第690話-1 彼女は「お化け」探しをする
「なんかパッとしない街でしたぁ」
いや、なに言っちゃってるの? 高級宿屋に泊まったではないでしょうか。そうしたことは差し引いても、ヨルヴィクの街は停滞感のある街であった。
「修道院中心で回っていたのを解散させたからでしょうね。リンデや南部・東部は割り切った貿易依存の体制になっているけど、北部は自給自足の経済のままその拠点が破壊されたんだから当然よね」
羊毛輸出に全振りしているのが南部や東部であると言えるだろう。畑を潰して牧羊に切り替える、あるいは、共有林を囲い込んで放牧地に変えることで羊毛の生産を拡大し、その貿易で手に入れた金銭で必要なものを国外から購入する。
羊を育て毛を売り得た利益で小麦を買う方が、自分たちで小麦を育てるよりも安く質の良いものが手に入るとすれば合理的なのだろう。
「ネデルで買えなくなったらどうするんでしょうねぇ」
「そんなことありますのぉ?」
ないとは言えない。それに、今時点でのことであって、将来的に小麦の値段が高くなり、羊毛を売って手に入れる金では今ほど安く買えないかもしれない。ある程度は自給できる体制は必要だろう。羊毛を食べて人は生きていけない。
「荒っぽいやり方だったのでしょうね」
今思えばそうだったのだろう。三分の一の土地を教会と修道院で保有している。一見とんでもないと思えるが、言い換えれば三分の一の土地を管理し生産し人々の生活を維持していたわけだ。それを解散し、単純にその地の貴族や王家の役人に投げ渡したとして、果たして管理できるかというとそれは出来なかった。
結果として、農民の生活を維持するよりも羊を飼って放牧して羊毛を得て売る方が簡単であった……ということになったのだろう。権利を持つ人間が変わったのだから、今までのしがらみを無視することも容易であったろうし、自給自足を旨とする修道院では、羊毛の輸出を主産業とすることもできなかったと考えられる。
「切り捨てられるのは平民ってことだ」
人狼が会話に加わった。もしかすると、両親が街に出てきた理由の一つは、村の生活が変わりつつあったからかもしれない。また、自給自足から貨幣を仲立ちとする交換経済となるのに、街に住み薬師や治療師として活動する方が有利であると判断したこともあるだろう。
「王国もそうなるのでしょうか」
王国は国内で交換経済が成り立つ要素がある。とはいえ、八割は農民であり、自分たちで機を織り、食器や木靴を作り、家を建て、村の鍛冶が作った農具を使って畑を耕すことになる。内職で細工物を作り市にだしたり、街の商人が買い付けに来る事もあるのだが、それはこれから徐々にだろう。
「ネデルだと、街と村の住人が半々くらいで、街の工房の下請けが周辺の村に造られて、そこで働いている農民も少なくないみたいね」
ネデルは都市化が進んだ地域であり、村人と言えども畑を耕しあるいは牧畜をしているだけではない。例えば、紙を作る工房などは村にある場合が少なくない。完成品を都市に運び、印刷製本して販売する。街と村が繋がっているのだ。
「リリアルも将来的には……」
「ならないわよ。自給自足が理想ね」
王都近郊で、必要以上に生産設備に金をかける必要もない。王都に出荷する換金作物である果物、それを元にしたシードルなどを作り、運河を通じて王都に供給するというのが理想だ。王都から一日足らずで向かう事ができ、自然豊かでゆったりと過ごせる場所とわかれば、王都の富裕層や下位貴族が遊びに来ることになるかもしれない。
水が豊かであり、その辺りを利用した川魚の養殖で名物にするのも良いかもしれない。養殖場はリリアルで実験中なのだから。
「冒険者の街にするとか考えませんの?」
「考えないわよ。魔物が良くあらわれるなんて、物騒で行楽地にならないじゃない」
「ですよねぇー」
「えっ、リリアル騎士団の演習どうするのよ!」
あちらこちらお呼ばれするか、王都の守護の一角を担う程度で十分ではないでしょうか。リリアル城塞も建てたことだし。
ヨルヴィクは経済の変革期に乗り遅れてしまったといえるだろう。それは、北部全体に共通する状況で、それがリンデを中心とする原神子信徒と、その支持の上にある女王陛下に対する反感を持つ原動力になっていると考えられる。
「修道院はもう戻らないのだけれどね」
「そうですよねぇ」
「ですわぁ」
金蛙と出会った廃修道院。その他にも、多くの修道院が解散後破棄され、その施設も修道士たちも財産も運営する能力も散逸してしまっている。修道院が解散して既に三十年がたつ。断絶するには十分な時間である。
「修道院って王国ではどうなってるんですかぁ」
修道院がもっとも盛んであったのは聖征の時代であった。そもそも、修道騎士団や聖母騎士団は武装した騎士の姿の修道士が集う『修道院』であった。騎士を養うために、普通の修道院よりも維持費がかかるので、相応の規模が必要となる。
聖征に自ら参加できない貴族や富裕層も、騎士団への寄進という形で土地やその他の不動産、地代、その他自分たちの持っている権利の一部を寄進した。
ところが、聖征が終わり百年戦争の頃になると、修道院に対する考えも変わるようになる。関心が薄まり、寄進したものの返却を要求したり、あるいは相続財産を不当に寄進されたと子孫が遡って要求するなど修道院の経済状況は悪化した。
結果、修道院の数を整理し、それまで認めてきた特権を国王が認めないとする法律を定めたりした。これも、戦費確保のための手段であったと言えるだろう。
結果として、経済規模の大きな修道院はそれなりの寄進を集め維持し、小さなところや、修道院の方針が時代遅れと感じられたところは廃院となり、教区教会となったり、完全な廃墟として石材を都市の防壁を作る場合に転用されることになった。
「全部廃止とはならなかったけれど、五百年前と比べれば数分の一になっていると思うわ」
「確かに、ネデルの川沿いには廃修道院沢山ありましたね」
暗殺者養成所となっていた城塞も、恐らくは廃修道院を元にした施設であると思われる。入江の民の襲撃から身を護る為、聖征よりニ三百年前の修道院は峻険な丘の上など城塞のような施設を建設したのである。
当然生活に不便であるし、大きな街や主要な街道から外れているので、修道院の役割りが終わるとそうした場所は放棄されていった。故に、廃修道院が散見されるのである。
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