第712話-2 彼女は決闘の舞台に立つ

 思わぬ敗北、それも火派の火種を用いての上位魔術を事もあろうに、『女』『水』精霊使いが破ったのだ。最初の伯姪に敗れたドイネアンは学生・見習からようやく一人前になった程度の賢者だが、イデーは賢者となってすでに数年が経っており、外での『経験』もそれなりにあった。少なくとも一勝一敗でここまで来ているはずが、まさかの連敗。


 その上での決闘となる。改めて追加の『準備』が必要だと判断したペイニア師とアナムブアは、研究室に私財を取りに向かわせていた。その間、少々の待ち時間が生まれていた。


『主、助力が必要でしょうか』

「いいえ。問題ないわ」


『猫』は水魔馬のような能力は持たない。彼女の魔力を高める加護を与えていると思われるが、それ自体に特別な能力を持っているわけではない。故に、直接的な戦い、特に魔術を用いる前提では助力の余地がない。それでも、心配して助力すると進み出たのだろう。


「それよりも、火派も含めた賢者学院の関係者で、吸血鬼と結びついている者の存在確認を優先してちょうだい」

『畏まりました』


 彼女達と賢者学院に到着した『猫』だが、当初から別行動をしていた。島の中の偵察、そして吸血鬼の存在と、その協力者を探し出す事に注力していた。


 とはいえ、海の中にある島に吸血鬼が容易に立ち入ることができるとも思えない。密かに『棺』に入って船で運び込む事も、この島では困難である。その『棺』の保管場所も、学院の地下墳墓などありはしないので、隠せるものでもない。

 

 恐らくは、間に北部の貴族なり商人が仲介し、連絡を行っているのだろうと思われるが、狩猟ギルドが仲介するはずもなく、主な連絡手段が狩猟ギルドであることから考えると、どうやって外部とやり取りをしているのか簡単には分からないと言うことになる。


『とりあえず、俺達がここにいある間は問題が起こらねぇんじゃねぇの』

「だといいのだけれど」


 吸血鬼の協力者の有無も、賢者学院で確認すべき事の一つとなる。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「おおイデーよ!! 負けてしまうとは情けないぃ!!」


『ドイネアン』の事も忘れないでください。どうやら、ペイニア師とアナムブアは口々に罵り、憤懣やるかたないと言ったところか。


 表向きの依頼は、王家の代官施設から書類で送られてくるが、かなり数は少ない。依頼内容は確認されるし、伝わるのには時間が掛かる。それに、表向きの依頼は貰いが少ない。貴族の依頼も同様だ。こちらは、依頼内容を賢者学院に漏れ伝わることを嫌う。


 結論的に言えば、それぞれ対立する精霊の派閥内で区割りをされ、それぞれの地域の貴族が暗黙の後ろ盾となり密着した関係となる。仲の悪い派閥同士での情報交換は行われず、結果としてそれ以上の情報漏洩も起こらず、余計なとがめだても行われない。


 東部貴族と火派、北部貴族と水派、宮廷・リンデと風派、そして、干渉を避ける西部南部とつながりの深い土派とで分断されているのだ。


『推測だろ?』

「そんなものよ。あと一週間もすれば、ノルド公の件が伝わり、火派はこんな決闘の結果なんて頭から消し飛ぶでしょう」

『だからって、ほどほどにしておけよ』


 それは相手に伝えてもらいたい。鍛錬場は、島の中で一段高い場所を平坦に整えて作られている。爆風などが横に広がったとしても、周囲の建物より高い位置にある為に被害は及びにくい。加えて、高波などの際の避難場所にもなるのだろう。


「遅い!!」

「た、大変申し訳ありません」


 四人の学生と思われる灰色ローブの男たちがアナムブアにどやされる。最初から準備していないお前が悪い。


「待たせたな」

「いいえ。待つのも仕事のうちですから」


 そう、彼女は親善副大使として訪問している。意味不明な上から目線の発言など赦しては、王国の沽券にかかわる。


 ここで気になるのは、ネデル総督府に協力する吸血鬼の一部が、ノルド公に協力する吸血鬼となっていたのだろう。あれらは、状況を利用し「戦乱」を起し続けることで、自らの『糧』が手に入る状況を作り出そうとしているだけである。


 出来れば同じ戦場で吸血鬼同士が対峙するのはよろしくない。吸血鬼同士が争うからではなく、取り分が減るからだろう。


 故に、ネデルでは総督府側で活動し、連合王国には原神子派側の吸血鬼が内乱に協力し『糧』を得る算段なのだと思われる。そのうち、先王の時代のように、神国・連合王国が揃って王国に戦争を仕掛けるかもしれない。


 東部に協力する吸血鬼は潰したのだが、北部はわからない。ノルド公は経済的利益故にネデルと結びついていたが、北部はそうではない。神国の後ろ盾を持つ北王国王家あるいは、それを傀儡とする貴族集団と手を結び、女王に対抗しようと考えている。


 女王陛下は、先立つものもないので戦争ではなく、政治闘争で片付けたいのだが、駆け引きですませられるかどうかはわからない。そこで、二人の王弟を自分の国賓として招いた。神国もネデルの統治が安定するまでは財布が寂しい。時間を稼ぎたいのは同じ思いだ。


 けれど、ノルド公や北部の貴族はその思惑の外にいた。今既に困窮している北部は、時間を掛ければさらに困窮する。また、赤子の王太子のいる北王国からすれば、完全な傀儡の新王を擁立し、攻め込みたいということもある。戦意旺盛ながら、実力が足らない。ならば、外の力を借りる。出来高払いの傭兵ならば、成功報酬を多くすれば初期費用も少ない。自分たちの領地の外でなら、略奪することも認めるだろう。


 故に、ノルド公を討伐しただけでは、安穏とできないのは風派と女王周辺の考えであり、火派を抑え込んだとしても、北部・北王国とのつながりの強い水派の影響力は強く残る。もしかすると、バランスを崩すかもしれない。


「でも、あれを放置していれば、どの道大乱になり、王国にも影響があったのではないかしら」

『だろうな。吸血鬼を尖兵に、海峡を渡ってロマンデやカ・レに軍が上陸して百年戦争再びになりかねねぇ』


 レンヌやルーンでの協力者はかなり抑え込み、あるいは処刑されている。水先案内人になりかねない国内の不穏分子も粗方は押さえている。


「勝手に内乱を起こす分には構わないのだけれど、王国に関わる気が成らない程度に痛めつけておけばいいわね」

『だ・か・ら 親善忘れんなよ』


 傭兵気取りで賢者として民を助ける役割を忘れた『もどき』には容赦してはならないと彼女は考える。


 なにやら沢山の瓶や甕を並べ、腕を組み胸を張るアナムブアが前に進み出る。


「そろそろ始めよう」


 あくびを噛み殺しながら、彼女は扇を片手に前に進み出るのである。



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