第711話-1 彼女は水魔馬の主の戦いを観戦する

 正午からの模擬戦と「決闘」。早めの昼食を終えたリリアル勢は、冒険者の際の装いで『鍛錬場』に向かう事にした。魔装布のフード付きマントに、魔装手袋、頭巾、鎧下に簡素な皮製の胸当を付ける。一見駆け出し冒険者のような装いであるが、その実、板金鎧に匹敵する強度を有する。


 魔導鎧を装備した魔導騎士が、王国の表立った防衛機構であるとするならば、裏のそれがこの装備を駆使したリリアルとなる。魔導鎧に不可欠な整備と補給の専用工房を必要としない分、継戦能力・展開力ともに優れていると言える。


 既に学生は昼食も素早く済ませ、場所取りよろしく鍛錬場に陣取り今か今かと待ち構えている。半数は「王国の魔術師」の腕前を見ようという期待、四分の一は火派に対して強く期待する者、それ以外は火派がけちょんけちょんに叩き潰されてほしいと願う者たちである。


 最後の集団は、ダンの話を聞いて期待している。勿論、『竜討伐』の件でだ。既に、狩猟ギルドを通して『竜』の排除依頼は「討伐済」として報告されており、今日の時点では既に学院の事務局経由でダンとリリアル一行が『竜』討伐に成功したという話が伝わっている。

 

 その噂は午前中に学生たちの間に急速に広まり、この鍛錬場に学生が漏れなく集まる結果となっている。


「ローブでどの精霊魔術なのか解りやすくていいわね」

「敵敵味方そして敵って感じですかぁ」


 そんなに敵ばかりではない。むしろ、それは火派に対してだろう。


「久しぶりね、こうした場所で決闘するのは」

「模擬戦ね。まあ、あなたの場合は決闘でしょうけど」


 ネデル遠征以来、吸血鬼討伐のような事案が続き、少々心労が重なっていたのは確かである。ワスティンの領地運営も考えなければならないことに加え、親善訪問も正直面倒ではある。しかしながら、余計な干渉を予防する為にも、ネデル遠征・親善訪問は必要であると彼女は考えている。


「学生気分を愉しめばいいんじゃないですかぁ」

「最近まで、騎士学校で学生気分は十分堪能していますよね」

「そ、そうだったかなぁ?」


 灰目藍髪と碧目金髪、半年ばかり学生気分で過ごしていたはずなのだが。





 正午の鐘が鳴る。『火』の精霊派の賢者・学生の集団が現れる。皆灰色のローブを身に纏っている。水派は白、風派は黒、土派は褐色のローブなのでわかりやすいと言えばわかりやすい。特に土派は、草木染なので、駈出し冒険者仕様のリリアル冒険者組には馴染みのある配色で会ったりする。


 学院長が最後に現れ、皆に声を掛ける。


「賢者学院の諸君! 今日は王国の魔術師であるリリアル閣下とその旗下の魔術師と、我ら賢者学院・フランマの賢者による模擬仕合を行うことになった。後学のために、よく見ておくように」


 いえ、最初の二戦は親善試合でも模擬仕合でも構わないのだが、最後の一戦は『決闘』です。


 審判は水派・土派・風派から一名ずつ。主審一名、副審二名となる。


「では、最初の試合を始める」


 リリアルは伯姪が出る。そして、火派からは『ドイネアン』と呼ばれる三等賢者が進み出る。


「顔が四角いですね」

「ごつい感じが、修道士って感じしますよぉ」

「ですわぁ」


 ドルイドというよりも拳で語り合う系修道士という雰囲気だ。灰色よりも草木染の褐色ローブの方が似合う。その腕には、二本の枝が絡まったようなゴツイ杖が握られている。


「杖というより、メイスに見えます」

「そうね」


 何故か、気合を入れるような掛け声を唱えながら、一心不乱に杖を振るっている。少々変わった毛色の賢者なのだろう。とはいえ、純粋な魔術師より武器を用いた戦いにもたけているのがドルイドと呼ばれる存在である。


「準備は宜しいか」

「ちょ、ちょっと待てぇ!! それは盾ではないのか!!」


 杖を振り回している人間に言われたくない。杖を振り回すのは良くて、盾を用いるのは不可というのは何故なのか説明してもらいたい。


「魔力を用いるのに使う装具です」

「……杖の代わりか」

「そのようなものです」


 それでは問題ないということになる。杖に魔力を纏わせて殴りかかるのも、盾に魔力を纏わせて殴りかかるのも同じ事だ。いや、殴りかかるのは魔術ではないはず。


 もやッとした空気のまま「始め!!」と号令がかかる。


「それそれぇ!!」


 ぽんぽんと握り拳大の火球がシュルシュルと伯姪に向けて飛んでくる。身体強化は不要、素の力で火球を躱していく伯姪。


「やる気あんのかぁ!!」

「ですわぁ!!」


 ちょっとはしたないですわよ。

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