第709話-1 彼女は決闘あるいは模範試合の準備を進める

 彼女は冷静に学院長の話を聞いていた。


「無礼ですか」

「そう聞いておりますぞ」


 なるほど。所詮駆け出しの賢者が調子に乗って無礼を働いた。代わりに学院長が謝罪するので、納めて欲しいといったところだろうか。


「無礼ではありません」

「では」

「ええ。貴族としての名誉を掛けて、決闘を申し込んだのです。ですので、本人が非を認め、前言を公衆の前で撤回し謝罪。その上で、それに見合う罰を与える……そうですね、右腕の一本でも斬り落としましょうか」


 学院長とその周辺の賢者の顔が硬直する。そして……


「ふっふざけるなぁ!!」


 学長の対面に座る灰色のローブを着た男が激昂する。


「そうね。ふざけた対応ね」


 伯姪が言葉を重ねる。


「首でしょう」

「「「は」」」

「腕ではなく首だと言っているのよ」


 伯姪はさらに大きな話にする。なあなあで終わらせるつもりもない。

何故なら、彼女の知りたい『精霊魔術』の中でも、錬金術を応用した『火』の精霊魔術ならば、何か学べることがあるかもしれないと考えているからだ。精霊魔術は言ってしまえば「生まれ」が全てなのだ。


 その人の先祖が生まれ育った場所にいた「精霊」を信仰の対象として契約を結び、その上で『加護』を受け入れた。あるいは、ご近所さんとしての友好のしるしとして『祝福』を与えた。


 並の精霊ならその本体を連れ歩かねばならない。彼女の『雷』あるいは水魔馬なども同じだ。ところが、大精霊になると、話しが替わる。大精霊の影響を受ける精霊も協力してくれるようになるのだ。


 水魔馬は「乙女好き」という性癖があることに加え、水の大精霊の祝福を受けた魔力量の少ない灰目藍髪に懐いたのは、そういう理由がある。大精霊のお墨付きを持つ人間と仲良くなることで、精霊としての「格」が上がると言うことになるのだろう。


 そもそも精霊自体が自然に存在しにくい『火』の精霊、その力を人間の錬金術で強化するという発想は彼女達には無い。精霊魔術を特に重視していないからということもある。魔力を自身に使う魔術の方が王国では主だからだ。あるいは、精霊との接点を失った魔術師が多いと言うこともあるだろう。


 なので、魔力量に依存する魔術体系に固定化されているのだと思われる。


 兎に角、決闘あるいは模擬戦はやってもらわねば困る。


「私たちは、正式にこの国の国賓一行として訪問した者です」

「そ、それはその通りなのだが……」

「それを、なんて言っていたかしら

『おいダン! そいつらか、王国から来たって奴らは』

『なんだ、女ばかりではないか』

 だったわね。世の中の半分は女性なんだから、女性が訪問して何がおかしいの? そもそも、私たちは国に認められた騎士なのよ」


 その者たちは女王陛下の賓客に対し、出合頭に侮辱し貶めたということになる。


「それがどうした」

「頭が悪いわね。海賊討伐したり、魔物や犯罪者を討ち果たしたり王国の平和に貢献したから騎士として認められたの。その人間を侮辱するということは、王国を侮辱することになると理解できないの?」

「つまり、戦争ということです。その前に、当事者同士で穏便に「決闘」という代理戦争で収めようという平和的な提案です」


 彼女の確固とした物言いに、灰色ローブたちが硬直する。彼女の本気が伝わったようで何よりである。


「そ、それは」

「良い機会です」

「……良い機会とは」

「ええ。相手がどのような力を持つか分からないから、喧嘩を吹っかけて来るのでしょう。ですから、互いが力を見せ合えば、どの程度自身に被害が及ぶのか想像がつくのではありませんか」

「なら、軽率に相手を見下し、自分の力を過信するような『愚者』も淘汰できるでしょ? 賢者学院なんだから、『賢い』人でないなら置いておくのは不味いじゃない!!」


 女だからといった理由で他者を見下すような人間が賢いわけがない。まして、相手は相応の名声と地位を有するリリアル副伯一行なのだ。


「井の中の蛙にならないためにも、教育的指導をしてあげると言っているのよ。黙って受けておきなさい」

「……しょ、承知しました」


 自分の祖父のような年齢の学院長に対し、彼女は命ずる。既に、ノルド公と吸血鬼の起こす内戦に片足を突っ込んでいる関係者もいるのだろう。故に、気分が高まって余計なことをいう。


 実際は、ノルド公は幽閉後処刑。そして、吸血鬼の傭兵団はとっくに討伐されている。とはいえ、十日ほどしか時間が立っておらず、その事実がこの地に知らされるのは相当の時間が掛かる。つまり、「無知は幸福と同じ」ということなのだろう。


「そちらの、なんてお名前かしら」

「あー、たしかペイニアだったわ」

「ペイニア『師』だ」


『師』を強調する。


「つまり、『師』が愚かだから、あの馬鹿どもが調子に乗っていると言うことなのよね」

「なっ!!」


 失礼と言いかけて口をつぐむ。先に無礼を働いたのはペイニアの弟子たちであり、ここで本人が口を挟めば「では決闘で」と言われることが明白だからだ。


「ここは島ですからな。あまり、いきり立つものではない」

「ふふ、ここから立ち去る手段を用意していないとでもお考えでしょうか」


 彼女達がどうやってリンデからここまで来たのか、学院幹部は一応知っていた。巡礼の姿をして、徒歩で歩いてきたと。さらに、潮の引いている時間に徒歩で渡ってきたのだと。


「そう、事を荒立てないでもらいたい」

「ええもちろんです。それで、いつどこで決闘……と模擬戦を行うのでしょう」

「おお、そうですな。模範試合ということで、明日の正午に鍛錬場で行おう

と考えておるのですぞ」


 学院長は、『決闘』でもなく模擬『戦』でもなく、「模範試合」と言い直した。あくまでも、互いの魔術を見せ合う模範の場という体裁にしたいのだ。


「それで構いません」

「お昼は早めに済ませましょう」

「ええ」


 二人は承諾し、その後晩餐会はお開きとなった。


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