第707話-2 彼女は火派に売られた喧嘩を買う

 昼食は、教授館の大食堂で学院生たちと一緒に食べることにする。ここは朝食・夕食は教授館に居住する指導賢者たちに提供する為に開かれているが、昼食は学生寮・研究棟に居住する学生・研究者も利用することができる。食堂とはいえ、食事以外では集会・パーティー会場などとしても利用される。


「全体の歓迎会も……ここで行われる予定やか」

「歓迎されていないのではないかしら」


 既に、『決闘』の話は学生の間に広まっているようであり、値踏みするような視線が半分、好奇の視線がその半分、残りは無関心と攻撃的な視線が半々といったところか。


「外部の人間が訪問する事自体が珍しいからろう」


 視線を無視して、ダンは黙々と軽い昼食を掻き込む。パンとスープ、サラダと水で薄めたワインといったメニューだ。質素である。


 スープは……魚の肉団子の具がなかなか美味しい。塩漬けでないからだろうか。海の幸には恵まれていると言えるだろう。


「あっ、小骨がのどに刺さったぁ!!」

「き、危険ですわぁ」

「そのうち取れるわよ。パンでもスープに浸して丸飲みしなさい」


 小骨を叩いて砕く手間が疎かだったのかもしれない。イワシやニシンは小骨が多いので要注意なのである。


「ダン、なかなか話題になっとるようだな」


 現れたのは、年齢的には二十代後半に見える碧目赤髪の女性。背はすらりと高く、男性顔負けである。肌はやや日に焼けており、賢者学院の中では少々異色かもしれない。


「お師匠、ご無沙汰しちゅうが」

「む、それよりウチを紹介するのが先じゃろう」


 どうやら、ダンの師にあたるようである。オリヴィ同様、見た目通りの年齢ではないのかもしれない。ダンは彼女たち一人一人を紹介した。


「ウチの名前はセアンヘアちう。よろしゅうたのむ」


 二かッと爽やかに笑う。ダンの胡散臭い爽やかさより余程男前である。


「それで、何かようなが」

「オモロイ話を聞いたけんな。ちーと噛みたいと思ってな」


 かかっと笑う。彼女は『風派』指導役の二等賢者が噛むのであれば、そのまま流れに任せようと考えていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 図書館では『水』の精霊魔術の中で、「魔力壁」に似た防御用の魔術を探す事にした。リリアルの場合、「魔力壁」でなんでも弾くのが定番なのだが、魔力量の少ない灰目藍髪からすれば、「精霊の加護」を利用できる『水』の精霊の力で発動するものの方が効率が良い。


「身体強化と魔力纏いだけであれば、随分と戦う時間が伸びます」

「そうね。『火』の精霊魔術に関しても確認しておきましょう」

「こんなことなら、オリヴィたちによく聞いておくんだったわ」

「ふおんですぅ」

「ですわぁ」


 縁起でもない。『火』の精霊魔術に出会う機会などそうそうないのだから。


「火薬か油を用いればいいだけの、時代遅れの魔術よね」

「副院長言い方!! 言い方に気を付けてくださいぃ!!」

「その通りよね」

「だれか、お二人を止めてくださいぃ!!」

「「「「……」」」」


 だってその通りなんだもん。仕方がない。


 リリアル初期のころ、ゴブリンの巣の掃討などでは、油や硫黄などを積極的に用いて焼き殺すこともなくはなかった。とはいえ、流動的な戦場で火を有効に用いることは難しいという結論に彼女の中では達していた。


 野営地の天幕や、城館などを強襲する際には『小火球』などを火種として用いるのだが、そもそも見える火球なら回避も打ち落とす事も難しくない。


『飛燕』なり『魔力壁』あるいは、魔刃剣などで斬り落とし霧散させることもできる。実際に燃えているのとは少々原理が異なるのが『火』の魔術であり、精霊の魔力を霧散させれば消す事も難しくない。


 水や土のように実体が残るわけではないのだから当然である。


「なんか、子供が火遊びして喜んでいるみたいで滑稽ね」

「言わないであげてちょうだい」


 伯姪も相当辛口だが、木製の馬車程度なら『大魔炎』級の精霊魔術であれば燃やせるだろうが、人間を一瞬で消し炭に出来る程ではない。火山から流れ出る溶岩のような鉱物が溶けるほどの高温を並の精霊が生み出せることはない。


 水を操るよりも、相当高度な魔術であるのは、自然界に「水」「土」「風」は普遍的に存在するのに対して、「火」はほぼ存在しないからである。故に、姉の得意な馬鹿魔力で生み出す「大魔炎」は精霊の存在に依拠しないにも拘らず効果がある。


 これだけ膨大な魔力を持つ魔術師が目の前にいるという示威行為である。


「あの馬鹿どもは、そのあたりわかっとらんのじゃわ」

「しょうまっこと腹立たしい」

「「「……」」」


 風派の二人も、火派の賢者とその見習共に思うところがあるのだろう。

とはいえだ。


「あの、お二人ともすっごく訛ってますよねぇ」

「あしは訛っちゃーせんから」

「ウチも訛っとらんのじゃ」

「「「「……」」」」

「ですわぁ」

『どう考えても訛ってるのだわぁ』


 訛っている本人は一番それをわかっていないことは良くある話である。





 その夜、『風』派の面々と夕食を共にした。場所は迎賓館だが、主催は風派の幹部メンバーである。『火』の精霊魔術師は最近特に意気軒昂で、何かしら名を上げる機会を得られると考えている節があるという。


「何かしらね」

「ええ、不思議な事ね」


 既にノルド公の北部遠征は頓挫している。それに乗じて、戦場で名をあげようとでも考えていたのだろう。火砲が普及していない北王国との国境紛争において、「火」の精霊魔術が使えることは相応に利があったのだと思われる。


「精霊魔術も使い所ですね」

「然様。例えば、無風の状態で風を吹かせて船を動かす、あるいは、暴風雨の中で風を弱め、帆柱を護ることもできますからな。嵐を鎮めることはできずとも、やり過ごす事ならできうる」


『風』派の領袖であるトメントゥサ師は、そんな言葉で彼女に答える。風見鶏と揶揄されるかもしれないが、風向きに敏感と言うことは悪い事ではない。


 女王陛下が十年国を保ち、徐々に影響力を高めているのも、旗幟を敢えて鮮明にせず、優柔不断と侮られようとも時間を稼ぎ自らの求心力を高めようという姿勢にある。『風』派もそれを理解しており、足並みをそろえている。


 であれば、内政を充実させ国内の経済を整えている王国とある程度相互理解を深めることができる。戦争や内乱を押さえ、国力を高める。それは、単純な経済力ではなく、その背後にある政治力・外交力といった要素が不可欠なのだ。


 **の刃物ではないが、魔術や魔力も同じことである。賢者学院にいる自らの力に驕る者を叩き伏せておくことは、王国に対する安全保障の観点から不可欠であると彼女は考えていた。




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