第709話-2 彼女は決闘あるいは模範試合の準備を進める

 先鋒は伯姪、二番手は灰目藍髪、そして、最後に彼女が出る。


「武器は駄目よね」

「魔術を行使する際に杖を使う代わりに、短剣を使う事もあるわ」

「ならば、スティレットを使うのは問題なさそうです」


 茶目栗毛はそう助言する。本人は参加しないのだが、バックアップ要員として参加するのは、リンデの馬上槍試合と同じである。そもそも、装備をいきなり魔法袋から出すのはよろしくない。武器持ちをする人間が必要だ。


「私たちは応援団ですぅ」

「ですわぁ」

「気楽でいいわね」


 伯姪の嫌味も軽やかにかわす碧目金髪と赤毛のルミリ。


『で、でも、大丈夫なのぉ』

「大丈夫だろ? 精霊が付いている奴とか、ここでほとんどみねぇよ、オイラ」


 金蛙は魔術師としての能力を余り信用していないのか、明日に不安があるようだが、山羊頭は少々異なるようだ。


「どういう意味よ」

「ん、そりゃ、単純な事だよぉ。火の精霊ってすっげぇすくねぇんだよぉ。それに、こんな海の真ん中の島じゃ、大して火の精霊の力とか発揮できるわけねぇ」


 山羊頭曰く、火の精霊は山野より街中での方が集まりが良いという。人間が生活する場所には『火』が多くある。灯火に炊事場、鍛冶職人もいないわけではない。火が生活に浸透している。だからだ。


「確かに、夜、市街戦とか有利そう」

「あるいは、大規模な軍の野営地などでは、篝火などで有利かもしれません」


 もしかすると、鍛錬場に出向くと巨大な焚火が為されているかもしれない。それはそれで、実戦向きではないと思うのだが。


 明日の対策を話すのだが、少々グダグダ感は否めない。


「明日の装備、どうしましょう」

「いつもと同じで、剣抜きでいいんじゃない?」


 伯姪の通常装備は、魔銀製片手曲剣に魔銀鍍金の施された『バックラー』である。顔ほどの大きさの小さめの盾。これを前に突き出し、牽制あるいは剣を捌く。勿論、矢玉を弾くことも不可能ではない。


「まあ、盾は問題ないでしょう」

「防具だから問題ないわよね」


 そうかなぁと碧目金髪は言いそうになるが黙っておく。賢者どもは盾を構える伯姪をあざけるだろう。それが、魔力を纏わせる『打撃武器』だと想いもせずに。つまり、そういうことだ。


「接近戦ってどうなのかしらね」

「……賢者は魔術師よりも聖騎士に近い存在だと聞きます」

「へぇ、それは楽しみね」


 茶目栗毛の賢者=聖騎士の情報に伯姪がにんまりと笑う。修道士の中には、異教徒との戦いに参加する者も少なくなかった。修道院は入江の民やサラセン人海賊に襲撃され、防衛のために武装する必要もあった。


 賢者学院にはその辺りの影響もあると考えておかしくはない。


「私は、スティレットで戦います」

「剣で斬りつけるのは駄目だよぉ」

「ですわぁ」


 あくまでも「魔術師」としての対戦である。武器で直接攻撃するのはあまり好ましくない。というより、模範試合では「不可」だろう。見せる試合を展開しなければならない。


「飛燕を使います」

「それなら問題ないかもね」

「ええ。剣技にして魔術ですもの」


 飛燕は魔力纏いをした武器を振るい、魔力の刃を飛ばす攻撃である。スティレットであれば、目や耳などにあたらなければ大怪我まではしないだろう。衣服を切裂き、皮膚に浅い傷を負わせる程度で済むだろう。


「魔力も少なくて済みますし、距離を取っていてもなんとかなると思います」


 飛距離は精々20m程度で、離れれば威力が減退する。拳銃と同程度の槍よりは長い距離でダメージが与えられる術というのが適切だろう。


「身体強化と気配隠蔽で接近するのよね」

「はい。それにマリーヌがいます」


 実体化させた水魔馬に『水』の精霊魔術で支援をして貰うという作戦だ。これなら、魔力量の少ない灰目藍髪でも精霊魔術の対戦を互角にもっていけるだろう。


「ところで、あなたはどうするの。まさかの素手」

「いいえ。魔装で対応するわ。これとこれね」


 叩きつけた魔装手袋、そして……


「女だから、女の武器ね。皮肉が効いているわね」


 彼女の選択した武器は『魔装扇』であった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





「いい台所ね」

「さすが領主館ですぅ」

「ですわぁ」


 賢者学院では落ち着いて寝られない……ということもあり、既に昨日のうちにリリアルの宿舎は領主館へと移動していた。食材こそ提供してもらうものの、魔法袋には三カ月程度の遠征を行えるほどの資材が収容されている。室内に「狼天幕」を展開すれば、暖かく熟睡できる環境は問題なく展開できる。彼女と伯姪以外はここで夕食を作ってみたのだ。


「俺はいつまでいればいい」

「滞在には同行していてもらうわ。折角なのだから、楽しみなさい」


 人狼、道案内ではなく完全な同行者になりつつある。


「狩猟ギルドは女性にも優しいのにね」

「それはそうだ。賢者学院には修道士は残れたが、修道女は皆、ギルドに移っている」

「それはそうね」


 賢者学院に女性の賢者は数えるほどしかいない。主に土派で、水派・火派は皆無。風は指導賢者のセアンヘアだけになる。


「センヘアさんも、元は修道女みたいで、最初から賢者学院にいたわけじゃないみたいですよぉ」

「へぇ」


 修道女という印象を感じないが、賢者学院での指導者として身についたものなのか、あるいは、素なのか。イケオバという印象で、カラッとした性格に思える。言葉は訛っているが。


「大事な報告がある」


 人狼が突然口を開いた。


「なによ」

「先ずは話を聞きましょう」


 人狼は彼女達と別行動で島のあちらこちらを見て回っていた。そして、ディズファイン島で採掘されている「鉱山」を目にした。


「鉱山って、金とか銀とかですかぁ?」


 碧目金髪の言葉に人狼は首を横に振る。


「石灰岩だ」


『火』の精霊魔術師たちの鼻息が荒い理由、その一端を彼女は理解した気がしたのである。


【第一章 了】




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