第二幕 腕試し

第710話-1 彼女は魔術の『種』を考える

 人狼の伝えた「石灰」の情報。確かに、領主館と城塞の間には、炉のような施設があるのが見て取れる。


「あそこにある建物は、石灰を焼いて『生石灰』にする炉だと思うわ」


 『生石灰』というのは、石灰石や貝殻を『石灰窯』の強い火力で燃焼させ、作る物だ。熱を加えて変性させるのだが、空気に触れると元に戻ってしまうので、密封して保存する必要がある。


 これは、リリアルが『人造岩石』を作る過程でも使用されているので、王都城塞を建設する際に彼女もそれなりに携わった物質でもある。


「それで、何がわかるのよ」

「百年戦争の際に、王国海軍を襲撃したこの国の船は攻撃に使用した

こともあるのよ」


 一つは、「眼潰し」として使用されたという。これは一時的ではなく、かなりの期間目を傷めることになったという。結果、船員は戦闘力を失い、一方的に撃沈・拿捕されることになり、連合王国軍による自由な上陸作戦を許す結果となった。騎行の先触れのような戦いである。


「眼潰しにつかうということでしょうか」


 灰目藍髪の言葉に彼女は「いいえ」と答える。


「生石灰は、水を加えると激しく熱を生じます」


 人の肌に触れると、激しい炎症を起こすだけでなく、吸い込めば体の中も痛めつける為、危険な物質でもある。とはいえ、水を掛けて強い熱を生ずるが、それだけで火が付くわけではない。


「恐らく、その熱を用いて僅かな『火』の精霊を活性化させることができるのではないかと思うわ」


 火の精霊を強化する為に最も容易なのは、『火』のある場所に近づくこと。土夫は『火』の精霊の加護持ちが多く、それは鍛冶の技術に生かされる事が少なくない。『土』の精霊の加護を持っているものも多いが、鍛冶を長く行う事で、後天的に『火』の精霊に好かれるためだろう。


 とはいえ、魔力量の少ない者を好む精霊の性質からすれば、土夫の中の『火』の加護持ちは、出来損ないが突然名工となる可能性を示唆するものでもある。老土夫は『火』の精霊魔術を加護無しで使えるようになっているのだが。元から、魔力量に恵まれているものであれば、加護はそれ程必要ではない。

どこかの副伯のようにである。


「でも、危険な物質なんでしょ?」

「アルコールのガラス瓶のような密閉容器に水と生石灰を同封して混ざらないように保持しているのだと思うの」


 叩きつけて割るなどすることで反応させ、精霊を活性化させて魔術の威力の底上げを図るのではないかということだ。


「なら、他にも燃える物質を持ち歩いて、魔術を使う時にはそれを用いると考えられるわけですか」

「放火魔だよぉ」

「火つけは大罪ですわぁ」


 放火は都市においては大火事になる可能性も高いので、重い罪となる。彼女が『火』の魔術を好まない理由は、使い所が難しいからと言うこともある。姉も「一発芸」としての脅し以外に使う事はない。


 なので、『火』の精霊魔術師が肩で風切る雰囲気は、叩き潰しておきたい。公認放火魔が王国にやって来るなど、論外だ。


 


 そして、可燃物を用いて『火』を強化してからの魔術行使が前提であるとしたならば、常のリリアルなら先手を取って接近して叩きのめすという対応をするのだが、今回はそうもいかない。


「発動が完成する前に瞬殺することはできませんから」

「腕前を見せる、あるいは、受けて立つという形の方が力量の差がわかり易いからね」

「後から言い訳されることは避けたいものです」


 灰目藍髪、伯姪、そしてセコンド役の茶目栗毛が懸念を共有する。そう、「不意打ちでなければ」とか、「油断しただけで実力ではない」などと、寝ぼけたことを言い始めかねないのが自信過剰な者の定番だ。王国だとルイなんちゃらという近衛騎士あたりが口にしそうな事でもある。


 そもそも、油断する方が悪いのだし、力発揮させずにこちらが先に仕留めることこそ戦術の妙でもある。雨上がりの湿地に陣を引き、延々と長弓で攻撃して疲れ切った騎士達を皆殺しにした国がどの口で言うのだろうかと思わないでないが。


 自分が行えば「作戦通り」で、相手が行えば「卑怯」とは中々ふざけた紳士の国である。


「面倒くさいから、力を発揮させたのちに叩き潰しましょう」

「先生……」

「言い方!!言い方に気を付けてください!!」

『まあ、でも、おばかちんにはそうしてあげないと、事実を認めないからしかたないのだわぁ』


 金蛙、中々良い事を言う。接戦に見えても駄目。相手の魔術を全て出させた上で、それを上回る必要がある。


「ですが、私の魔術では難しいと思います」


 彼女と伯姪はともかく、灰目藍髪は騎士としての能力はともかく、魔術師としては非常に少ない魔力量しかない。だが、今回は『精霊魔術』を用いた対戦であるから問題ない。


「マリーヌに頑張ってもらいましょう」

「使役する精霊も戦力に入るのだから、当然ね」


 水魔馬は実体化しているとは言うものの、『精霊』であり灰目藍髪が使役できるかなり強力な妖精寄りの精霊である。なにしろ、水草擬きで相手を拘束したり、引き摺り倒したりすることもできる。そして、ここは目の前が海の小島にある学院だ。水の精霊としては、力の行使も問題なく行うことができる。


 とはいえ、大都市は大概、水上交通に便利な川沿いにあるし、水路が

巡らされていることも珍しくない。それは、小さな街や村でも同じだ。人が生活する上で、水が大量に確保できる場所というのは魅力がある。


 つまり、騎士として活動する主な場所において、水の精霊の加護は賜りやすいということでもある。


「俄然有利!!」

「ですわぁ!!」

「……そうでしょうか」

「勿論よ」


 水魔馬の用いる魔術はいまだ不明なものもある。むしろ、精霊の魔術を人間の魔力だけで無理やり再現したものが『魔術』の根幹にあると言えるだろう。彼女は魔力量頼りの『似非精霊魔術』を好まない。それは、精霊に必ず勝てないと考えるからだ。



 魔力を纏い、魔力で体を強化し、魔力で叩き潰す。人間の魔力、人間の魔装、人間の意思こそが優先。精霊に頼るというのは、その好むところではない。精霊の気分で左右されるようなものは許容できないのだ。


 それ故、元人間であろう『魔剣』については許す事ができる。恐らく『猫』も同様。主義主張の聞こえない『雷』ならば、受け入れることができる。距離を置けば、金蛙や草の大精霊も付き合える。その地を守護する大精霊であれば、同じ守護を司る者同士と言うことで協調もできる。


 それを使役するようなことはしたくない。それならば、自らの魔力を魔術を高める方が好ましく思える。


 が、それは彼女が恵まれているからであり、そうでなければ、利用することも必要とあれば依存することも否定はしない。


「もう少し意思の疎通を計れば大丈夫だと思うわ」


 この旅を通じて、『馬』としてはマリーヌを従えることができてきたと思われる。しかしながら、『精霊』の『魔術』に関してはまだまだこれからなのだ。


「時間、無いわよ」

「いいえ。明日の朝から練習すれば間に合うわ」

「嘘ですぅ!!」

「気休めですわぁ!!」


 出来るものは出来るのだ。彼女は「明日の朝、海岸で」といい、その後就寝するのであった。


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