第688話-2 彼女はピーの血族を討伐する
『オ、オレガワルガッタァ……アヤマルガラァ……タスケテクレェ……』
お前が悪いのはその通り、謝るのはお前の勝手、助ける理由にはならない。因果関係がない。
「反省しなくていいわ。死ねば問題は解決するのだから」
『オ、オレノ、オレノハナシヲキケェエェェ!!!!』
聞く価値もない。わがまま放題、好き勝手やってきた鼻つまみ者の一家。その一家が禁忌である兄妹で子供を作ったので、司祭に話を伝え教区から排斥し、村を追い出した。教区はこの地域一帯が同じであるので、街にも他の村にも移れなくなった。
子供ができて腹は大きくなり、遠くへ行けなくなったので、この場所を見つけ住み着いた。最初は、近隣の村や町に盗みに入り、あるいは畑で作物を盗み、野営する旅人を脅して食料をせびった。あるいは、巡礼達には妹が動けなくなって困窮している。その理由は背教者のそれだが、巡礼たちは喜んで食料や衣類や毛布などを恵んでくれた。
正直ちょろいと思った。そのうち、盗みと乞食の真似事を繰り返し、働かずとも村での生活より豊かに暮らす事が出来るようになる。
そのうち、行商人や巡礼の行き倒れに出会い、遺留品を奪うことができるようになると、今度は、自分たちで遺留品を作るようになった。肉も、その時人間のそれを食べるようになった。理由は、美味そうだから。
「それで」
『ハ、ハンセイシテイル。モゥヤラナイ、ゼッタイニダ!!』
何を言っているのだろう。人狼は何やら真面目な顔で考えているのだが、考えるだけ無駄だ。村でもこんな事を言っては、その場限りのことで済ませていたのだろう。聞く価値もないと彼女は思う。
「ルシウス、あなたの悩みは、この外道を助けても何も改善しないわ。それに、問題は隔世遺伝で現れる精霊の加護や祝福とどう向き合うかであって、狂人の相手をして自分の中で勝手に良い事をしたから報われると期待する事ではないわ」
「……」
この人狼狩人は、自分自身が救われたいだけなのだ。その為には、精霊魔術について正しく学ぶ必要がある。今はまだ人狼になったとしても理性を失っていない。しかし、この先自身が、あるいは子ができた時にその子や孫が目の前の『ピー』のようにならないか心配でならない。
そういうことは、相手が見つかってからするとよい。
「私たちは、賢者学院に向かっている途中なの」
「……巡礼の帰りなのではないのか」
「『カンタァブル』には行ったわよ。けど、帰りではなくて、旅の途中にね」
人狼は漸くこの国の人間ではない事に気が付く。確かに、言葉が若干おかしく感じてはいた。
「ここで、この馬鹿の世迷言につき合っている暇はないの。ついてくるなら、賢者学院まで同行させてあげる。その先、精霊魔術を学べるか、自分の問題を解決できるかはあなた次第。で、どうする?」
伯姪の畳みかけるような問いに、人狼は勢いに負けたかのように首を縦に振る。
「では、別れの挨拶を」
泣き叫び壁をどんどんと叩く『ピー』に何やら別れの言葉を言うと、人狼は振り返りもせず離れていく。彼女は先ほど剣であけた穴を埋め直すと、その後に続いて馬車へと戻ったのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「ポーク」
「それは豚のことでしょう? オークよ」
「似たものですわぁ」
確かに、豚鼻ではあるが肉が豚に似ているというような事はない。あくまで、人に似た何かであった。数は少ないものの、彼女は何度か討伐したことがある。ワスティンに、醜鬼の勇者に率いられた軍団と遭遇し、半ば打ち倒し、半ばヌーベ領に逃げ帰られたのは記憶に新しい。
小鬼とも食人鬼とも異なる存在なので、どのような素性なのか気になっていたのだが、「精霊術師」あるいは「精霊の加護を持つ者」の子孫で、精霊の力を歪んで使っている結果、精神が獣化あるいは退化し、人間の理性や知性、信仰心を失い、精霊の力で少ない魔力でも身体強化が常時行われている結果、魔力持ちの騎士あるいは戦士程の力を有すことになるということが推測できるようになる。
