第690話-2 彼女は「お化け」探しをする

 ヨルヴィクの次の街『カタラックCatarac』は、防塁もない小規模な街であった。そこは、領主館とそれに連なる商人職人と使用人が住む集落といった程度の場所であり、食事をできる場所はあっても宿屋はなかった。


 街の名前の由来は先住民の言葉で「戦いの城壁」を意味するとされる。古戦場として知られ、先住民の小王国間の幾度とない闘争の場となった。その後、ロマンデ公の征服後は王家に近い貴族あるいは王族の領地のとなりその配下の小領地となっている。現在は、男爵領となっている。


 街の北側には教会があり、その背後の丘にはロマンデ公征服時代の古い城塞がある。


「そこに、お化けが出るんだよ」

「「ええぇぇぇ(ですわぁ)」」


 食堂の叔母ちゃんにご当地情報を聞いたところ、その古い城塞に「お化け」が出るのだという。因みに今日は、教会の横にある巡礼者用の宿坊に泊る。巡礼服を着ていないのだが、お願いしたら多少の浄財で赦してもらえた。


 おばちゃんはそれを聞いて、「お城に出るお化け」の話をしているのだ。意地悪なババアである。





 北部には『獲哢トロル』という巨人の魔物が存在する。身の丈は5mほどもあり、それに見合った腕力を有する。


 巨人族の末裔と呼ばれるが、丘にある遺跡の守り人として存在することもある人型の魔物。オーガより動作が鈍いが力と耐久性が上回る。また、貴種の吸血鬼並みの再生能力を有し、倒しきれる攻撃力が必要となる。


獲哢は北方アルマン人の領域に棲む妖魔の総称とも言われる。また、巨人族の末裔であり、『天狼』とあだ名される強大な巨人を祖に持つと伝えられる。古帝国衰退後、北方より到来したとされる。


 それが、古い城塞に出る。正確には、その地下にあるダンジョンにである。


「そして華麗にスルー」

「先を急ぐのだから当然でしょう」

「ええぇぇ、お宝が隠されているかもですよぉ」


 これが王国なら、発見した遺物は冒険者の取得物とみなされる。廃棄された城塞の管理が王家や当該領地の領主などに残っている場合は、応相談となるだろうが。


 しかしながら、ここは冒険者もいない異国の地。どういう手続きになるのか見当もつかない。


「こっそり調査して、こっそり着服?」

「墓荒らしの真似事をするのはよろしくないわよ」


 お道化て話す碧目金髪に、伯姪が釘をさす。巨人は墓守であるとされることも多く、その地下墳墓に相当する場所には宝と、それを副葬品とする高貴な存在の遺骸が安置されているのであろうか。


「関わらないのが吉よ。早く寝て早々に出立しましょう」


 彼女が「話はここまで」とばかりに終わらせようとすると、人狼が話に

割って入って来る。


「余計なことかもしれんが」


 実際余計な事なのだが。


「この地の獲哢の護る宝は、古の賢者が残した『魔導書』だと言われている」


『まじか』


『魔剣』の声音が変わる。長年魔術を研究してきた魔術師の成れの果てである『魔剣』にとって、未知の魔導書は興味深いのだろう。


「賢者学院の奴らもここを訪れて、魔導書を手に入れようとしたらしいが、手に入らなかった」

「それは何故? 何でそんなことあんたが知ってるのよ」


 伯姪が人狼に問う。


「入るには、とある血族の血が必要だ。獲哢を倒しても、奥に通じる扉の封印を解除するには、『人狼』の血が必要だからな」


 一時期、賢者学院の巡回賢者が、人狼の血を求めていたという話を聞いていたのだという。


「なんで名乗り出なかったの……か聞くまでもないわね」

「ああ。それは俺の一族の物だろうからな。賢者を名乗る盗掘者に渡す手伝いをするわけがない」


 彼女は納得する。すなわち、この人狼は最初から彼女達を利用するつもりであったというわけだ。


「それで、何をどうしたいの?」

「獲哢には俺も単独で倒そうと密かに忍び込んだことが有る。獲哢のいる扉の前まではさほど問題なく到達できる。ただし、獲哢を討伐するのは俺一人では無理だ」


 人狼の攻撃より、獲哢の持つ再生能力が上回るのだという。


 獲哢は棍棒・石斧・簡素な弓・投石による攻撃をする。頑強な肉体を頼みとすることもあり、簡素な皮(鞣していない毛皮)を体に捲くなどしかしない。


 また、獲哢には『秘薬』を与えることにより、獲哢の能力を与えることができるとされる。強力な肉体、再生能力を持つ代わりに、その食欲をも受け継ぎ知性も低下する。古の時代の『狂戦士』はこの系譜ではないかと推測される。


 皮膚は緑色あるいは褐色で、皺が多く象のような肌。顔は長く鼻も長い醜い顔をしている。体には虫が集っており、また、一部は体に草木が生えていることもある。


「吸血鬼や食人鬼よりも強力なのでしょうか」

「恐らく。それに、巨体だから首を切り落とす一撃を繰り出す事も難しい」


 つまり、通常の武器でチクチク削り倒す戦い方は向いていないということである。


「古の伝承にある、ヒュドラと似た形ではどうかしら」

「斬り落とした首を、英雄の従者が松明の炎で焼いて回って回復できないようにしたという話ね」


 彼女の提案を伯姪は理解し補足する。茶目栗毛は知っていたようだが、人狼と他の三人は初めて聞いたようだ。


「再生する魔物は傷を焼けば再生が妨げられるのか」

「綺麗な断面でないと、再生しにくいのでしょうね。そういう意味では、吸血鬼達も同じ処置をしているわね」

「ああ、あれって虐めていたわけじゃないんですねぇ」

「ですわぁ」


 リリアルはそんなに加虐趣味ではない。吸血鬼の反省する時間を長くとる為に、そして、リリアル生の鍛錬と教育の為に長く甚振っているのだ。


「炎の剣が欲しいわね」


 それはオリヴィ案件である。イフリートの従者がいるのだから。


「いえ、それには及ばないわ」


 彼女は断言する。


「どうして? 再生するのよ」


 伯姪の問いに、彼女はしれっと答えた。


「一度で首を斬り飛ばせばいいのでしょう? できるわよ」

「「「「ああぁぁ」」」」

「ですよねぇー」


 彼女の魔術を知らない人狼だけが怪訝な顔をする。


『魔刃剣』として魔力をその剣に纏う際、魔力の刃を延伸することが彼女にはできる。魔力の量が無駄に必要なのだが、単純に身体強化と魔力壁、そして魔刃剣に魔力を投入する程度であれば、十を超える多重発動を可能とする彼女の魔力量からすれば「大した問題ではない」

ということになる。


 精霊魔術は、魔力の消費量も少なく、広範囲複数目標を少数で攻撃する場合は効果があったのであろうが、それはあくまでも生身の人間あるいはそれと同程度の魔物に限るのだろう。


 獲哢の再生能力、金属鎧を身に纏う騎士を相手にするには、少々、火力が足らなかったのだろうと彼女は理解したのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る