第707話-1 彼女は火派に売られた喧嘩を買う

 初対面で散々罵倒してきた相手に、少々反論したところ、見たこともないほど激昂する灰色のローブの集団。『火派』の三等賢者とその見習たちらしい。所謂駈出しと学生である。


「なんだと、無礼な!!」

「焼殺すぞ女ぁ!!!」


 などと、正式な国賓として招かれている親善副大使にして王国副元帥リリアル副伯に罵詈雑言を叩きつけるガキンチョども。二十代半ばほどの者が一団の長らしいが、それでもダンと大して年齢は変わらないように見える。


 ダンに呼びかけたのはその横の、アンシンメトリーの前髪を持つ、顔の細長い歪な顎の男である。


「失礼なことを言うなよお前ら。戦争したいのか」

「おお、我等の火の精霊魔術で焼滅ぼしてくれるわぁ!!」

「「「「おおぅ!!」」」」


 彼女の姉も大概『大魔炎』好きで、年々威力を高めているのだが、焼滅ぼすには程遠い。そもそも、火の精霊自体が少ないので、余程の大精霊を従えていなければ、一瞬で焼滅ぼす事などできるものではない。


 少なくとも、イフリートを従える必要がある。できれば、数千年の時を経た大精霊級である。どこぞの灰色乙女の相棒のように。


「ふふ、愚か者もここに極まれりね」

「男なら一度口にしたことは、取り返しがつかないことぐらい理解しているんでしょうね」

「しょうねぇ」

「ですわぁ」

「「「「……」」」」


 最初の威勢もどこへやら。全く動じない彼女達に、火派の跳ねっかえりどもは少々驚いている。そう、口にしたことは取り返しがつかない。まして、彼女は貴族である。


「ねえ、ダン。賢者は決闘するのは問題ないのかしら」

「あ。ち、ちくっと……」


 ふんぞり返って我関せずとこちらを眺めている後ろの男に向かい、彼女は魔装の手袋を外すと身体強化と魔力纏いを掛けて思い切り叩きつけた。


 手袋を叩きつけ、拾わせたなら決闘成立という流れもあるが、今回は後ろでこそこそ小僧どもを嗾けているだろう男に直接叩きつけることにした。


 BAANNN!!!


 手袋が叩きつけられたようには思えない、鉄板に何か硬いものをぶつけたような衝撃音が鳴り響く。見ると、スカした優男が顎をカチ上げられ、後頭部から地面へと叩きつけられるところであった。


『あー やっちまったな』


『魔剣』の呟きに彼女は内心煩いと思いつつ、いつもの展開だと理解する。


 彼女はルイダンやオラン公の騎士団、マインツの冒険者ギルドなどで決闘騒ぎを起こすのは通常進行だと思いこなしてきた。ここでも軽い自己紹介のようなものである。


「賢者が口げんかで白黒つけるのかしらね」

「口げんかの賢者とかちょウケるんですけどぉ」

「ですわぁ(笑)」


 倒れたボスの周りを取り囲み、あたふたする火派の賢者ども。


「ダン、そこの倒れている男と、そこの変な前髪の男、あとは……希望者全員と決闘することにするわ」

「ちょ、私も混ぜてよね」

「勿論私もです。王国の騎士を女性だからと言って侮辱することを許すつもりは毛頭ありません」


 茶目栗毛は首を横に振り、碧目金髪は「がんばれぇ!」と声援を送り

我関せずである。


「ああ、分かった。おまんたちを紹介するがやきぼっちりいい」


 ダンは、学院長の許可を得て必ずこの「模擬戦」を成立させると請け負った。竜殺しに喧嘩を売るとは、いい度胸だというところだろう。最近増長激しい火派の下っ端を黙らせたいという気持ちが隠せていない。隠す気もないのだろうが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 決闘沙汰はさほどないが、模擬戦・腕試しは彼女にとっては良くある話である。ニースではジジマッチョと手合わせし、騎士団・近衛騎士団とも手合わせしている。サボア公爵邸でも腕前は披露した。冒険者としても、騎士・貴族としてもそれは問題ではない。


 加えて、王国の副伯と知り尚且つ親善訪問であることを踏まえた上で

侮る態度を見せたのだ。見過ごしては、王国の面子に関わる。


 まして、木っ端賢者が死んだとしても「不敬」で「正式な決闘」なので全く問題にならない……はず。そもそも、女王陛下に敵対する東部貴族の紐付き賢者である。むしろ、感謝されるかもしれない。


「なんて考えているのではありませんか先生」

「……ええ。勿論よ」


 今回は茶目栗毛が窘める役割を果たしている。彼女は勿論のこと、伯姪も灰目藍髪も面には出さないものの、『激昂』と言って良いレベルだ。加えて、メインツでの決闘沙汰を聞き、伯姪は「今回は参戦するわ!!」と最も前のめりである。


「あの態度はありえないろうが、決闘は不味からいかん」


 一見柔和? な彼女が突如決闘と言い出したのでダンも戸惑っている。


「案内役の不手際としても良いのよダン」

「ほりゃあほき、おらがめぇる」


 一人称が『おら』になっているのは本気で焦っている証拠だろう。


「ほら、交流の為の模擬戦を最後に『決闘』に持ち込めばいいんじゃない?」


 いいこと考えた!!とばかりに、溌溂と答える伯姪。何が言いたいのだとばかりにダンが胡乱げな視線を送る。


「こちらがどの程度の腕前か解れば、決闘を逃げるなり、代理人を立てるなりできるでしょう? 私が先鋒で出るわ」

「では、次は……『オイラ手を貸すぜ!! マイ・スウィーティー!!』」

「全力でお断りぃ!!」

「ですわぁ!!」


 精霊の加護持ちは、彼女と灰目藍髪、赤毛のルミリ、そして……碧目金髪(暫定)である。


「なら、私が二番手を承りましょう」

「そうね。あなたは騎士なのだから、問題ないでしょう。『水』の精霊魔術に関しては手探りながら水魔馬と検討してちょうだい」

「文献でよけりゃ、図書館にあるがでよ」

「それは助かります」


 研究棟と学院教授館(本館)の間に図書館棟は存在する。一行は回れ右をすると、図書館棟へと向かうのであった。



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