第691話-2 彼女は獲哢と対峙する
「なんか生臭いわよ、この犬」
犬ではない『狼』だと、伯姪を顰め面で見返すマリーヌ。鉛色めいた濃灰色の毛並み、肩高は1mに達する大型の『狼』だ。
水魔馬は水魔狼となっても生臭かった。見た目は変えられても、その素性を替えることは出来ない。本来、誘き寄せる為の『擬態』なのだから、姿かたちさえ似ていれば、実際のそれと同じでなくても用は足りる。
「でも、これ水草で捕縛とか、足止めできるのでしょうか」
「その辺りは、馬の形の時と変わりません。一応、確認してあります」
なんとなく、ケルピーも頷いている気がする。言葉は話せなくても、ある程度意思の疎通は図れるあたり、生身の犬や馬と変わらないのだろう。
「狼の方が戦力的には上になるかもしれないわね」
彼女も、この姿であれば牽制や足止めなどで活躍してくれるのではないかと期待する。王都に戻った際も、捕縛任務などには有用かもしれない。魔騎士としての力量が一段落ちる灰目藍髪には良い相棒となるだろう。それに、生身の犬馬のように簡単には死なないところも精霊の良いところだ。
「もふもふしていませんよぉ」
「ですわぁ~」
狼はもともともふもふしてない。毛皮にした場合はそれなりにふわっと仕上げるが、猪や鹿ほどではないが体を護る為に割と剛毛である。イメージを押付けないでもらいたいと狼も思っているだろう。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
五人と一体はすっかり暗くなった外へと出る。案内役の人狼、その後ろに伯姪と茶目栗毛、彼女、灰目藍髪と『狼』の順である。
教会の裏手から出て小高い丘に向かい登っていく。その昔は合ったのであろうが、城を囲む石壁も街の建材として転用され、今では基礎の部分だけしか残されていない。もっとも、丘の上の城塞自体が半木造であった時代に放棄されたのだろう。最初からすべて石造であったわけではなく、木造から半ばまでを石造・上部を木造の見張台、そして全てを石造と時間をかけて都度改装していくのが普通だ。
この砦は、半ばでその意味を失い、上部の木造部分は既に朽ち果てているのだろう。
「こっちだ」
既に一度訪れている人狼が、教会から見て背後の部分へと先を行く。少し丘を下ったところに、石壁で覆われた横穴を塞いだような一角がみてとれる。城塞の地下だと思っていた彼女は、『元墳墓』であることを思い出し納得する。
「これを外す。下がってくれ」
上半身裸となり、魔力を纏わせる人狼。最初は人間の肉体であったが、やがて体が大きく膨れ上がり、灰色の体毛が生える。顔つきも面長に変化し、やがて『狼』の姿となる。
この姿では会話ができない。元から言葉少ない人狼だが、それはこうした形質の変化によるものではないかと彼女は思う。ワォワォ言われても、正直何言ってるのかわからない。
高さ2m、幅1mほどの石扉を取り除くと、そこには同じ大きさの暗い通路が延びていた。明かりは……その時に出せばよいだろう。わざわざ中の存在に居場所を知らしめてやる必要はない。
「マリーヌを先行させます」
細い通路に人一人通るのがやっとであろうし、『狼』が背後から前に出るのは中々難しい。
『主、私も先行します』
「お願いね」
『狼』に続き、『猫』も奥へと去っていく。戦闘力は兎も角、情報収集能力と共有能力は『猫』が格段に高い。いつもよりもやや大きくなり、『山猫』ほどの大きさとなり、黒猫が奥へと消えていく。
「さて、どうするの?」
俺が先行すると言わんばかりに、狼の前足のような手で自分を指さす人狼だが、彼女は否定する。
「ルシウスは最後尾、私が先行するわ」
「そうね。不意打ち回避の魔力走査と魔力壁ならあなたが一番だもの」
彼女と茶目栗毛、伯姪に灰目藍髪、最後に人狼の順で中へと進む。先頭がワォワォ言っても、背後に続く人間は何の情報伝達にもならないのだから、最後尾で当然だ。
暫くまっすぐであった通路は、やがて下り階段となる。石造りなどではなく削っただけの滑りやすい階段だ。壁を伝いつつ、ゆっくりと下がっていく。塔の二階分も下っただろうか、平らな床面へとでる。
『主』
「確認したわ」
降り際にいた『猫』に彼女が答える。
―――『小火球』
フラフラと握り拳大の魔術の炎が天井へと四個昇っていく。『導線』の術を加えて空中に場所を固定する。地下の密閉空間でも優しい魔術の炎だ。やや息苦しさを感じつつも、魔力により身体強化でそれを補い、彼女は後ろのメンバーの為にスペースを空けるため前に出る。
「何?」
「……あれは」
浮かび上がったシルエットは家の屋根ほどあるだろうか。そこには予想通り獲哢がいる。その背後に巨大な石扉が見て取れる。
「あれね」
伯姪の問いにグルルゥと人狼が同意するように唸り頷く。
得物をバルディッシュに持ち替え、闘技場ほどもある空間を進み彼女は『獲哢』と対峙する。
『刃を伸ばせよ』
「さっさと片付けるわ」
既に四つの火球とそれに動線を紐づけして、魔力の基礎消費量が少ないとはいえ八つの魔術の同士行使。時間を掛ければ魔力の消費も尋常ではない。
身体強化、魔力纏い、そして……
「『魔刃剣』」
魔力の刃をバルディッシュに乗せ、その長さを伸長させる。さらに、魔力壁を足場にして中空へと駆け上がる。これで十二個の同時発動。爆発する勢いで魔力が減少していく。
『ガアォ!!』
『シャアァァ!!』
突然の侵入者に、ノロノロと反応する獲哢。寝起きか、あるいは、もとから動きが鈍いのか定かではないが、『狼』と『猫』の牽制に、足元へと視線が向かい、彼女の存在は意識の外にある。
ZAAAASHHUUUUUU!!!
常の刃の二倍を超える長さの刃で、獲哢の首を横一閃に断ち切る。首を斬られた獲哢は、ようやく彼女の存在に気が付き手足を動かそうとするが、断ち切られた首から頭がゆっくりとずれていき、やがて音を立てて地面へと叩きつけられる。
『狼』と『猫』に体当たりされ、頭を失った胴体も音を立てて崩れ落ちる。血は流れていないが、再生が始まるとも限らないので、首の両断面に『小火球』を当てて焼潰す。
灯用の『小火球』二個を残し、彼女は魔術を納める。唖然とする人狼と、お疲れさまでしたと声をかける灰目藍髪、そして、周囲に何かないかと部屋の中を調査している茶目栗毛。
「あなた一人で十分だったわね」
「狭くて暗い場所ですもの、連携するのも難しいわ」
「それもそうね」
納骨堂然り、大塔然り、狭い空間で五人も同時に動き回るのは無理がある。彼女は伯姪の言葉に納得し、大きな石扉の前へと移動するのである。
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