例えば、精霊の加護持ちあるいは、その子孫を持つ人間を集め、「歪化」させ、醜鬼にすることができるのであれば、人攫いや襲撃事件を起こす理由もわからないではない。ヌーベは王国を南北に分ける高地を抱えており、そこは人跡未踏の場所とされる地も少なくない。内海から外海に至る主要街道として見做された時期が聖征の時代ごろは存在したが、百年戦争の時期以降、王国東部あるいは法国から大山脈を越えて帝国・ネデルに通じる街道が整備され、あるいは、神国を回り海路移動する経路が生まれ、今ではすっかり廃れている。
ヌーベ領が鎖国しているということもあり、怪しげな商人や密貿易のルートとみなされる事も少なくない。
「それで、その人は」
「賢者学院まで同行することになったわ。精霊魔術を学びたいのだそうよ」
「まあ、精々こき使ってやりましょうかぁ」
「私は先輩ですので、命令には従うのですわぁ」
赤毛のルミリ、先輩風をビュウビュウと吹かせている。人狼がどの程度の能力を有するか調べることも彼女の目的の一つであるのだが。いろいろ、無茶振りしようと考えているのである。
「人狼って、やっぱ鼻が利くとかあるんですかぁ」
「かなりだな。嗅ぎ分ける能力が高いと言えばいいかな。例えば、その馬は水草臭いとか」
「それは私も思うのですわぁ。別に人狼でなくとも、分かるのではありませんの?」
馭者台に座る二人と平行に歩きながら、人狼が会話を繰り返す。人狼人狼連呼して大丈夫なのだろうか。気にならないわけではない。
「人狼の話題は割と良くある。だから、気にしなくても大丈夫だ」
「へぇー」
人狼が出るという話は、野盗や人攫いの話をする際の隠れ蓑というか、親が子供に諭す際によく使われるのだという。野盗に襲われる人攫いにあうという時に「人狼が」と置き換えるのだ。
「そういうの、どのくらい事実なのかしら」
「さあな。俺みたいな能力を生かして、野盗の頭をしているものもいるかもしれない。とはいえ、街で穏便に生活できるのに越したことはない。だから、そういうのがいるとするなら、かなり精神的にヤバい状態だろう」
最初からおかしい『ピー』のような存在もいるのだが、子供の頃から親や大人の言う事を聞かない、あるいは同世代の子供と仲良くなれないといった村に適応できない者もいる。大概、言葉に出来ないので暴れたり、他人に暴力を振るう、ものを盗むなどの問題行動をする。
けれど、それは歪んだ精霊の力の影響なのだろうと人狼は言う。
「他人のせいではなく精霊のせいってこと?」
「頭も心も弱いんだ、そういう奴に限ってだ」
言い訳にしか聞こえないのだが、精霊の影響を受けやすい体質が、頭と心を弱くするのか、あるいは、受けた結果弱いのかは何とも言えない。
「他の人、例えば身近な親兄弟が見えない聞こえないものを、そいつだけ感じるとするなら、どうなるかということだな」
幸い、ルシウスの両親は自分の家系が精霊術師の家系であり、そうした精霊の加護が思わぬ形で現れることもあると知っていた。それ故に、「人狼」に変化する息子を誇らしいと思えども、困った物扱いすることはなかった。
「あの兄妹も、まともに育てられていれば、ちょっと頭は悪いが、力持ちで子沢山な母ちゃんとかで済んでいたと思うぞ」
親も兄妹同様、微妙な人間であった事と、その理由も受け継いでいなかったことが大いに影響している。
「原因は、あの枯黒病の大流行からだな。あれで、村や町が全滅とか、半分が死んだりすることもあった。親が伝える前に病気で沢山死んだから、そうした知識が伝わらずに、加護や祝福だけが残った結果だろうな」
精霊魔術師は、古帝国の支配が早くから及んだ王国にはこの国ほど多くのものが残っていない。とはいえ、先住民は姿形を変えて王国民として生きている。精霊術師の素養を見出す者がいれば、人狼のような能力を発現させる術者がいてもおかしくないと彼女は思うのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます