第689話-2 彼女はヨルヴィクに到着する

 この先にある街は、カタラックCataracダントンDangtonと進み、北部の要衝ダンロムDunlmeに至る。ダンロムは大司教領の領都で、伯爵領に相当する。


 さらに北上すると、古帝国時代に皇帝の命で構築された「皇帝橋」を有する街ポンスタインponstyneに到着する。ここまでくれば、賢者学院のある島まではニ三日といったところだろうか。


 魔装馬車で爆走すれば、ポンスタイン迄一日と言った距離だが、一日の旅程を30㎞前後とすると、これらも街で一泊ずつして移動することになる。


「小鬼はもうでませんわよねぇ」


 『歪人』をフレイルで叩きのめしたルミリが、周りの仲間の顔を覗き込むような視線を送りつつ、そんな言葉を口にする。


「ゴブリンは連合王国に少ないのよね」

「何故なのでしょうか」


 灰目藍髪の問いに、彼女は知る限りにおいてと断り説明を始める。


 その昔、ロマンデ公が征服するさらに前。先住民は幾つかの王国に別れ、それぞれの部族ごとに王を頂いていた。王を支えるのは精霊神官であるドルイドと呼ばれる『賢者』たち。皇帝と元老院のような関係であろうか。


 入江の民の度重なる襲撃で、東岸には何度も被害を被ったが、辛うじて国を亡ぼすような被害を出す事はなかった。そして、その襲撃の最後にロマンデ公の軍が南から現れた。


 全身を鎖帷子で覆ったロマンデ公の軍に対して、革の鎧と鉄の剣しか持っていない先住民の軍は数度の戦いの後敗れることとなる。精霊魔術を扱うには金属鎧は禁忌とされ、それが裏目に出たと言えばいいだろうか。


 その戦いで、『悪霊』となり土の精霊ノームと結びつきゴブリンとなるものは、百年戦争を経験した王国よりずっと少なかった。何故なら、平民を『騎行』により略奪の過程で無残に殺し、街や村を滅ぼした黒王子の軍のようなことを、少数の遠征部隊で、その後支配者となったロマンデ公とその配下の騎士達は行わなかったからだと言えるだろう。


 むしろ、大聖堂を建設し、都市を整備し、城塞を築き北と東からの侵略に備えたのであるから、「悪霊」となる者も少なかった。そして、元の支配層は死んだ後もその土地を護る存在となり、ゴブリンに似た家精霊である『ブラウニー』に変化した。


 数代の世代を重ねた館には、家精霊が住むとされ、その家の家系は富貴に恵まれるとされる。家業を手伝い、館で働く使用人を支えるとされる。家精霊のいない館は「成上り」と蔑まれることまであるとか。


「ゴブリンが少ない分、怪しげな魔物が少なくないのかしらね」

「魔犬の話とか、結構聞きました」

「日が暮れたら、街道には目に炎を灯したような黒犬の魔物がでるのですわぁ」

「多分それは、虐め殺された犬の霊でしょうね」


 連合王国人は、上は女王から下は乞食迄動物虐めが大好きである。犬虐め、狐虐め、熊虐め、など弱いものが怒り、悲しむ姿を見るのが大好きなのだ。


 その辺りも、精霊の祝福・加護が歪む要因なのではないかと思わないでもない。


「水辺の魔物も多いのよね」


 全員が、どこかの水魔馬を思い出す。人魚や水竜、あるいは水生生物の魔物化したものも少なくない。


「人魚ですかぁ」

「まあ蛙人間よね」

『蛙の風評被害なのだわぁ』


 ルミリが「私もいつか蛙人間になるのですわぁ」と仄暗い目になりうなだれる。


『そんな事ないのだわぁ。水に浮かぶようになるのだわぁ』


 普通人間は水に浮かぶ。余程、重たいものを身に着けていなければだが。金属鎧をほぼ装備しないリリアル冒険者は水に浮かぶことは珍しくもない。


「とにかく、これからは余計なことに関わらないようにしましょう」

「「「「……」」」」


 彼女の言葉に、伯姪・薬師娘二人・ルミリがじっとりとした視線を向ける。


「どんな時でもね」

「どんな時でもですわね」

「それは……」


 リリアルがリリアルらしくある為に、寄り道することも討伐しなければいけないこともある。それは仕方がない。その気持ちは抱きしめているべきなのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、宿を始めとしヨルヴィクの街はざわついていた。その理由は……


