第693話-2 彼女は三頭獲哢を倒す

 三つの頭を回収し、胴体も回収する。この手の魔物には魔石あるいは魔水晶が残されていることが多い。その昔は、獲哢の皮を用いて自己再生能力を有する革鎧を作ることもあったようだが、リリアルはそもそも鎧を大して重要視していない。魔装の上に形の上で纏うだけなのだ。斬り飛ばした腕などに大した価値はないので放置する。


 変化を解いた人狼が疲れ切った顔でしゃがみ込んでいる。


「囮役お疲れ様だったわね」

「……まったくだ……」


 伯姪に散々煩いと言われ、ちょっと臍を曲げている人狼ルシウスであるが、祭壇の間の探索を邪魔する者がいなくなったことには違いない。休息すると機嫌はすっかり治ったのか、いそいそと祭壇の周辺を見て回っている。


 茶目栗毛は祭壇の床をダガーの柄でコツコツと叩きながら、何か床に隠されていないかを確認している。少なくとも祭壇の上には何もなく、隠されているとするなら床、あるいは壁のどこかであろうと見ているのだ。


 伯姪と灰目藍髪も壁のどこかに隠し収納あるいは部屋がないかと考え、薄暗い中を手探りで何かないかと確認している。そして『猫』も。





 茶目栗毛が床の空洞を発見した。そこに何かしらが収まっているようだが、床の石板を外して開けることは出来そうにもない。


「どうする?」

「さて、どうしましょうか」


 宝剣と英雄の遺骸でも収まっているのか。あるいは、罠か。


『悪い気配はしねぇな』


 水魔馬も『猫』も至って反応はしていない。死霊あるいは悪い精霊の類ではないのだろう。


「仕掛けがあるように思われます」

「それな。この壁にくぼみがある。これに何か差し込んでみるか」


 隠扉などの場合、その近くの壁にある窪みに仕掛けがあり、棒で押し込むとロックが外れ扉が開くことが有る。確かに人狼の見つけた場所には、そのような窪みがあるのだが、斧の柄ほどの棒を差し込んだものの、カチッと何か押し込む事ができるのだが、反応は特にない。


「関係ないんじゃない?」

「他にも仕掛けがあるかも知れません」


 壁や床、あるいは天井に仕掛けがないかどうかを確認する。そして、似た仕掛けをまた見つける。


「これも同じ仕掛けでしょうか」


 茶目栗毛が見つけた仕掛けは同じ窪みにあるもの。棒を押し込むとカチリと音がする。しかし、何も起こることはない。


『諦めるか』

「まさか」


『魔剣』に挑発されたと感じた彼女は、床の空洞の中を改めるまでこの場を離れる気が毛頭なくなる。必ず開けることに誓い直す。


 彼女は考えた。三頭六腕の異形の獲哢。それが、守護者として機能する理由や意味があったのではないかと。


「あと、四箇所仕掛けがあるのではないかしら。もしくは一箇所」


 六本の腕で同時に解錠の仕掛けを押さえなければ、仕掛けが動かないのではないだろうかという疑問。しかしながら、この場にいるのは五人。一人手数が足らない。





 暫く探すと、天井に近い高い場所に三箇所、床に近い場所に一箇所の計六ケ所の仕掛けが見つかる。


「棒じゃなくって、獲哢の指で押さえるってことかもね」


 獲哢の指は人の腕ほどもある。斧の柄でもまだ細いくらいだ。問題は頭数。


『主、お役に立てません』


『猫』の手も借りたかったのだが、さすがに押し込めない。するとマリーヌが盛んに嘶き始めた。金蛙が居れば通訳してもらえたのだが、今回は灰目藍髪がその意図を理解し対応するしかない。


 暫くやり取りをしていると、灰目藍髪が「マリーヌが一人分を担うと言っている」と答えた。


「馬でしょ?」

「馬以外にも変身できるので、人型になるようです」


 ケルピーは若い男性あるいは若い女性の姿で異性を誘い、水に引きずり込むという話がある。そう考えれば、できないはずはないのだ。


 淡く輝くと、馬の姿は人の姿に変わる。完全な人化ではなく、上半身、正確には足の付け根までは人間風であるが掌には水かきがあり、二本の脚は魚のような鱗に覆われ、足は更に水鳥のような水かきのある平たい足をしてる。


「トリトンとは、このような姿をしていたはずよ」

「あー そんな彫像、子供の頃見た記憶があるわ」


 伯姪は、水の精霊「ニンフ」と、海神の子である半神トリトンの彫像をニースにいる時見た記憶があるのだという。


「これで、手数は揃ったわね」

「始めましょうか」


 高い位置は魔力壁を用いて、彼女と伯姪、茶目栗毛が担当し、低い位置を残りの三人で担当する。


「準備はよろしいかしら。では三、ニ、一」


 掛け声を合わせて棒を押し込む。


 すると、祭壇の床がゴトリと音を立てて外れた場所がある。


 本来、守護者・三頭獲哢が認めた正しい所有者であるならば、『亜神』を倒すことなく、開けさせることができたのかもしれない。言い換えるなら、資格無き者であったとしても、守護者を倒したのなら開ける資格があるのだろうと彼女は前向きに考えることにした。


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