第718話-2  彼女はクラン寮生を思いきり試す

「俺達の寮とはえらい違いだ!!」

「風呂が……贅沢すぎる……」


 海に落ちて潮水でべとべととなった学生たちを領主館の風呂で身綺麗にさせ、ついでに朝食を取りながら情報交換をする。今までどのように『最弱』であったのか想像はつくのだが、本人たちの口からその状況を確認する必要があると考えたためだ。


「悪いな、朝から風呂まで振舞ってもらって」

「いいのよ。それよりも……あんたたち、本当に只の魔術師並に体ができていないのね。巡回賢者とか本当にできるのか疑問だわ!!」


 伯姪は全く容赦がない。それは内心、他のリリアル生も同様である。元薬師としてリリアルに参加した二人も、今では騎士として身体を鍛えているので、魔力量は兎も角、『ラ・クロス』の一試合あたりのニ十分の四セット程度の時間、全力で活動することは難しくないと考えている。


 これが、並の魔力持ちの剣士や騎士であれば、一セット二十分で魔力切れになってもおかしくないので、妥当と言えば妥当なのだろう。そもそも、『ラ・クロス』は先発十人に加え、予備選手が十六人認められている。一セット、二セットで交代する選手がいても試合は十分成立する。交代枠全部を使用しても問題ないからだ。むしろ、魔力を全力で使用して、次々メンバー交代を活用する方が「良い作戦」であると見なされる節がある。


 しかし、条件は全チーム同じである。故に、自力に劣る土派の中でもさらに木組は『最弱』と言われる程度の実力なのだろう。走れないデブは只のデブだ。


「だがな、俺達クラン寮は、いままで選手十人でギリギリ回っていたから、交代選手もいなくってぼろ負けしてたんだよ。今回は、君たちが入ってくれたから、結構善戦すると思うよ」

「善戦に意味があるんでしょうか?」

「四回勝てば優勝でしょ? 余裕よ!!」

「「「……」」」


 灰目藍髪と伯姪の言葉に絶句するクラン寮生だが、彼女は黙って頷く。


「勝利か死か。そう考えて自分自身を追い込みなさい。その出ている下腹をひっこめるまでやるわよ」

「「「ひぃぃぃ」」」


 彼女の断言に、朝練が終わっただけで「一日終わった」感を出していた学院生たちは情けない悲鳴を上げ一気に縮み上がる。


「教官がまず手本を見せなければならないわね」

「……俺か……」

「当然でしょ!! 学生は授業があるけど、あんたは自分の授業以外暇じゃない」

「暇じゃねぇ……だが、教えを乞う為の時間を作ることはできるな」


 クリノリがリリアル流の鍛錬を身につける……というところから始まることになったのである。





 学院生がいなくなった後、彼女達とクリノリだけが領主館に残る。まずは、クリノリがどの程度魔力を扱えるかを確認するところから、改めて始めることになった。


「俺は、身体強化だけなら三十分くらいは続けられるぞ」

「全然足らないわね」

「……嘘だろ……」


 身体強化だけなら六時間くらいは使えなければ話にならない。気配隠蔽と魔力走査を併用し、さらに要所では魔力走査を切り、魔力纏いを用いて討伐することになるのだ。その場合、二三時間の継続戦闘が前提となる。


 三十分ないし一時間の戦闘を二三度繰り返す形を想定しているのだ。


「軍の集積地や駐屯地の襲撃なら、二時間程度の継続は必要になるでしょう」

「それに魔術の多重展開は必須よ!!」

「細かく魔力を入り切りしながら、必要な瞬間だけ発動することで魔力を相当節約できますから。魔力が切れたら試合終了ですので」

「装備で相当楽させてもらうのもリリアル流ですぅ」

「ですわぁ」


 茶目栗毛は沈黙を貫く。運用は伯姪と似ているので、屋上屋になると考えたのだろう。


「え、身体強化だけじゃないのかよ」

「馬鹿ね。身体強化なんて終始するわけないじゃない。相手を先に発見するための『魔力走査』に発見されない為に自分の魔力の漏れを押さえる『気配隠蔽』が必要よ。ラ・クロスの仕合だって見えない位置から気配を消されて攻撃されたら、後手に回るに決まってるじゃない!!」

「……そ、そうか。そうだよな。いや、考え方がまるで違うんだな。土の精霊魔術では、精々足元を攪乱するくらいしかできることがなかったから、正直、勝てる気がしなかったんだ」


