第708話-2 彼女は晩餐会に出席する

 例えば、砂漠について。あれは火の精霊の力が強いのではなく、水の精霊、土の精霊の力を行使した結果、精霊の力が枯渇しているのではないかと考えている。元々乏しい場所で、精霊魔術を行使して無理に草原や森を作り、畑を維持しようとした。その結果、ではないかと。


「魔力は消費しないし、その場にあるものをどうこうすることもないな」

「つまり」

「精霊と人間が繋がりを持つために魔力が消費される。でだ、出来ることは元々その場所の精霊が行っている活動の中で、願いをかなえることができるだけなんだよ」

「じゃあ、火の精霊みたいに、そこに元々いないものはどうやるのかしら」

「触媒を使って、火の存在を大きくするって感じだろうな。ここの奴らは、錬金術っぽいものを利用していると思うぞ」


 水や土、あるいは風の精霊魔術であれば、その場所にいる精霊の活動から『願い』を魔力を通じて伝えられ、その願いをかなえる事で術が発生するという仕組みになる。


「では、砂漠は何なの」

「……さあな。大精霊の上の影響かもしれねぇが、オイラ下っ端だからよくわからねぇんだよ」

「下っ端の癖にずうずうすぅぃぃですぅ」

「ばっ、愛する気持ちに身分は関係ねぇよ、スウィーティー」

「身分はともかく、分別は必要なんじゃない?」


 伯姪曰く、身の程を弁えるべきということだろう。


 とはいえ、『火』の精霊魔術については種の必要があるということが知れただけでも意味がある。彼女は、小火球と油や硫黄を組み合わせて激しく燃やす工夫をしたが、賢者学院の場合、何らかの触媒を用いて『火』を強化することで精霊魔術の効果を高める研究をしているのだと理解できる。


『油もいろいろな種類があるからな。それに、燃える金属だって存在する』


『魔剣』の助言に彼女も理解を示す。例えば、酒の成分であるアルコールは常温でもかなり早く蒸発する。火の精霊の助力として使用するならば、延焼の範囲を拡大するために使用できるだろう。精々人の頭ほどの火球を馬車ほど、あるいは一つの広間程度の範囲を燃やす事ができるかもしれない。


 とは言え、屋外だと拡散する速度も速く、延焼する時間も短い。その辺り、粘着力の高い油脂と混ぜて触媒として用いるなど、錬金術的な処理を行うのだろう。『亡国の炎』という火炎魔術が存在したとされるが、その辺りに起因する魔術であると思われる。


 彼女の趣味ではないが、東方の大帝国の軍船を焼き払ったとされる魔術である。海の上で船を燃やし尽くす程の火の精霊魔術というのはとても興味深い。船というのは、特に潮風にさらされた者の場合、湿気を伴い燃えにくいものなのだ。陸の上ほど簡単には燃えてくれない。


「私たちには直接関係ないでしょうけれど、対策は必要よね」

「教えてはくれないでしょうから。決闘、その辺りに自信があるのでしょうか」


 伯姪も灰目藍髪も精霊魔術に今さら彼女が興味を持つ理由を理解している。


「今晩、それとなく探ってみましょう」

「そうね。調子に乗ってペラペラ話してくれるといいんだけどね」


 この後、夜には歓迎の晩餐会が開かれる。当然、決闘沙汰に対しても学院長を始め止めようとする者、煽る者、静観する者と別れるだろう。風派がどの程度根回ししてくれているかはわからないのだが、火派に対する敵愾心を上手く利用して、味方を増やしてくれることを願うのみである。

 

 なお、学院長が止め立てするのは、好意ではなく責任回避のためでしかないのだが。


「行く先々で喧嘩を売るのは止めた方がいいですよぉ」


 帝国遠征にずっと同行した碧目金髪からすれば、その通りなのだろう。


「いいえ。売られたものを適正価格で購入しているだけよ。売る者がいなければ買い手にはなれないもの」


 彼女からすれば、売られたものを買っているだけなのだが、名前と実績が諸国でまだまだ不足していると言ったところなのだろう。つまり、賢者学院においても、それが不足している故に起こった事なのだと。


「親善といっても、親しくも善くもない関係ですもの。知らしめ、畏怖せしめることがこの『親善』の目的なのだから」

「……そんな親善……いやですぅ」

「ですわぁ」


 晩餐会でも一層そうした空気を高めようと彼女は思うのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 賢者学院での晩餐。これは、王国では今や当然となりつつある脱大皿料理ではなく、沢山の種類の料理を大皿にのせ、テーブルの上に所狭しと並べる方法であった。


 とは言え、海鮮に事欠かない学院であるがゆえに、また、料理も医療の一部という考え方もあり、リンデで食べた料理のように高い香辛料をふんだんに使ったというわけではない優しい自然の調味料を用いた様々な料理が提供されている。悪くない。


 学院長が杯を傾け、乾杯と共に食事が始まる。燭台は豪華ではないものの歴史を感じさせるものであり、やはり先住民の文化を感じさせる木々をモチーフにした装飾が施されている。リンデの「なんでも法国風」という似非金持を感じさせる調度とはやはり一線を画している。


 おそらく、リンデから距離を取る北部・西部の貴族も同じような価値観を有しているのだろう。


「お味は如何かな」

「大変おいしく思います」

「お口に合ったようで何よりですな」


 ほっほっほと学院長は彼女に笑いかける。が、その目は何かを話し始めるタイミングを計っているようにも思える。


 ここには、彼女と伯姪が学院長の左右に座り、その横には風派土派の領袖が座っている。その横に、それぞれの幹部、学院長と対峙する位置に、火派と水派の領袖と幹部が座る。円卓である。故に、一応「上下はない席」ということになっている。


 学院長も一賢者であり、賢者の間に身分の差はない……という建前になっている。この場には彼女と伯姪以外のリリアル生はいない。揉めた場合に、彼女と伯姪ほど後ろ盾となるものがないからだ。リリアル学院の院長と副院長で、それぞれが貴族の娘であるという前提は残っている。他の者たちは

王国内であれば兎も角、「孤児」出身であることは抗えない。


 今日のメインはタラ料理のハーブソース和えなのだが、冬の時期には干しタラを作り保存食とする事も少なくないという。乾燥し低温の時期に干物を天日干しでつくるのだという。


 魚は動物の肉よりも劣り、白身の魚は赤身の魚よりも劣った存在であるとされるが、そのような価値観も目の前の海で捕れた魚であれば味は格別となる。また、修道院の中には薬草園があったのだが、学院となってからもその存在は残されており、食事の調味料となるハーブも元は薬草。食事と医療は同一視される習慣は変わっていない。


 要は、伝統的な修道院の食事は質素でありながらおいしいと言うことだ。賢者学院はロマンデ公の征服戦争よりも前から存在する歴史ある学院である。彼女の家の歴史とほぼ同じ長さがある。


 とはいえ、本来のドルイドが持つ精霊魔術だけではなく、錬金術や大陸の魔術を応用した新興の精霊魔術が存在する。前者が『土』『水』であり、後者が『火』、『風』はその中間といったものになる。


「アリー殿。どうやら、学院の者が無礼を働いたと聞いております。本人に代わり、私が謝罪をいたしますぞ」


 食事が一区切りついたのち、学院長が穏やかな口調のまま彼女に謝罪したのである。


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