第711話-2 彼女は水魔馬の主の戦いを観戦する
開始から数分が立ち、放たれた火球は二十を超えている。
「精霊魔術は便利なのね」
『まあな。とはいえ、あんな火球じゃ魔物も人間も倒せやしねぇけどな』
握り拳大の火球が素肌に触れれば一瞬熱いと感じるが、そのまま体に纏わりつきでもしない限り大した問題ではない。継続して熱が伝わらなければ大きな火傷を負わせることも、焼き尽くす事も難しい。人の腕ほどの太さの木の中心迄焼くためには、一時間はかかる。燃焼というものはそう簡単には事を為さない。
じっと焼かれるのを待つ者などいない。そもそも「火刑」で死ぬのは、熱せられた煙を吸い込んで呼吸ができなくなるからであって、火傷で死ぬわけではない。体の表面が焼けていなくても、呼吸する為の肺や気管が熱で火傷してしまえば、呼吸ができなくなり死ぬ。
故に、体を固定されてでもいなければ、そうそう傷を負う事はない。火が怖いのは、それに付随して発生する火事や騒乱の発生であり、一対一の戦いで相手を打ちのめす程の力をこの程度の鍛錬場で起こす事は難しいだろう。
「準備不足でしょうか」
「何か取り出しましたよ!!」
少々息が切れてきたドイネアンは、何かを杖に引っ掛けると投擲器のように振り回すと、伯姪に向けそれを放った。
空中を弧を描いて飛んできたそれは、地面に落ちると小さな破砕音を立てて砕けた。
PONN!!
割れた容器から、ショワショワとばかりに湯気が出ている。
「
懲りずに再度の火球攻撃。しかしながら……
「お、おっきくなりました!!」
「ですわぁ」
火球がこぶし大から子供の頭ほどの大きさになる。それも、放った時点から大きくなりつつ伯姪に接近してきた。
「よっ!!」
ぱしっとばかりにバックラーで火球を弾き飛ばす伯姪。回避するよりも弾いた方が良いと判断したのは、大きな火球を回避するには少々大きく動かなければならないからだろうか。
「審判! 投擲は反則ではありませんか!!」
彼女のコールに審判は揃って首を横に振る。触媒の投擲は直接的な
武器による攻撃にあたらないという判断である。
『どういう事なんだ』
『魔剣』の疑問も当然だ。当たっているならばまだしも、投げつけただけでは反則にならない。
「言質を取ったのよ」
『そうか』
何かを投げつけても、直接当たらなければ「攻撃ではない」ということなのだと彼女は審判たちに敢えて言わせたのだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「手応え無いわね」
「お疲れ様」
結局、魔力が切れるまで延々と火球を投擲させた後、身体強化で加速し、懐に飛び込んだのち、バックラーの前面に『魔力壁』を展開して殴り倒した。そう、魔力壁の攻撃は反則ではない。直接殴ったわけではないからだ。
「いつもの通りですぅ」
「ですわぁ」
護拳と小楯で殴るのは伯姪のいつもの攻撃パターン。インファイト上等である。
「でも、あのショボい湯気の攻撃ってなんだったのかしらね」
「さあ。威力は増したけれど、銃兵や槍兵の戦列に打ち込むならともかく、魔術師や騎士にはあまり効果なさそうな攻撃だったわね」
騎士も騎乗なら馬がパニックを起こしたかもしれないが、全身を板金鎧で覆った騎士だけならば弾かれて終わる。戦場で魔術師が活躍しない理由は短い時間で集中して発射できないからという理由もある。マスケット銃を数十も並べて射撃する方が、魔術師の火魔術よりも殲滅する効果は遥かに高い。希少な魔力持ちの才能も無駄にせずに済む。
「さあ、小手調べはここまでダァ!!」
「「「「おぅ!!」」」」
何故か意気上がる火派の賢者軍団。
「賢者なのに脳筋かぁ!!」
「ですわぁ!!」
そう、どことなくジジマッチョ軍団の乗りに似ている。勝っても負けても煩い!!
二戦目は灰目藍髪。対戦相手は……
「二戦目、フランマ、イデー!!」
登場したのは、身長こそ高めだが猫背。そして、ニヤニヤしている癖毛揉み上げの男である。
「胸を借りるつもりでかかって来ると良いよ」
「お手柔らかに」
騎士学校で近衛騎士相手に相応の対応をしてきた経験から、上から目線の尊大な態度を受け流す事もすっかり慣れている灰目藍髪。
「揉み上げ、引きちぎるぞぉ!!」
「ですわぁ!!」
相方はあまり慣れていないようである。
何やら最初から取り出しているのは、素焼きの壺。その中に、何か入れているのかは不明だが。
「また生石灰かしら」
「別のものだと面白いのだけれど」
『面白くねぇだろ』
可燃物をぶちまけてから『火』の精霊魔術を用いるのを最初から仕掛けるということなのだろう。
「始め!!」
開始の合図早々、素焼きの容器を高く放り投げるイデー。
BONN!!
二人の中間あたりに落ちた素焼きの容器は音を立てて割れる。一拍置いてボワッッと火が立ち上った。その炎はどんどんと燃え上がる。
「
小火球が火の上を通過する前から、先ほどの倍ほどの大きさの火球が
勢いよく灰目藍髪に向かって飛び込んでいく。
『
短い詠唱で目の前に水煙の壁が現れる。水魔馬と灰目藍髪も少しなれたということか。
DONN!!!
炎が水煙に触れると爆発する。水煙と言っても、そこは水魔馬の魔力の籠った壁である。大きな小火球? を消し飛ばすと同時に水幕は姿を消す。
「ふむ、互角か」
イデーは自分の魔術の効果に納得したのだろうか、再び詠唱を始める。
『
大きな樽ほどの火球。大魔炎に匹敵すると思われる。周囲の騒めき、そしてちらりと彼女は学院長に目を移すと、「不味い」といった表情が表にでている。
「ひやぁ!!」
「大丈夫よ」
叫び声を上げる相棒と、それを窘める彼女。雷球よりは威力が落ちるだろう、問題ない。
「水の精霊にして我に加護を与えしマリーヌよ、我が働きかけに応え、我の欲する『水幕』の壁で我を護り賜え……『
さほど早くない火球がこちらに向かってくるなか、しっかりと詠唱を行った灰目藍髪は、再び水煙の壁でそれを受け止め、激しい爆発とともに火球と相殺することに成功する。
とはいえ、水蒸気の爆発で、周囲の見学者は彼女達を除きえらいことになっている。
彼女達は当然、魔力壁の展開を済ませていたため問題なかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます