第713話-1 彼女は決闘の舞台で勝つ

 アナムブアが持つのは、所謂『魔法の杖Wand』である。ヤドリギとオークの絡み合ったそれだ。魔力の操作を補助する効果があると思われる。が。


『火の精霊的にどうなんだろうな』

「確かに」


 土の精霊、あるいは、水や風ならば植物由来の杖を駆使するのはわかる。精霊との親和性が高いのではないかと推測される。では、火の精霊は樹木と親和性が高いのだろうか。


炬火タイマツの方がいいでしょうね」

『ちげぇねぇ』


 火の精霊を使役し、活性化させるのならば炬火の方が喜ばれるだろう。だって燃えてるじゃない。あるいは蝋燭か金属製のランプを持っても良いかもしれない。実験してみても良いだろう。


 とはいえ、戦場で炬火ならともかく、ランプや蝋燭を持ち歩くのは微妙である。両手を空けておくことが好ましい。武器が持てないではないか。


 



「ゆけ!! アナムブア!! 魔女を倒せェ!!」

「「「「おおおぉぉぉ!!!」」」」


 模擬戦二戦の後、この対戦は決闘である。決闘の理由、勝敗の付け方、そして、敗者に勝者は何を求めるのかを学院長が説明しているが、らあらあ歓声がうるさくよく聞き取れない。


 魔女というのは、原神子信徒が女性の魔術師を貶める言葉である。あるいは、神国の異端審問官も同様である。前者は、聖典にない行いを根拠に貶め、後者は教皇庁の権威に基づかないそれらを否定する故に、貶める。


 御神子が行えば『奇蹟』で、無名の魔術師が用いれば「魔女」あつかいとは片腹痛い。誰が行ったかが大事であり、何を行ったかは大して注目されないのは腹立たしい。


「聞け、愚者ども!! 王国副元帥リリアル副伯を『魔女』と貶めるのは、副伯個人に対する侮蔑のみにあらず。我が師を副伯に任じた王国と、王家、それに支持をする王国の民全てを敵に回すものだと心得ろ!!調子に乗るな!!」

「ですよねー!!」

「ですわぁ!!」


 声を上げたのは灰目藍髪。伯姪が声を上げるのを制して自らが大音声で叩きつけた。学院内の派閥同士で貶め合うのはお互い様かもしれない。いつもの調子で、女性の魔術師を「魔女」と貶めたのであろう。


「馬鹿ね!! その魔女に既に二敗している愚か者は、面白い事を言うわ。笑いを取るツボを心得ているのかしら!!」


 茶目栗毛を除く全員が笑っている。


「なんだとぉ!!」

「我等が愚民だとぉ!!」


 愚民ではなく愚者。興奮する者たちを宥める為にも、学院長は早々に決闘を開始する。


「始めぇ!!」


 その瞬間、アナムブアは壺を蹴り飛ばした。なかから飛び出したのは両掌で掬えるほどの紅色の魔水晶。


『やべぇ』


『魔剣』が指摘する間でもなく、油や可燃性の混合物よりも精霊の力を活性化させるのは、魔力の籠ったもの。同系統の火の精霊の魔力を込め準備をしておいた魔水晶を彼女の前に捲いたのだ。


tàirneanachteine!!!』


 火と雷の上級精霊魔術。先ほどイデーが用いたものとは格が違う。イデーの雷火が一閃の炎を纏う雷であるとするのなら、これは、天地を揺るがすほどの雷と炎の驟雨である。


「きゃあぁぁぁ!!!」

「せんせいぃ!!!」


tonitrus iscutum


 その雷の束を、彼女は広げた『魔装扇』を広げ軽々と防いで見せた。角度を付けられた雷を纏った魔力の壁。その盾に弾かれ、斜め上空へと雷を纏った炎は消えていく。


「「「「おおおぉぉぉ」」」」


 彼女が防ぎきれなければ、彼女の背後のリリアル一行のみならず、その左右に陣取る風派と土派の見学者たちも巻き添えを受けていただろう。


「っぶないなわねぇ」


 未だに目がチカチカする伯姪が、思わず口にする。自身も瞬間魔力壁を展開していたが、それだけでは大怪我を負っていただろう。魔力量で考えるならば、オリヴィか黒目黒髪並の魔力壁を展開しなければ弾き飛ばす事は出来なかっただろう。やるな黒目黒髪。


 一瞬で『雷盾』を展開した分、垂直の壁ではなく斜めに展開することで、防ぐのではなく弾くことにした理由は、彼女も少々不安があったからでもある。防いでみるのならば、『魔力壁』の多重展開でも行うのだが、速度的に間に合わなかった。


「こ、これ、 アナムブアァァぁ!! きけんですぞぉぉ!!」


 一瞬の硬直後、素に戻った学院長が激昂してアナムブアを怒鳴りつける。が、本人は涼しい顔をしているだけではなく、背後のペイニア師になるとにやけた表情を隠すつもりもなく、せせら笑っている。


「魔女には鉄槌を……でしょう」


 無礼にも彼女を杖で指し、魔女呼ばわりを重ねる。先ほどの『愚者』呼びが余程腹立たしかったのだろう。が、そんなの事はどうでも良い。


『まだあと一度や二度は、同じことが繰り返せそうだぞ』

「分かっているわ」


 大量の赤い魔水晶は、色がやや薄まったものの、真紅から、明るい赤色に変わった程度であり、薄桃色となったとしても一度くらいは強化してくれるだろう。まだまだ魔力の含有量には余裕がある。数にすれば数百個にもなるだろうか。指の先ほどの魔水晶でも大魔炎並の魔術を発揮させる魔力がある。姉や彼女はホイホイ魔力を込めるが、中程度の魔力量であれば、一日に一つでも魔力の枯渇に至るだろう。


 火派の学生や三等賢者たちが何日もかけて集めた魔力をここぞとばかりに大盤振る舞いしている。魔水晶は何度かは魔力を込めることはできるが、劣化し収納する魔力量も減退する。魔水晶は希少な貴石であり、当然高価なのだが、惜しげもなく使う火派は「資金潤沢」とでも伝えたいのだろう。


『成金趣味か』

「ええ。魔術は魔力量だけではないと言うことを教えてあげる必要があるかもしれないわね」


 馬鹿魔力を持つ彼女が言うのには少々疑問であるのだが、魔力量に依存する戦い方を彼女は最初から良しとしていない。必要十分な量を適切に用いる。目的を達する為に魔術や魔力を用いるのであって、それを誇る為ではない。


 魔騎士や魔術師に対して、常に道具や工夫、組合せを考え相手の隙や弱点を押さえる戦い方を考えるのがリリアルである。


 とはいえ、ここは正面から凌いで見せなければならないだろう。


 何より、その潤沢な資金とやらが砂上の楼閣であり、もうすぐ伝わるノルド公スポンサーの失脚と北部への遠征中止により、目の前の魔水晶を再び入手する手段を二度と手に入れることは出来ないこと、今日の決闘の無駄遣いを激しく後悔させたいのだ。


『性格わりぃよなお前』

「師に似たのかしらね」

『家系だ家系』


 こういうことを、世間では『六か半ダースか』という。



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