 彼女は「土の精霊魔術」を用いることに拘っていたが故に、土派は弱く、特に木の精霊を用いる前提の『木組』は特に諦めていたのではないかと考えていた。


「恐らくですが、火の精霊魔術師・火派賢者は、最初から精霊魔術師としての在り方を捨てて、傭兵あるいは一般的な魔剣士のような鍛錬を行っていたのではないでしょうか」


 茶目栗毛の言う通りだろう。あの決闘騒ぎも自身の魔力を用いた戦闘能力に自信があったが故の態度であったと今にして思う。それは、傭兵としての密かな経験が自負となっていたと考えられる。


「火派の奴らは、魔力量が多くないと火の精霊魔術をロクに使えないから、身体強化の継続時間も、力の増し方も大きいんだ。優勝候補筆頭はいつも奴らなんだぜ」

「だから、そこから自分たちのできることをなぜ考えないのですか」


 灰目藍髪が苦言を呈し、更に伯姪が追撃する。


「ほんとそう。思考停止か脳死状態って奴ね」

「……」


 クリノリ、もう何も言えねぇ!! である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『初見殺し』という考え方がある。


 事前の予備知識が無ければ対応できない、不意打ちの要素を持つ効果を意味するが、賢者学院の「魔術」=精霊魔術という発想から来る、魔力操作の精度軽視は『最弱』に付け入るスキを与える。


 そもそも、リリアルの魔術は身体系に特化しており、それも、継戦能力と残存性に重点を置いた発想で構築されている。生き残る事、戦い続けることに重きを置く魔術である。


 クリノリとの会話から察するに、選手二十六人全員を投入し、魔力量を最大効率で使う戦い方をそれぞれが選択しているのだろう。その中でも、魔力量の多い火派、海に近い故に水の精霊の力を得やすい水派、同様に有利な風派が続き、土派が後塵を拝しているという様子が見てとれる。


 またその中で、精霊の力を借りやすい『木組』が石・草よりも更に魔力量が少ないと想像できる。土の精霊の加護・祝福で樹木の力を借りることができる『木』は、本来であればドルイド・賢者の『本流』であり、魔力の利用効率が最高の派閥であるのだから。


「不自然な精霊魔術を使う賢者ほど、『魔術師』に近いって皮肉よね」

「それでも、賢者学院の中だけでの話よ。模擬戦を見れば、大した差ではないことが明白だわ」


 最初から「精霊」を当てにしていないリリアルからすれば、ショボい魔力を最大効率で使うことしか考えていないのだから、賢者見習共の雑な魔力の扱いを見て、容易に勝利をする事は可能だと考えている。


「私たちが守備、あるいは攻撃側のどちらに立つべきでしょうか」

「予選二試合あるのだから、一つづつ試せばいいでしょう」

「ふふ、まあ私たちが攻撃側に立たない試合は負けてもしょうがないと思ってるわよね」

「一勝一敗だと、同率二位になるんじゃありませんかぁ」


 彼女は最初から『木組』とリリアル勢で、攻撃と防御を一度づつ経験させる腹積もりなのだが、碧目金髪の指摘するように、予選を二位で通過できるかというと不確かなのである。


「その場合どうなるんでしょうか」

「確か、得失点差で二位を決めることになります」

「とくしつ……ってなんですのぉ?」


 茶目栗毛の指摘にルミリがわからないと声に出す。


「簡単に言えば、それぞれ二試合ずつした試合の自分のチームの合計得点から、相手に与えた得点の合計を引いて計算した数字の事ね」

「なるほど。一勝一敗で並んだとしても、沢山点を取っている方が上になるってことなんですねぇ」

「わかりましたわぁ」


 木組とリリアルが一度づつ攻守を経験すると言うことで、一見対等に見えるのだが、最初から彼女はリリアルが守りに入る試合では無失点を狙い、攻撃をする試合では大量得点を目指すつもりなのである。


「まあ、あなたの試みはなんとなく分かるわ」

「それで、理解してもらったうえで、準決勝・決勝はこちらの主導で動いてもらうつもりなのよ」

「先生」


 茶目栗毛がおずおずと手を上げる。


「何かしら」

「最初の試合、無失点であれば引き分けの可能性が高いのではないでしょうか。そして、二試合目、大量得点となれば勝利になると思われます。その場合、一勝一分けで一位通過になるのではないでしょうか」


 それはそうかもしれない。しかしながら、無失点で守り切り偶然相手が失点して勝利し、大量得点を上回る大量失点で負ける可能性も……ある。


「先ずは一試合目、私たちの堅守で無失点を目指しましょう」

「「「おおうぅ!!」」」


 どうやら、最初の試合は守備側をリリアルが担う事になりそうである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る