墳墓の跡、あるいは敵を処刑した処刑場の跡であるのだろう。そこに納められていた将軍あるいは王族とその近衛の戦士たちの遺骸を利用し、『野良狩団』を編成したのが……


『あいつら、ミアンにアンデッド嗾けた奴らじゃねぇのか』

「ここであったが何とやらね」


 振り返り、茶目栗毛と灰目藍髪を呼び、そのまま彼女はこちらを見ている二体の吸血鬼へと向かうのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 一体の吸血鬼は何やら詠唱のようなものを唱えている。


losgadh 我がair mo nàmhaid敵を撃て―――炎撃ニーヴ


 槍のような形をした炎の射線が、彼女に向け一直線に飛んでくる。


 魔力の壁を形成し、盾代わりに弾き飛ばす。が、斜めに角度をつけたお陰で上手く上方に弾き飛ばされたが、魔力壁は威力に耐え切れず音を立てて消滅する。


 それを見て、茶目栗毛は姿勢を低くして走り出し、灰目藍髪は水魔馬に『水幕』を展開させる。その直後、水魔馬に向け再び炎の槍が打ち放たれ威力を削り切れずに打撃を受けて横倒しになるのが一瞬見てとれた。


『修道騎士団付の魔術師の吸血鬼かよ』


 修道騎士団には、徒歩の戦士や魔術師が所属していたのだが、騎士団員となれるものは修道騎士とその見習騎士達だけであり、それ以外の戦力は騎士団に雇用された『傭兵』であった。


 すなわち、「騎士団」には、騎士とその従士たちの他に、傭兵としての兵士・魔術師などが所属し部隊を形成したのである。恐らくは、吸血鬼になることを希望した魔術師が同行を申し出た結果であろうか。


「威力が高いわ」

『サラセンの魔術師から聞き出した魔術をあいつら研究しているからな』


 当時、サラセンを含む内海東方の各地において、魔術は王国や帝国を凌ぐものが多くみられたと記録されている。その理由として、『精霊の力を借りることができない土地柄』ということがあげられる。


 荒野や砂漠が広がるカナンの地において、あるいはサラセンの支配する領域においては精霊の乏しい場所がほとんどであり、精霊の力を借りた魔術が行使できないこともしばしば見受けられた。その為、聖征に参加した魔術師はサラセンの『非精霊魔術』を積極的に研究し、これを聖征の軍に取り入れた。


 石材を用いた建築物が聖征以降広く取り入れられたのと同様、魔術師の用いる魔術も、自己の持つ魔力に依拠するものが増えていくことになる

のである。


 とはいえ、肉体を強化する魔力の方が効率が良いため、魔力量の少ないものは身体強化を行う騎士・魔剣士に、魔力量の多いものが魔術師になるという棲み分けが今でも行われているのである。


『よく考えたら、吸血鬼になったら精霊の加護や祝福の効果もないだろうからな』


 不死者を祝福・加護を与える精霊というものも難しいだろう。吸血鬼の

能力を得ると引き換えに、精霊には嫌われる存在になるのかもしれない。


 それ故に、火槍を用いるのであろうか。


 二度三度と『火槍』が彼女と灰目藍髪に向け放たれる。呪文を唱え、目標と定めた二人に掌を向け、狙いを定めて魔術を次々放っていく。二人を外した魔力の火槍はボワッと草むらを焼き、焦げ臭いにおいが漂うが、魔力を消耗して炎は消えていく。


 彼女は頭の中で、「やはり油に着火する方がいいわ」等と考えている。



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