第十一幕 獲哢
第689話-1 彼女はヨルヴィクに到着する
「ルシウス、どうした?」
「ちょっと護衛を頼まれてな。しばらくドゥンを留守にする」
人狼は、暫く旅に出る為、狩猟ギルドの依頼を受けられない旨をヨルヴィクの街の狩猟ギルドに伝えていた。この街は、ネデルとの貿易もあるのだが、冒険者ギルドは存在しない。とはいえ、周辺の街や村から人が集まる為に、狩猟ギルドが設置されている。
時に、周辺の街の狩猟ギルドのメンバーも訪れるので、人狼も知り合いがいるというわけだ。
この都市は八百年ほど前、先住民の時代の大都市であったが、アルマン人が都市を占領。その時期、人口一万人ほどとなり首都となる。また、造幣所を有する。多くの工房を抱える商業都市であり、織物、金属加工、彫刻、ガラス加工、宝飾品等で栄えた。
ロマンデ公征服の後は、大聖堂が建設され、交易の中心地となる。王国からワイン、ネデルから帆布・織物生地・蝋・燕麦、商人同盟ギルドから材木・毛皮を輸入、穀物・羊毛をネデルに輸出した。
織物生産の中心地となり、北王国との戦争の兵站地として興隆する。
しかしながら、修道院解散により経済の衰退期を迎えている。
ヨルヴィクには『北部評議会』が設置されており、北部の王国司法を管轄している。聖王会の設立・修道院の解散・教皇庁との確執からくる北部御神子教徒諸侯の反感を緩和する為であるとされる。
しかしながら、幾度かの叛乱を発生させており、王権の代理人として不十分な影響力しか及ぼせていないとされる。
「大聖堂があるわね」
「巡礼に優しいかどうかは分からないけどね」
巡礼には大聖堂よりも、地域の教区教会のような組織の方が優しい。この辺りは御神子教徒が多いのでそうでもないが、聖王会が国教となっている関係で、巡礼のような行いは冷遇されているのだ。
聖征の時代のように、聖地を巡り人々が旅をする事は稀になりつつある。
巡礼とは言いながらも、護衛の男・茶目栗毛と人狼ルシウスを伴っている。荷馬車を持ってると言うことで、行商人のように見えなくもない。あるいは、巡礼者を行商のついでに送っているとも見えなくもない。
巡礼者用の宿坊で風呂を望むのは無理がある。ということで、今回は高級宿(風呂付)のお高い部屋を選ぶことにした。
ワンフロア貸し切りとまではいかないが、女性用のスイート、男二人は従卒用の隣室二人部屋ということになる。スイートには使用人用の小部屋と小キッチンが付いている。
「流石大都市ね」
「議会が開かれるときであれば、こうした部屋を借りるのは難しいでしょうね」
北部評議会が開かれる際には、相応の貴族やその従者が訪れるだろう。近隣の貴族の城館に大貴族は招かれるであろうが、全員が全員ではない。好んで市街の宿を借りる者もいるだろう。
前夜から午前中まで続いた血生臭い討伐の戦塵を綺麗に洗い落とし、彼女達は小綺麗な姿になっていた。
「もう、巡礼風じゃなくてもいいんじゃない?」
「では、いつもの冒険者風に着替えましょうか」
赤目のルミリはいわゆる街娘風のワンピースになるが、他のメンバーは軽い武装を施した冒険者スタイルとなる。傭兵か商家の護衛として見えないこともない。
「巡礼服って、風通しが良いので寒いんですよぉ」
灰目藍髪も、冒険者風と巡礼服なら前者のほうが嬉しいらしい。馭者台に常に座らなければならない今回は、巡礼服は辛いのかもしれない。裾が風で捲きあがることもあるからだろうか。
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宿で夕食を食べ、今後の行動について再度検討する。先ずは、人狼の扱いである。
「受け入れてもらえるかしらね」
「もらえるでしょう?」
賢者学院は、『賢者』と呼ばれる存在を、各地に派遣しあるいは巡回させ市井で起こっている重大事件などの対応を行っている。王国であれば騎士団、あるいは冒険者への依頼として受けるもののうち、賊の討伐や魔物の討伐など、受けていると聞く。
「精霊術師の成り損ないが事件を起こしているという情報は、それなりに重要だと思うわ」
「既に気が付いているのではないでしょうか」
「でもぉ、身内には甘いかもしれませんよぉ。どっかの人狼も、なんか情け掛けて、事件を拡大しようとしていましたからねぇ」
「ですわぁ」
同類相哀れむのは時と場合を考えてもらいたい。大量殺人集団など、討伐一択である。これが、ある程度知能も体力もある傭兵崩れなどであれば、犯罪奴隷として処罰させるのだが、精霊狂人では何の役にもたつはずがない。なんなら、かえって生かしておくことが負債になる。
吸血鬼も生かしておくのは、無駄に再生能力がある「的」として使っているだけであり、魔物を身近に見て確認する教材以外には生かしておく理由がない。アンデッドなので既に本質的には死んでいるのだが。
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