「ノルド公が病気で静養に入ったという話が、街で流れているわね」


 それは、数日前、彼女達がオリヴィと共に叛乱の芽をプチッと潰したからである。ノルド公が東部から、そして北王国と国境周辺の北部諸侯が北からリンデに攻め寄せるというシナリオが崩れた結果なのだ。


「誰が関わっているのかな」


 こういった叛乱の場合、誰か一人だけが与しないというのは難しい。何故なら、周囲から孤立した領地が周囲から見せしめがてら蹂躙される

ことになるからだ。


 仮に失敗しても、後から与同した程度であれば処刑まではいかないだろう。父王治世の末に、御神子諸侯の叛乱があったものの、大半の貴族は処刑や処罰を免れている。民衆や教会の首謀者は軒並み処刑されたのだが。


「この辺では、女王陛下の人気は今一ね」

「それはそうでしょう。血筋は正統と言いにくいもの」


 母方の家系は公爵家につながるが、父方は所詮リンデの商人・市長レベルであり、北王国の女王よりも格段に落ちる。個人の能力よりも、信仰心や血筋がものをいうのが王家の人気だ。教皇庁から破門されたり、母親が処刑されている女王陛下の人気が敬虔な教徒の多い地方であるわけがない。


 女王は自己の支持を高める為頻繁に顔を見せた行幸を行うが、北部まで足を運ぶことはない。自らの支持が多い、原神子信徒の多いリンデ近郊や東部・中部がせいぜいである。


 父王の妹の孫であり、正当な北王国の血を引く今の北王国女王より正統性があると考える連合王国貴族は御神子教徒に少なくない。その考えは、庶民にも影響を与える。


「教会にもいるのでしょう? 正統性に疑問を唱える司祭が」


 あまりに声高に女王に異議を唱える為に、不敬であるとして収監され処刑される教会関係者もいる。連合王国内のすべての教会は聖公会に所属しており、その権威の頂点は連合王国国王と法により定められている。


 女王陛下の存在に異を唱える者は、即ち刑罰の対象となる。口が過ぎれば、当然処刑される。


 リンデ周辺の少々浮かれた空気と異なり、経済的にネデルと良好な南部や東部と比べ、北部はあまり宜しくない空気が流れている。その大きな理由は、地域経済の中心であり、自給自足の根幹を担っていた数多くの修道院を父王が解散させたことによる。


 修道院の関係者により運営されていた荘園、そこに住む農民や職人を教え導き庇護する存在がいなくなったのだから、それは当然であると言えるだろう。修道院領の多くは、近隣の貴族に分け与えられるか王室の直轄領となったのであるが、宗教的な熱意で住民を指導する修道士のような存在がいるわけではない。税金を集めるだけの簡単な仕事である。


 宗派の問題ではなく、何を奪われたかの問題なのだ。全国の修道院から巻き上げた金を王とその御仲間で山分けした。そして、修道院が多く仲間のいない北部は、取られ損であるという事になる。


「人気がある王様ってねぇ」

「金をばら撒けば、誰でも人気者になれるでしょう。その後始末をする子供たちにはいい迷惑だと思うわ」


 人気なんてなくてもいいので、次の世代に余計な後始末を押付けない国王が良い国王だと彼女も思う。戦争をせず、浪費をしない国王陛下は大変素晴らしい国王陛下である。王都の改修が進み、運河の開削などで経済的によくなれば、大きな人口と市場を持つ王国は黙っていても大国となることができる。

 

 大金と莫大な人材・資源を浪費し、とったとられたを何十年も続ける戦争より、よほど効果がある。あとは、婚姻政策であろうか。実子を、姫を沢山産んでもらうのである。


 そう考えると、この国の女王陛下は既に二人の兄弟もなく、父王の兄弟は兄は早世、姉妹の一人は北王国に嫁ぎ、今一人は南ノルド公に嫁いたものの男子は既に逝去しており、女系の孫が何人かいる。


 王国も、現在の国王夫妻には王太子殿下と王女殿下の二人の子がいるだけであり、王弟殿下を含めても血の近い王族は少ない。ブルグント公は国王の叔父の家系であり、既に従兄に代替わりしている。


「王太子殿下には早々にご結婚いただかないと」


 などと余計なことを考えないでもない。サラセンの皇帝は後宮を持ち、多くの妻を持つ。正確には、男児を産んだものが妻となるといった感じのようだ。その結果、皇帝が死ぬと後継者争いの中で血で血を洗う政治闘争が起こるのが当然なのだという。それを含めて、皇帝に相応しい力を持つかどうか試されるのだろう。


 実力でなるのが皇帝であるから、仕方がないと言えるかもしれない。



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