第719話-2 彼女はラ・クロスで基礎を確認する




 競技で最も使用頻度の高い魔術は「身体強化」であろう。とはいえ、身体強化は体内の魔力を用いて、自らの筋力などを高める用法であるから、『精霊』の加護を用いる事は難しい。精霊の加護や祝福の効果が大きく得られるのは、それぞれの精霊の影響下にある『精霊魔術』でしかない。


「魔力がショボいのはしょうがないけどね」

「ショボい言うな!」

「目を逸らしてはいけません。事実、貧しいのですから」

「……貧しいとは言わないでください」


 図体はデカいが魔力は小さい。それが「木」の賢者見習・学院生の実力である。賢者学院に誘われた時に、仮に土の精霊の加護・祝福がなければ、魔力量の少なさから賢者見習になることはなかった。木組の学院生は『加護』『祝福』ありきの存在なのだ。


 故に、魔力量が乏しいのは前提となってしまう。


「それでも、使いっぱなしだと十五分くらいしか保てないのよね」

「「「「はいそうです」」」」


 各人それぞれががっくりと肩を落として見せる。それなりに鬱陶しいし、可愛くない。小太りのオッサンにしか見えない学生たちである。


「それを考えると、攻撃手を十人で八十分務めるのは難しいのではないでしょうか」

「そうね。まともに考えればね」

「まともに考えないってどういうことですかぁ?」


 灰目藍髪の疑問を彼女が引き取った。


「分かるわ。攻める時間は後半、最後のニ十分に集中するとかでしょう?」

「ええ。そうね。最初のニ十分を攻め寄せて得点しきれずに、二回、三回と防戦一方で相手は嵩に掛かって攻め寄せて来るでしょう。それを完封して相手が攻め疲れたところで、最後の時間に攻め続ければ得点可能だと思うわ」

「……随分と策を巡らすんだな」


 木組生の一人が思わず口にする。彼女は「当然」と窘める。


「できることが限られているのだから、十人でそれぞれ、ニ十分ほどしか身体強化できないという前提を踏まえて策を巡らせるのは当然でしょう。私たちは全力で八十分参加できるのだから、護りきる程度のことは容易に可能なのよ」

「まあほら、余所者にデカい顔させたって後で文句言われないように、せめて見せ場は作りなさいよ」

「ですよねぇ」

「ですわぁ」

「「「……」」」


 その通りなので何も言い返せず、クラン寮生は気まずそうに下を向く。演出されたチャンスをものに出来なければ、他の学院生は勿論のこと、彼女達にも責められることになるだろう。それは避けたい、いや、あってはならないことである。


「でも、身体強化二十分なら何とか……」

「そんなわけないでしょう。それに加えて、身につけるべき事はあるのよ」


 身体能力を高めただけなら今までと何も変わらない。相手も同程度の能力、あるいは若干上回る能力を有しているはずなのだから、それだけで得点につながるわけがない。相変わらずぬるま湯の発想である。


「攻撃手と遊撃手には、同時に視界の外の範囲を『魔力走査』で敵選手の位置を把握してもらいます」

「勿論、味方もね。それで視力に頼らず敵味方の位置を確認してプレイできることになるわけよ!!」

「「「ええぇぇぇ……」」」


 球を捕らえ、それを味方に投げて繋げていくわけだが、そのたび一々敵味方の位置を確認する為に立ち止まっていては容易にその経路を遮断されることになる。


 目でなく魔力走査で自分の周囲の敵味方の位置を把握できれば、素早い送球が可能となるだろう。機先を制して動くことも、死角から迫る敵選手を目で確認せずに躱す事も出来る。


「で、できるでしょうか」

「できるかできないかではないわ。やるのよ」

「やれよぉ」

「やるのですわぁ!!」


『ラ・クロス』においては、背後からの接触プレイは反則となる。前からであれば球を持つ選手にスティックを用いて干渉することは認められている。とはいえ、背後から突然前に現れる選手が事前に把握できているなら、躱すのも事前に球を流す事も可能となる。


「身体強化と魔力走査、それ以前に魔力纏いの同時発動が必須となります」

「……魔力纏い? ってなんですか?」


 どうやら、魔力纏いは賢者にとって一般的な魔力の運用方法ではないらしい。「魔力纏い」は本来、 装備に魔力を纏わせる技術。魔装・魔銀製の武器や装具を用いるに必須の魔術で、装備の強度を上げ、魔力を纏う事で魔力に抵抗・対抗することができるようになる。リリアルのスティックは魔装網・魔装糸で補強されており、『戦棍』に似た強度を有するほどになる。


