第691話-1 彼女は獲哢と対峙する

「夜にしか扉は現れないとか、どういう術なのかしら」

「さあ。それを含めて、魔導書に期待ね」

「……俺のなんだが」

「あら、所有権はリリアルが2/3、あなたが1/3よ。勿論、解読できるだけの知識が有るなら、あなたにお渡しすることも吝かでないわよ」


 人狼は沈黙する。多少の精霊魔術の心得はあったとしても、それは薬師や狩人として活動を補助する程度であり、『秘匿文字』など読めるはずがない。それは彼女も同様なのだが、こちらには無駄に長生きしてる古の魔術師の魂が宿った『魔剣』がいる。


『まあ、読めればいいけどな』


 表題と内容のあらすじ程度は理解してもらいたい。さもなければ、『賢者学院』への手土産となるだろう。それで、人狼が賢者学院に受け入れられる対価とするのも悪い手ではない。


『秘匿文字』あるいは『精霊文字』と呼ばれる文字は、入江の民が好んで使う歴史的な文字であり文様である。御神子教が広がり、その聖典が古帝国で用いられた古代語文字であるので、今ではすっかり使われなくなった。


 とはいえ、その文字は古代語文字と同じように音を当て嵌めて表現することができると同時に、一文字に意味を込めた文字としても用いられる。紋章あるいは象徴として扱われるのである。


 古帝国の影響下に始まった国々において、紋章は主に動物や植物、

あるいは竜やその他の力強い魔物の図象を象徴として描く。


 秘匿文字はそれに似た用いられ方をすると考えても良いのだが、文字自体に力が宿ると考えられていたようなのだ。


「いまでも、遺物などに残されているのだけれど、意味は良くわからないし、私たちは私たちの魔術を用いているから、有用かどうかは判別できないとして放置されているのね」

『けど、賢者学院なら、紋章学とか秘匿文字学とか名前を付けて研究している奴が要るかも知れねぇ』


『魔剣』の生きていた時代は、入江の民が王国を襲撃していた時代である。恐らく、戦場に残された武具やあるいは旗などにも『秘匿文字』が残されてのだろう。当時の魔術師も関心を持ったが、その秘密は知られることが無かったようなのである。


「けど、ロマンデ公も祖父の代までは入江の民の部族長として、あちこち襲撃していたんでしょう?」

「それどころか、王国に居を構えたあと、孫の代でこれ幸いと隙を突いてこの島の南半分を占領したんじゃない」

「だとすると、この扉を管理する意味がロマンデ公の御世には理解されていたが故に城塞を置いて管理した……と言う事になるかも知れません」


 伯姪と彼女の会話に茶目栗毛が自分なりの見解を付け加える。価値のあるものだが、自分たちでは利用できなかったから、監視を置いて隔離したという推測も成り立つだろう。


「先住民の遺物が、秘匿文字を用いた何かと言うことでしょうか」

「それに、ほら、この島の英雄には『聖剣』に纏わる伝説があるでしょう?」


『聖剣』というのは、御神子教の聖人の逸話にも登場するのだが、騎士物語の類にも少なからず登場する。神あるいは精霊から「聖なる力」を与えられた英雄が持つ象徴的武具であるとされる。


 建国の英雄や強大な『敵』と戦った勇者が持っていた、神・精霊の加護の一端を担う力の象徴でもある。


「先住民の『聖剣』を取り戻されたくなかったからとか?」


『聖剣』の持つ加護の力を得て、ロマンデ公の支配から脱却するために叛乱を起こされたら立ちどころに支配は崩壊すると考えたのかもしれない。


「この辺りって、先住民の王国の係争地だったという話もあるのよ」


『聖剣』の力をもってしても、劣勢を覆せなかった敗戦。その最中、『聖剣』を奪われまいとその持ち主が先祖の墳墓に隠したか。あるいは、『聖剣』の持ち主である英雄が死に、その象徴として『聖剣』も共に葬られたのだろうか。


 死した後も、子孫をこの地から見守るといった意味があったのかもしれない。


『聖剣とかいらねぇだろ』


『聖剣』を手に入れた場合、『魔剣』は不要と思われるかもしれないからと心配しているわけじゃないんだからね!!




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 然程巡礼が使うわけでもなく、街の教会の一角にある宿坊に彼女たちは泊めてもらう事にした。少々の寄進を行い、日課を行い、夕食を取る。パンとスープ、水で薄めたワインの定番メニュー。だが、酸っぱいエールよりは水割りワインの方がましだ。


「早速、廃城塞に行きましょう」

「メンバーは、誰を残すの?」


 人狼は案内役として連れて行くとして、彼女と伯姪、茶目栗毛は確定。赤毛のルミリと碧目金髪は「銃兵」枠なので再生能力を持つと考えられる『獲哢』の相手では活躍の機会もないだろう。地下の閉鎖的な場所では銃の活躍余地も限られる。


「二人は留守番ね」

「「はぁ~い(ですわぁ)」」


 問題は灰目藍髪。魔力量の少ないことを前提に考えると、持久戦となる可能性の高い獲哢討伐ではじり貧になる可能性もある。なにより、水魔馬が離れるのを拒むだろう。城塞の地下に馬を連れて行く問う事も憚られる。


「あなたも居残りになるわね」

「……そうですね……ですが、マリーヌが馬以外の動物に変化できれば問題は解決すると思われます」


 水魔馬は、あくまでも人を誘う為に姿を変えている。馬が鞍もつけずに水辺で過ごしているのを見た人間が「これは俺のものにできるかも」と近づいてきたところを水中に引き込むという……そういう魔物なのだ。


 故に、美形の騎士となって若い女性を誘う、あるいは、その逆もあるのだ。つまり、望む者にある程度姿を変えられるとするのであれば、「狼」あるいは「猟犬」の姿をとることができるかもしれない。


変身シェイプシフトだろ。できるんじゃねぇの』


 精霊も似たところがある。二足歩行の金蛙は過渡期の姿なのだろうが、力をえれば完全な人間の姿に変わることができるだろう。どこかの炎の精霊のようにである。


 彼女は灰目藍髪に「犬の姿であれば、同行させても良い」と告げたのである。


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