第713話-2 彼女は決闘の舞台で勝つ
肩で息をするアナムブア。既に四度の魔水晶強化型『
そして、四度目は四枚の魔力壁を組み合わせ、放射された『雷火』をアナムブアに直接反射させた。威力は減衰したものの、完全に防ぐことができなかったアナムブアは、相応のダメージを負ってフラフラということである。
『あんま無茶すんなよ』
「私ではなく、相手に言ってあげてちょうだい。心外だわ」
捲かれた真紅の魔水晶は、既に薄桃色となり、恐らくはまともに『火』の精霊魔術を補助することは出来ないであろう。本人の魔力量はさほど多くないことも見て取れる。よくありがちな茶色の髪の持ち主は、魔力量に恵まれない者の特徴でもある。
「そろそろ敗北を認めても良いのではありませんか」
「馬鹿な! まだ一度も攻撃を受けてはいないではないか!!」
いや、既に二度弾き返されて、最後は自分の放った『雷火』でダメージを追っている状況ではありませんか?
「へいへい、相手へばってるよぉ!!」
「ですわぁ!!」
明らかに足元もふらつき、魔力も残り少ない状況で攻撃の手段はあまり残されていないように見て取れる。何か切り札を残しているのだろうかと疑わずにはいられないのだが。
「我が最強の『火』魔術で、貴様を屠るぅ!!」
何やら長い長い詠唱が始まる。魔水晶の魔力の残り、そして、足元の触媒と思わしき何かから炎が立ち上がり、鍛錬場には火炎の渦が立ち上がりはじめる。火炎旋風とでも言えばいいだろうか。
それが、ジリジリと高さを上げ二本、三本と数を重ねていく。やがて、九つの火炎の鎌首が持ち上がり、彼女に向けて進み出す。
「喰らえぇ!!
九頭の火竜の如き旋風が彼女に襲い掛かる。火炎では炎も怖ろしいが、その高熱の旋風による熱、そして周囲の空気を吸い込む効果も怖ろしい。
地面を削りながら彼女に纏わりつく。
『ど、ど、ど、どうすんだよぉ!!』
『魔剣』焦り過ぎである。
彼女は何でもないとばかりに魔術を展開する。
――― 『
――― 『
一瞬で土のドームが形成され、それが硬化される。が、そのままでは蒸し焼きになってしまう。
荒れ狂う炎の渦の影響で、見学者は自身で防御できない者から、次々に鍛錬場を逃げ出している。火派の学生もである。
リリアル勢は、ここぞとばかりに、水魔馬と金蛙が水の幕を張り熱を防いでいる。山羊頭は……特になし!!
「あっつ、熱いぃ!!」
「ですわぁ」
朱色の竜巻が土牢の手前で停止する。
「あれ、魔力壁で抑え込んでいるのよね」
「恐らくですが」
土牢の前面には魔力の壁が形成され、竜巻本体の前進を抑え込んでいる。土饅頭の前で必死に見えない何かを押している竜巻が些か間抜けなのだが。
やがて、炎の渦は一つ、また一つと消え去っていく。そのすべてが消えた事を確認すると、彼女は土牢を解除し、魔装扇に纏わせた『雷燕』を次々とアナムブアとその後方にいる火派の賢者に向け乱れ撃ちに放ち始めた。
「ぎゃっ!!」
「イデェ、イッデェエェェ!!」
「うがああぁぁぁ!!」
火炎旋風の影響も術者の背後で関係ないと高みの見物を決め込んでいた、ペイニア師とその取巻き兼指導賢者たちに次々と雷の刃がパシパシと静電気よろしく命中し、小さなスパークを灰色のローブに叩きつけている。
『ひでえぇ。お前、狙ってるだろ』
「恐怖のあまり、無我夢中で反撃中よ。人聞きの悪い」
両手の魔装扇を振りながら、次々と雷の小鳥を飛ばし叩きつけていく。やがて、他人事ではなくなった者どもが、アナムブアに怒声を上げる。
「アナムブアあぁぁぁぁ!!!!」
「土下座しろぉ!!」
「いい加減に負けを認めよぉ!!」
「死ぬならお前だけで死ねぇ!!」
ああ、なんと嘆かわしい。火派賢者を代表する男を、派閥の幹部たちが見捨てるとは。学院長が「そろそろやめて」とばかりに彼女に視線を送って来るが、そんなの関係ぇねぇ!! とばかりに雷燕乱舞に移行していく。
恐らく、対戦相手はスタンディングダウン(立ったまま気絶中)であると思われるのだが。
やがて、アナムブアは糸の切れた操り人形のように地面へと崩れ落ちる。
「しょ、勝者ぁ!! リ、リリアル副伯ぅぅぅ!!」
審判の学院長も、学院長としての威厳を保てなくなっている。直前まで、火炎旋風の炎を自身の魔術で防ごうとして健闘していたのだが、どうやら学院長は風派のようで、相性が良くなかったのか、かなり消耗している。
『炎を風で防ぐってのは少々無理筋だよな』
土や水の壁で防ぐのであれば、比較的消耗も少なくて済んだだろう。ここは海に近い島の中の鍛錬場であるから、水の精霊もたくさん存在する。土も不足はない。風でも不可能ではないが、どちらかと言えば斥候系の魔術が向いている。移動の補助や情報の収集あるいは音や気配の遮断といったことだろうか。『土』と『風』はオリヴィが得意とする系統の精霊魔術である。
既にズタボロとなり地面に伏しているアナムブアとその背後の火派の賢者とその学生。とはいえ、ペイニア師は敢然と胸を張り彼女を睨みつけている。
『まだ心が折れてねぇって感じだな』
「ふふ、知らないと言うことは幸せな事なのよ」
東部の大貴族・ノルド公が収監されたという情報が伝わるのは、あと数日かかるのだろうか。今回盛大に用いた魔水晶の補充も出来ず、稼ぎ時と考えていた傭兵依頼も消滅したことに気が付くまでの話である。
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