第703話-2 彼女は三等賢者と知り合う
主不在の中とはいえ、晩餐は貴族の館の来客に相応しいものが提供され、彼女達は少々恐縮する中、まるでわが家のようにふるまうダンの存在に驚かされる。
「ダンはいつもこんな感じなの?」
「そうだな、遠慮するがは失礼やきな」
考え方は人それぞれである。どうやら、依頼を受けて「賢者」として様々な街や村で賓客として手厚くもてなされるのが常態であるから、相応しく振舞うのが当たり前のようになっているらしい。
「ずうずうすぃい?」
「ですわぁ」
「遠慮する方が悪りぃき」
ということらしい。最初、賢者の師匠・先輩の手伝いとして各地を訪問した時には、思わぬ手厚い歓待を受け心苦しく思う事もあったと言うが、王や貴族が解決できない問題を代わって解決するのだから、その喜びを分かち合うことも依頼のうちだと考えるようになったのだという。
「それはそうかもね」
「そうろう」
晩餐を共にしつつ、ダンがこれまでどんな活動をしてきたのかを皆で聞くことにする。それは、「賢者」というよりも「冒険者」という方が合うのではと皆が思う。魔物を討伐し、あるいは、悪辣な野盗や盗賊団を打ち払い。
病を治し、怪我人を治療して回ることもある。
それは、御神子教の司祭や教会の中に溶け込んでみせていた、古い時代の精霊魔術師の役割りでもあったと考えられる。王や貴族が至らぬところを、陰乍ら補ってきたという積み重ねの歴史でもある。
「修道院が解散させられたのは」
「こじゃんと大へごな事ち」
各地の修道院の修道士たちが担っていた仕事は、誰かが肩代わりしなければならなかったのだが、国王や貴族がそれを為しているわけではない。結果、『賢者』への依頼は激増し今日に至っている。
「しょうまっこと儲ばかり熱心で、しょうまっことめぇる」
話していて、本当にこまったと頭を抱えるようにするダン。どうやら、思い出したくない課題を思い出してしまったようである。
その一つが、ワーム騒動と魔兎の激増であったとのこと。ダンとしては魔兎の駆除とワームの放逐を一度に棲ませることができる妙案であったのだろうが、野営地にいたリリアルとしてはトンデモ迷惑であった。
「知らん事とはいえ、まっこと申し訳なかった」
ワームを誘導した先に、魔兎が旅人を襲っている現場にぶち当たってダンは相当に焦っていたらしい。複数で行動するリリアルなら、周辺の状況確認も手分けして行えるのだが、賢者は単独か精々ペアでの活動が主だという。そういう意味では、リリアルよりずっと厳しい状況で責務を果たしていると言えるだろう。
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聞くところによると、ダンは『三等賢者』であるという。
「どういう意味なのかしら」
彼女の問いに、簡単に言えば賢者学院で一通りの学びを終えて一人前と見做されたものは『三等』と見做され、一人で巡回の旅に出ることになるのだという。
やがて、依頼を幾つも重ね経験を積んだのち、見習を委ねられるようになると『二等』となり、修道院で言うところの「修道司祭」に相当する指導的立場になるという。そうすると、弟子にあたる者が一二年ごとに付けられ、やがて一人前と見做されると、新たな見習をつけられるようになるという。
「要は徒弟やき」
「なるほど」
二等があるということは『一等』も存在するわけで。これは賢者学院の指導層・理事に相当する者である。一等賢者は、先達の指名により基本的には成立する。自分の弟子である二等賢者の中から選ばれることが殆どで、指名をすることなく急死し遺言などで指名が無い場合は、弟子の中から理事会内の選挙で後継が指名されることになる。
また、理事会において一等賢者の中から『院長』は選挙で選ばれる。
「賢者学院は、まあほれ、いろいろあるちや」
ダンは賢者学院に四つの派閥があるという。
賢者学院は大まかに精霊により四つの会派に別れている。それぞれに支持する勢力が存在し、その勢力のために活動していると考えられる。
最大派閥であり、最も伝統的で巡回賢者としてあるいは賢者学院の運営に保守的な者が『土の精霊派・
とはいうものの、その地域でも羊毛の輸出・加工産業が交流しつつあり、勢力は右肩下がりであるとされる。寄付や依頼達成による報酬も少ない。
「ダンは最大派閥ぅ?」
「いんや、あしは別やか」
ダンが所属するのは『風の精霊派・
「なら、偶然を装って待ち伏せしていたのかしら」
「いやいや、こりゃあーしょうまっこと偶然やか」
王宮に対して恭順的な発想をしている勢力。聖王会との交流も少なくなく、適切な距離を取りながらも賢者学院と王宮の関係を安定させようと協調することを念頭に置いている。フランマ・イシュカとは協調しつつも偏らないようにバランスを取っている。
その中でも分派が存在し、これは『空気・
この二派は中道の右と左であり、その他に厳信徒に与する東部を活動範囲とする『火の精霊派・
少数派閥であるという。
「過激派ですの?」
「いんにゃ、ちくっと腹が太いやか、気分が大きくなっちゅうばあちや」
どうやら、スポンサーの支払いが良いのか資金繰りが豊かであるらしい。賢者学院でも研究費や育成費は幾らあっても余るという事はない。ある意味、『賢者』などと称していたとしても、冒険者・傭兵のような思考になりかねないのは、依頼の報酬が活動資金となっている面からも致し方ないのだろう。
目端の利く、あるいは上昇志向の強い賢者・賢者見習は左右の派閥に属しやすく、少数とはいえ声も大きくなりがちなのだとか。その辺り、風派が先導し最大多数の中道右派とでもいうべき土派と並んで手綱を握らないといけないようだ。
「それで、リリアルを受け入れることにしたのね」
「火を持って火を制する……ですか」
あるいは、毒を以て毒を制する。
彼女達も親善副大使の役職を利用し、連合王国の女王陛下の宮廷や賢者学院を値踏みしようとしていた事と同じく、リンデ・王宮に近い派閥である風派は王国の武闘派魔術師集団として著名である「リリアル学院」の魔術師の訪問を受け入れることで、神国・北王国と厳信徒・ネデルの争いに王国が介入することで、王国に「ただ飯」を喰わせることになりかねないと知らしめ、争いを鎮静化させようと考えたらしい。
「武闘派ぁ……」
「ですわぁ……」
「心外ね。まあ、年がら年中、遠征しているけど」
「……武闘派か……納得だ」
人狼が、深く頷いている。誤解も甚だしい!! 超武闘派だ!!!
「蛮族からはそう見えると言うことよ。国が海賊を推奨している国は、ものの見方が個性的なのね」
「こりゃあー、一本取られたがかぇ」
自分の頭の後ろをぺちぺちと叩きながら、人好きのする笑顔を振りまくダン。彼女は、このあたり、笑顔の中に刃物を隠す輩のような気がする。彼女の姉の笑顔とよく似ていると感ずるのだ。
『まあ、伊達に「賢者」名乗ってねぇってことだろ』
『魔剣』に言われる迄もない。賢者学院の中では少数派。しかしながら、中立中庸を標榜しつつ女王陛下とその側近たちの中に入り込み、外部の勢力を利用し自国の中の均衡を保とうとする。
外部勢力の尖兵となり、自らの国の中に騒乱を招こうとする『火派』『水派』や、賢者の殻に閉じこもり時代の変化から目を背ける『土派』とは一線を画しているのだろうか。
彼女自身、利用されながらもこの出会いを自ら利用できないかと考える事にしたのである。
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