第692話-2 彼女は石扉の奥へと進む
三体に攻撃を受けた異形の獲哢は、想定通り三つの頭がそれぞれ二本の腕で目標を追い出した。
「で、どうする?」
「三人で三体を同時に討伐すると思えば問題ないわ」
「同時に二本の腕と首を斬り飛ばすのでしょうか」
彼女の答えに茶目栗毛が難しい顔をする。小さな目標を倒すならともかく、腕は一抱えもある大木ほどもある。彼女のバルディッシュなら兎も角、二人の片手剣で斬るのは相当難儀だろう。
「あ、あの私は」
指示を求める灰目藍髪に、彼女は少し様子を見るように待機の指示をする。
「さっきみたいに、一人でちゃちゃっと仕留められるんじゃない?」
「無理よ。試してみましょうか」
身体強化からの加速、そして、魔力壁を足場に一気に駆け上がり、腕を一本、二本、そして首を一つ刎ねる。がしかし、その斬りおとされた腕を、首を拾い上げ、残りの四本のうち、三本が次々に拾い上げ載せ直してしまう。載せた先から接ぎ直され、瞬く間に元に戻ってしまった。
「うわぁ」
「予想以上の再生力ですね」
戻ってきた彼女が肩をすくめる。見ての通りだとばかりにだ。
「少なくとも、斬りおとした部位を継ぎなおせないようにする必要があるわ。
その工夫の算段をしないと」
「腕をあなたが二本、私たちで二本、斬りおとせば、間に合わなくなるかしら」
「それと……動きをとどめる工夫が必要でしょうか」
茶目栗毛が自問するように口にする。
背後では、『狼』『猫』『人狼』が噛みつき、ひっかき、殴りつけられ、躱し、あるいは弾き飛ばされつつ動きを牽制し続けている。いつまでこのペースで続けられるか。異形の獲哢は微塵も疲れを見せていない。
「あれの魔力が尽きるまであるいは再生が止まるまで攻め続けるとか」
「その前に、私たちの魔力が尽きるんじゃない」
魔力量からすれば、灰目藍髪が最も先に尽きるだろう。さらに言えば、装備の質からして、魔力で断ち切る魔銀の剣を彼女と伯姪以外は『鍍金』仕上げを装備している。これは、並の魔力持ち相手なら魔力を表面に薄く纏う鍍金仕上げの方が魔力の使用効率を上げることができ有効だ。
全魔銀であれば、武具全体に魔力を行き渡すだけの魔力を込める必要がある。表面だけの鍍金の何倍も魔力を必要とする。その代わり、斬りながら魔力を多く対象物に叩きつけられる分、大物を断つには効果がある。斬りながら消費していく魔力が多いほど、魔銀の持つ執拗とそこに保持する魔力量が必要となるからだ。
これまでなら、彼女の全魔銀の大刃を持つバルディッシュを切り札に、削っていけばよかった。
今回は、切裂いている間に接がれてしまう。伯姪の片手剣は格段にそれより落ちる魔力量であるし、茶目栗毛と灰目藍髪の鍍金仕上げではさらに表面を削る程度の魔力しか送り込めない。魔力を込めなければ、切断もできないだろう。
「頑張るしかない?」
「それではジリ貧でしょうか」
「何か、良い代案があるかしら」
一つは、動きを止める為の攻撃、今一つは、斬りおとした首や腕を接がせない工夫。まさか持って逃げるということもままならない。大木のような腕をもってこの限られた空間を逃げることは難しい。
「斬る端から魔力袋に入れるとか」
「入らないかもしれないわ。本体が生きているのであれば」
試してみる。入らない。
「うん、普通の獲哢より格段に難易度が高いわ」
伯姪の呟きに三人が頷く。
『ウォウォヲン!!』
手を貸せ、とばかりに吠える人狼に向けて、ハンドサインで『いのちだいじに』と送り、頑張れと指示をする。もうちょっと時間を稼いでもらいたい。
戦い始めて数分、動きも鈍くなることはない。このままいけば、何もせず一旦退却するしかないのではないかとすら思えてくる。
灰目藍髪が一つの提案を思いつく。
「マリーヌの拘束する魔術で二本の腕を殺します。その間に、三人で首と残りの腕を斬り落とすというのはどうでしょうか」
できるかもしれない。要は接がせなければ良いのだ。二人で二本の腕を斬り落とし、彼女は腕二本を斬り落としたのち、首を刈っていけばよい。
「どのくらい拘束できるか、試してもらえるかしら」
彼女の確認に、灰目藍髪は頷き、水魔馬もとい『狼』の牽制の役割りを茶目栗毛が替わる。
戻って来た『狼』に、灰目藍髪が拘束してもらいたいという指示を出し、『狼』は『馬』の形に変化し、水草の縄で二本の腕を縛り上げようと伸ばす。しかしながら、その縄のようなものを異業の獲哢は二本の腕で掴み上げ、引き摺ろうとするので、水魔馬は慌てて縄を切り離した。
「魔力量の差かしら」
「二本しか出せないの?」
「難しいようです。増やせば一本当たりの強度がその分低下するそうです」
異形の獲哢の動きは悪くない。水魔馬が斬りおとした腕を引き上げるより、その腕を残りの腕で取り返す方が恐らく早い。
「万策尽きたのかしら」
「万策というほどの策ではないわよ」
茶目栗毛も牽制に専念しているので何とかしのいでいるが、今のままでは十分と凌げないだろう。常時身体強化と魔力壁を使った空中機動は魔力量の少ない者にとっては激し消耗を伴う。
彼女は四人と再び段取りを確認する。
斬り落とせるのは彼女だけ。そして、三本の首と四本の腕を立て続けに斬り落とさねばならない。
その間に、伯姪と茶目栗毛はそれぞれ一本の腕を斬り落とし、ケルピーは拾い繋ごうとする腕をわずかの間でも拘束し、彼女が斬り落とす間の時間を稼がねばならない。
そこで一人の余剰が生まれる。
「先生、私の役割りは何もないのでしょうか」
自らの力不足に、悔しさを滲ませいつもは少しの動揺も表情に出さないらしくない姿を灰目藍髪は彼女に見せる。騎士らしくない、そういうことはしないはずなのだが。
「いいえ。あなたには、大切な役割があります。仕掛けの起点となる大切な役割りが」
彼女はその言葉と共に、大物討伐にかつて彼女自身が用いた装備を託すのであった。
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