第724話-2 彼女はウイックで特別依頼を受ける

 水魔馬に魔装馬車を付けて、あっという間にポンスタインPonstyneに到着する。ここで一泊。ダンロムにはまともな宿泊先もないことに加え、わざわざそこから『ボアロード』に向かえば目立つと考えここで宿をとることにした。


「さて、どうするんだ」

「それなら、自分のプランを提示することが先でしょう」


 彼女は人狼にそう言い募る。人狼曰く、昼の間に巡礼の格好をしてそのまま城下を一回りし、どこかで暗くなるのを待って再度ボアロード城周辺を探索するのではどうかと告げる。


「そのまま荷馬車で野営する振りをして、野営地で夜まで留まることにしましょうか」

「ええ。それでいきましょう。昼の間に、私も少し探ってみるわ」


 彼女には今回同行させた『猫』がいる。昼間も夜も、広範囲に捜索させ、不死者の兆候を報告させることができる。


 依頼からすれば、不死者を討伐すれば問題ないのだろうが、その発生源の調査や対策までは依頼されていないのだから十分だろう。


「大聖堂に不死者をぶつけるのは常道なのでしょうか」


 ミアンにも大聖堂がある。つまり、司教座のあるその地域の宗教的な中心地でもある。それ以上に連合王国の北部における「ダンロム」という土地は、この国の王にとって重要視される拠点であろう。


 君主並みの権限を持つ大司教を、他の北部諸侯と対峙する位置に配置していることからも、北部諸侯に対する信頼はかなり低いものであろう。特に、姉王時代の御神子教徒との融和政策が、今代の女王となってから徐々に破棄されはじめており、王宮に参内している北部の諸侯は、女王の戴冠当初はいたものの、今では本拠地・自領に戻り顔を出す事もなくなっている。


 北王国は王子の誕生とともに、勢いを増しており、赤子の王子を「王」に戴き、正嫡の王を旗頭として南進する可能性が高まっているというのがリンデで聞いた噂の類である。


 正嫡・御神子教徒である北王国の王に従う方が、北部諸侯にとってはありがたい。女王の権威・権力が高まり、自分たち諸侯の権限が削られることになるよりは、反乱を起こし、今まで通りの特権を維持できる新たな王を戴くことを望むというのは理解できることである。


「そういえば、ギャリーGalleyベガーBeggarのの討伐であるなら、貴女はどうやって倒すつもりなのかしら」


 不死者と言えども、吸血鬼やスケルトンの類も、本来、首を斬り落とす事で討伐することができる。


 故に、その昔、死者の復活を信じていた先住民は、敵を討伐した場合、首を斬り落とし復活できないようにした。故に、このギャリーベガーなり、デュラハンは首を落とされた死体が復活した姿をしている。


 賢者学院への道行きにおいて、最近、彼女はギャリーベガーを一網打尽にしている。同じものであれば、然程の問題もなくポーション一つで殲滅できるはずなのだ。なので、この「特別」な依頼は、大して特別ではないのだ。


 人狼は、少し考えて口にする。


「聖句を唱えるとかか」

「自分でも信じていないような嘘を言わないで頂戴」

「まあ、無理なら走って逃げだすさ。一応、打撃用の棍棒も持っている。罠にかかった鹿や猪を昏倒させる用だがな」


 その素材は『トネリコ』であるという。「浄化」「健康」「回復」の加護があり、不死者に対しては一定の効果がある。


「このシルシは何ですか?」

「マジナイだ」


 Hに似た線が杖の先端に幾つも刻み込まれている。恐らくは、「浄化」に関わる物なのだろうと彼女は推測する。


「私たちはこれね」


 金色に薄っすらと輝く玉ねぎ頭を備えた杖である。その玉ねぎの中心には魔水晶が収まっており、彼女の魔力を纏った『魔鉛製』の装備となる。スケルトンなら軽く一撃で退散させられるであろうが、首を落とされた恨みを持つ不死者であれば、そう簡単には行くまい。わざわざ依頼を出して彼女を呼びつけたのであるから。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ダンロムを避け、脇街道からボアロード城下をゆっくりと荷馬車で移動する。既に『猫』を放っており、城の先にある野営地で早めの野営準備へと入ることになる。


 昨晩も人狼は一人宿を出て、どこかへと出かけて行った。『猫』に後を追わせたのだが、ポンスタインの狩猟ギルドに入り「明日、到着する」という伝言を残している。狩猟ギルドがグルなのか、それともギルド会員の伝言を残すサービスを純粋に伝えているだけなのかはその時点では判断できなかった。


『猫』に見張らせていたところ、翌朝、彼女達がポンスタインを離れる前に、貴族の従者のようないでたちの者が伝言を聞き、騎をひき南門の方角へ去っていったということなので、恐らくはダンロムからボアロードへ向かう街道を進んでいったのだろうと推測される。


 昨夜の時点で、人狼の動きに関して彼女は同行の二人と情報共有している。二人は「始末してはどうでしょう」ということであったのだが、北部貴族と北王国の戦力を削ることになるほうが、女王陛下に助力することになると伝え、二人は納得している。


 彼女も王国も女王陛下を支持しているわけではない。神国国王の意志の下、原神子信徒の虐殺やそれに協力しない王国に対して教皇庁の権威を利用して非難するだけでなく、戦争を吹っかける可能性を危惧しているのだ。


 原神子信徒が強い力を持つ可能性も無いではないが、彼らは団結する事は難しい。それぞれの聖典の解釈で分裂しているからである。その分裂自体を許容し、受け入れるだけで、あとは納めるべき税さえ納めてくれれば宗派には干渉しないと王国では考えている。


 女王陛下と聖王会教会の方が、神国の異端審問ありきの統治よりましであると考えているだけなのだ。


 穏健な御神子教徒と穏健な原神子信徒の組合せのほうが、政治的な妥協を探りやすい。そういう意味では厳信徒のような教皇や国王の権威を否定し、聖典ありきの宗派に関してはあまり広まって欲しくない。


 神国の行動が強い反発を生み、ネデルのような内戦がおこることが最も問題となる。連合王国では、北部・東部の大貴族と北王国が神国の支援を受けて女王陛下に対して反旗を翻す直前にあるのだ。


 神国の庶子王子と結婚也婚約を結べなければ、強硬手段に出ることになるのだろう。東部のノルド公は既に力を失ったのであるから、残りの北部貴族の力をそぐことができるのであれば、女王陛下の治世は今しばらく続くことになるだろう。


 今の時点では、その方が王国にとって望ましい。王太子が妃を迎え、レンヌに王女が嫁ぎ、次代が生まれるくらいまでの間はである。





 何食わぬ顔で野営の準備をする人狼。そして、それは彼女達も同じである。問題は。


『いつヤルの? イマでしょう!!』

「……まだ早いわ。それに、どこまで絡んでいるのか、吐かせてからでも問題ないと思うのよ」


 幸い今日は新月である。人狼の力は発揮されることはない。満月ならばちょっと厄介であったかもしれないのだが、ちょっとである。


 精霊の加護の暴走なのか、魔力の操作の失敗なのか、狼のような姿になったとしても、所詮は成り損ないの精霊魔術師の範囲である。力がコントロールできないと言うことは、魔力持ちの相手からすれば、やり易くもある。


 魔力切れなり、手足を切り飛ばすなりを狙えば良いだけの事だと彼女は考えているのである。




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