第694話-1 彼女は謎の本を手にする

 王室の直轄地であった『カタラックCatarac』は城塞に兵を配置する要地であったが、内戦も終わり北王国の脅威が一段落した時点で、より重要な都市・城塞へと戦力が集約された結果、城塞は放棄された。にもかかわらず、新たに男爵領としこの地に城館を構えさせたのには相応の訳があると思われる。


「それが、あの廃城塞の場所にある『扉』ということね」


 ロマンデ公が征服から支配を開始した時代、先住民の王国の各地にモット&ベイリー式と呼ばれる城塞が作られた。丘とその麓の部分を利用し、丘に城砦、麓に兵士が居住する宿舎や使用人の住居・鍛冶などの職人の工房を備えた初期の城塞都市を各地に設置し、統治をすすめたのである。


 ノルヴィクの城塞も原型はそれであり、麓の街が巨大化したのがノルヴィクの市街と言うことになる。そして、ノルヴィクの城塞となった丘は先住民の時代における墳墓の地であったことは各地の城塞でも共通することになる。


 叛乱を起こす先住民の民衆に対し、先祖の墳墓の地を攻撃するという行動から心理的な忌避感を持たせようとしたのかもしれない。彼女自身は逆効果ではないかと思うのだが。入江の民の発想は良くわからない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 外れた石板の床をそろそろと外していく。中には長い年月を経て風化した貫頭衣のような衣装に包まれた遺骸が安置されていた。


「さて、何があるか」


 人狼がその中を覗き込んでいる。とはいえ、この場所が先住民を追い出した入江の民の英雄ないし王の墳墓であるとするならば、先住民の精霊神官崩れの末裔である人狼に、中の宝を手にする権利はない。


「まあ、三分の二はこちらに権利があるのだし、先ずは中を改めてから考えましょうか」

「そうね。さすがに空気が悪いもの」


 地下深い場所であり、通気も不十分であるため黴臭くもある。鼻の奥が少々痛くなってきた気もする。口元を魔装布で覆うと、幾分か呼吸が楽になる。顔を隠すようにするので、見た目確実に強盗の類である。


 遺骸の側に剣の類は無く、宝飾品もあるにはあるが貴石であって宝石の類ではない。先住民は金細工を好み、その精緻な彫刻を施した指輪や腕輪あるいは髪飾りなどを作ったが、入江の民の場合、それを奪う事はあっても自ら作ったという話はあまり聞かない。


「これ、聖典かしら」


 大きく厚手の革に閉鎖具をつけた大きめの鞄ほどもある四角い物体。恐らくは『聖典』の類だろう。とはいえ、墳墓に隠されるような聖典とは何かと彼女は怪訝に思う。


 一先ず魔法袋へ収納し、隠された床下に何かないかと一通り見るが、他にめぼしい物は何もないと判断する。


「骨折り損のくたびれ儲けか」

「さあ。まだわからないわよ」


 人狼ががっかりした様子を隠さないものの、彼女はさっさとこの地下墳墓を後にしようと考えていた。





 地上へと帰還すると、教会へと急ぎ戻る。ほこりを払い水で体を清める。夜遅くで申し訳ないが、少々賑やかにしてしまう。


「お疲れ様でした」

「御茶の用意をしますわぁ」


 留守番役二人もホッとした様子で、探索の結果を知ろうとソワソワしている。


 お茶を飲み、一息ついたのち、彼女は探索結果について簡潔に述べた。


「獲哢と三頭の獲哢を討伐したわ」

「はい」

「そして、隠扉ならぬ隠床を見つけて解錠したわ」

「はい!!」

「お宝ザクザクですのぉ!!」


 一呼吸おいて、彼女は告げる。


「かなり損壊の進んだ貫頭衣を身に着けた遺骸と、この大きな本が見つかったわ。成果はそれだけ」

「「え」」

「宝剣も宝箱も、宝飾品の類もなかったわ」

「「ええぇぇぇ……」」


 がっかりする二人の横で、人狼もがっかりしている。そもそも、お前と入江の民は何の関係もないだろうが!!


『あ、でも、わるくないわさぁ』


 赤毛のルミリに寄生……寄食……憑いている『金蛙』が彼女に向かって話しかける。


『院長先生は英雄から「大英雄」になったし、そのケル子の主人は今まで何もなかったけど「英雄」の称号が付いているわ』


 どうやら『亜神』を討伐した結果、『英雄』の称号? が生えたらしい。彼女の場合、竜=亜神二体に、『巨人殺し』が加わり「大英雄」となったようである。伯姪と茶目栗毛も、後一度、巨大な存在を倒せば「大英雄」の称号を得られるかもしれないとのことである。ケル子……


「何の意味があるのでしょうか?」

『意味? あるわよ。精霊に好かれ、悪霊や魔物に対して畏怖させる効果があるのよ。敵対する人間に恐怖を無意識に感じさせるとかよ……確か』


 その昔、神話の時代の英雄には、神に与えられた試練を乗り越えるという通過儀礼的何かが存在する。同じ行動をとると、同じ結果が生まれる。彼女達が討伐した三頭六腕の獲哢が、その『試練』に相当する『亜神』であったと神が判断したのだろう。


「効果はともかく、それがお宝と言うことね」

「大切なものを盗んでいきました、あなたの心です的な?」

「まあ、やったことは墓泥棒ですから、おなじようなものですよぉ」


 確かに。いや、違う。ロマンデ公の征服以前から残されていた不死身の獲哢を討伐したのだから、それなりに誇ってよいだろう。男爵領にしてそこはかとなく監視していたのだから、討伐して感謝されこそすれ墓泥棒呼ばわりされる事は……多分ない。無いと良いな。



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