 とはいえ、魔力を纏える装備を持たなければそれを発揮する機会もないので、身につける意味はない。故に、賢者見習には縁のない魔術であるのだろう。


「それ以前に、『気配隠蔽』を身につければ、その延長の魔力操作で『気配飛ばし』とか『魔力走査』も身につくんじゃない?」


 気配飛ばしは、魔力の塊を体外に飛ばし、相手の気を引く魔術である。それを体の周辺に薄く細長い網状の魔力の線を巡らせることで、魔力を持つ存在を感知する応用が『魔力操作』につながる。


 魔力操作の精度を上げることで、身体強化の継続時間を延ばしたり、魔力操作の範囲を拡大することもできるのだ。故に、継続して魔力を使う鍛錬が必須となるのである。雑に魔力を扱うのとは正反対の鍛錬であるのは言うまでもない。彼女の姉は大の苦手である。


「賢者、それも土の精霊魔術を使えるのであれば、森の中では精霊の力を借りることで恐らく似たようなことができるでしょう?」

「それは……そうなんですが……」

「自分の魔力だけでそれを実現するだけだから簡単でしょ!!」


 鳥獣や草木の力を借りて敵の存在を感知するという精霊魔術をドルイド・あるいは『賢者』は用いることができることは、彼女達も学院の授業で知っていることである。土の精霊の加護持ちは、その辺りは得意なのだが、自分だけの魔力で実現することが難しい。


 もっと言えば、精霊に「お願い」すれば実現する内容も、それ抜きで自身の魔力だけで実行するとなれば、格段に魔力も難易度も上がることになる。四つの会派の中で、もっともい精霊の力に依存しているドルイドらしい精霊魔術の使い手が『木組』なのだから仕方がない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「ちょ、ちょっと待ってくれないか」


 クラン寮で寮長を務める男、『エルム』が鍛錬を止めて彼女に話し掛けて来る。十人しかいないチームを率いてきた結果、「負けて当然」だが「ベストを尽くす」といった発想がこびり付いているナイスガイである。だが太目。


「何かしら」

「そ、その。魔力操作を短期間で改善するのは難しいと思うんだ」

「それで?」


 伯姪も話に加わり、皆の鍛錬も一旦休みになる。


「言い訳なら聞かないわよ」

「いいわけではないよ。例えば、私は使い魔を飼っているんだが、それならば試合の間、空を飛んでもらって上から俯瞰で敵味方の動きを確認できるんだ」


 エルムの言いたいことは、動物を使役する精霊魔術の一つに、『視界の共有』というものが存在するのだそうだ。使い魔は鳥であるから、試合中に空から見た情報を共有できるのであれば、慣れない『魔力走査』で把握するよりも容易に同じ事ができるというのである。


「それでいいんじゃない?」

「そうね。相手を直接魔術で攻撃する以外の手段は認められているのでしょう。使い魔との視界共有も問題ないのではないかしら。それなら、今までなぜその方法を活用していなかったのかしらね」

「……」

「「「「……」」」」


 賢者見習の間に気まずげな空気が流れる。工夫が足りていないと、それも精霊魔術を十全に活用できていないと、『賢者』でない者から指摘されたのであるから尚更である。


「今まで、十人ギリギリで試合をするのだけで精いっぱいだったから」

「試合に負けるので精いっぱいだったから……ですか」

「「「……」」」


 魔力の足きりにあい、薬師コースでしか入学できなかった灰目藍髪からすれば、最初から『精霊』の加護なり祝福を持ち、賢者見習として学院に入学できたエルムらの「足らなさ」に腹立たしさを感じ、言い方も棘があるものになる。


「いいすぎですぅ」

「そうかもですわぁ」

「足らない事に気が付いただけマシでしょ? けど、これからもっと、自分達の魔術を真摯に生かす方法を考えてもらうわよ!!」


 負け犬なのは、負けたままであるから負け犬なのだ。勝つまで粘れるならば、負け犬もいつかは勝者となることができる。


「そもそも、これ、鍛錬の一環なんですよねぇ? なんで、出来ること全部試してみないんですかぁ?」

「その為の交流でもあるのだから、あまり厳しく言い過ぎてはいけないわ」

「……先生がそれをいいますか」


 彼女は「え」と思わず声にするが、見回す彼女からリリアルの誰もが視線を逸らす。


『まあ、そうじゃねぇと貴族なんてやってられねぇよな』


 負けたら身代金払えばリセットされる時代ではない。領地が荒廃し、根こそぎ奪われかねない闘争の時代に移りつつある。故に、ぬるま湯賢者に対して、彼女はより一層厳しく当たることにするのである。


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