第725話-1 彼女はボアロード城へと至る

 日が暮れる頃、『猫』は戻って来た。早速報告を始める。人狼を含め三人は夕食の準備と周囲への警戒中である。


「お疲れ様。それで、何か変わった事はあったかしら」


 ボアロード城はロマンデ公の征服戦争の後、この地に封された貴族が立てた城塞が元になっている。百年戦争の時代に、北王国への備えを強化するために石造の大規模な城壁を備えた城郭となっている。とはいえ、巨大な馬溜といった趣であり、防御に備えた城塞としての能力はあまり高いとは言えない。


『城塞の中で主塔となっている場所の麓に、魔術で封を施された横穴があります。恐らく、城塞地下の墳墓に繋がっているのではないかと思われます』

「つまり、その中が不死者を隠している場所になっているということなのね」


『猫』によれば、それ以外、周辺に問題となりそうな場所はないのだという。墓地や放棄された教会・修道院なども見当たらず、魔物が潜んでいそうな横穴のある崖など存在しない。


『一先ず、今晩は、その横穴を監視しておきます』

「ええ、お願いね。予想通りであれば、知らせてちょうだい」

『畏まりました』


 報告を終えた『猫』は、夕闇迫る中を再び走り出していく。


『なぁ、精霊擬きにお疲れ様ってのはねぇだろ』

「気持ちの問題よ。労わる気持ちというものは必要でしょう」

『まあな』


 精霊も精神は疲れるのかもしれない。いや、人間以上に大切なのだと思われる。金蛙フローチェの「役に立つでしょ」アピールや、未だ加護を受けていないものの、しつこく付け回す山羊男についても、相応に気を掛けてやらねば、いつか気持ちが逆向きとなり障りとなるかわからない。


 本来、精霊は気まぐれであり、時に思わぬしっぺ返しも起こりえる存在なのである。


 見ると、意味があるのかはわからないが、馬の姿となっているマリーヌに灰目藍髪がブラシをかけている。普通の馬であれば、蹄を手入れし蹄鉄を打ち直す必要もあるし、飼葉も必要なのだが、水の精霊であるケルピーには必要がない。


 先ほど、近くの小川に連れて行き水浴びをさせていたのだが、随分と魔力も回復しているように見える。今夜の襲撃前に、最良の状態に近づけることができたと思われる。




 早めの夕食を取りながら、彼女は『猫』からの情報を元に、ギャリーベガーの出現場所を想定し、同行の三人と打ち合わせを進めることにする。


「先ずは、前回使用した討伐方法が有効かどうかを確認するわ」


 前回の場合、ギャリーベガーは『野良狩団ワイルド・チェイス』となっており、妖魔と化した元国王らに率いられ彷徨していた。その際、彼女の魔力を込めたポーションを媒介とした 『aquafumuswand』により、アンデッドの大多数は浄化され無力化されている。


「それで、効果が認められなかった場合はどうしますか」


 茶目栗毛も、既に一度討伐方法を見せていることを危惧している。野良狩団と遭遇したのはこの近くであり、恐らく、今回の討伐対象と似た集団であったのだろうと推測される。当然、それ以上強力な個体・集団が存在すると考えていた方が良いだろう。


「考えてはあるのだけれど、今の段階では伏せさせてもらうわ。けれど、幾つかあるので、心配しないでも大丈夫よ」

「心配はしておりません。それに、いざとなれば迅速に退却すれば済むことです。先生の判断に従います」

「あなたもそれで良いかしら」

「ああ。問題ない」


 人狼にも確認するが、常と変わらない反応である。何かおかしな反応でも有ればと考えたのだが、その変化は確認できない。


 魔法袋に荷馬車を収納し、灰目藍髪は水魔馬に騎乗、タンデムの鞍を付けておき、いざという時には茶目栗毛も同乗させて一気に逃走させることにする。彼女と人狼は独自に突破できるという前提である。とはいうものの、彼女の中にはさほど心配するようなことはなかった。


「ボアロード城内の状況は如何でしょう」

「施設を管理する衛兵隊だけのようね。騎士も幾人かはいるようだけれど、あくまでも城代・留守居の責任者とその部下といった人間で、戦力としては考えなくていいでしょう」


 騎士数人と数十人の衛兵程度は戦力ではないと言うことらしい。討伐目標は別に存在するのであるから、考える必要はないのかもしれないのだが。




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