第687話-2 彼女は歪人の穴居をみつける

 その兄妹は、ルシウスとは遠縁の関係であった。近くの村に住む夫婦の子供で、ルシウスが幼いころに色々あって村を出た。兄妹でそういう関係になり村を出ていかざるをえなかったこと、元々協調性がなく、また、農作業も村での共同作業にも不熱心であった事もある。


「親に聞いたところ、むかしから変わり者の夫婦の子供と言うことで、村から孤立していたようだ。それで、両親が病で亡くなったあと、まあ、そんな感じになったと聞いた」


 それは今から三十年ほど前の話であり、当時兄妹は十代前半であったと聞いている。森に隠れ住むようになった二人は、気ままに過ごし、森の中で食料を探し、近隣の畑で作物を盗み、あるいは、家畜や罠に掛かっていた獲物を奪って暮らしていたという。


 たまに住んでいた村や、近隣の街や村に忍び込み盗みに入ったり、野営している商人の荷を盗んだりしてワイルドに生きていたのだという。


「俺が子供の頃には噂になっていた。一人で家にいるとピーがやって来る。夜遅く一人で歩いていれば、ピーに襲われる」


 ピーとは伏音ではない。エンドウ豆のことだ。二人は「エンドウ豆」と呼ばれていたのだ。二人の名前を知る者も憶えている者はおらず、付いた名前なのだという。


 やがて、子供をどんどんと産んだ夫婦は、数人で『狩り』を行うようになった。それが旅人の失踪事件の真相なのだという。


「それを見過ごしてきたのであれば、あなたも同罪なのではないかしら」


 彼女の問いに、人狼は気まずそうな顔をする。そんな事は分かっていると。


「けどよ、一人じゃ追いきれなかったんだ」

「街や領主に報告したの?」

「一応な。最初のころは聞いてはくれた。けど、自分たちに直接被害がないのであれば放置された」


 それで、街を出て途中で野営しそうな人には、野営せずに先の街に向かうように声を掛けたり、あるいは、具合が悪いものは狩小屋で預かり、放置しないように一人でできることをしていたのだという。


 それでも、数多くの旅人がピーの血族に襲われ、命を落としたと。


「ものを奪うだけではないのでしょう」

「……ああ。あいつら……あいつらは……」


 やがて巣穴の場所に到着する。どうやら、途中で力尽きた身内の死体を何人かで引き摺り巣穴に戻ってきたようだ。そこは、元は河原であった場所のようで、川の流れで穿たれた穴とその前が開けた小石だらけの場所である。少し先に川があるので、元はその川が流れていたものが流れが変わったのだろう。


 石の上は足跡が残りにくい。そういう意図もあったと思われる。


「あれは」

「……やっぱり……」


 木に吊るされているのは、「歪人」の死体。足を縄でつるし上げ、首を斬り血抜きをしている。あるいは、四股をバラバラにし、手慣れた雰囲気で死体を解体している。


「分かるか。あいつら、人を捕らえて喰ってるんだよ」

「「「……」」」


 伯姪からはえづく声がする。彼女もそうなのだが、表には出さない。


「昔から、戦乱の時に食べるものがなく人肉を喰らうという話はありますから」


 茶目栗毛が事実を述べる。とはいえ、これは楽しみとして食べるのではないだろうか。同族の肉を食べると言うことは、今は当然禁忌だが、強い戦士の死肉をあるいは脳を食べることで、その力を手に入れるという呪術の類は聞いたことが有る。


「単なる食事にしか見えん」

「事実その通りでしょうね」


 穴の周りで作業している者は十数名。中にも何人かいるだろう。


「あなたの知る『親』はいる?」

「いや、巣から出てくることは滅多にない。それに、あの穴は何箇所か逃げる先があるんだ。だから、穴の中に逃げ込まれたら、どこか逃げ出すか、あの中で襲われることになる」


 それだから、いままで一人では討伐できなかったのだとルシウスは述べる。





『猫』が戻って来る。


『主、抜け穴の場所、全て確認してまいりました』

「御苦労様。これで、逃げ道を塞いで討伐できるわね」


 どうやら、水源である川の近くへの穴と、上に逃げる穴とがいくつかあるようで、川への穴以外は這って出るような狭さであるという。それでも、旅人から奪った道具で掘ったらしく、ゴブリンの穴よりもよほど良い出来だという。


「ちょっと行ってくるわね」


 何をするのかと戸惑う人狼をよそに、彼女は『猫』の案内で抜け穴の場所を全て『土魔術』で塞いで回った。穴は換気口の意図もあるので、これで洞窟の奥は徐々に空気が悪くなるだろう。


 一通り抜け穴を潰して、小鬼どもが宴でも始めようとして盛り上がる様子を確認し潜伏している穴の前を俯瞰する位置にある高所へと戻る。


「お疲れ様です先生」

「様子は」

「盛り上がってるわ。良いところの肉の取り合いね」


 元は親兄弟かあるいは従兄妹甥姪の死体だろうが、そんな事は死んだら関係ないのだろう。火は起こせるらしく、木の枝に刺した串を地面に刺し、魚を焚火で焼くように肉を焼いている。あるいは、石を組んで囲炉裏のように加工した場所で火をつけるのだが、恐らく風が通らないのでよく火が付かないのか怒り暴れているようにも見える。


「あれが、精霊魔術師だか精霊神官の末裔ね」

「色白のゴブリンにしか見えないけどね」


 横で、人狼狩人が顔をしかめる。


「そう生まれたくて生まれたわけじゃない。俺の両親は、人狼になれなかったし狩人でもなかった」


 両親は街では「治癒術師」として知られていたのだという。いわゆる、在野の「医師」にあたる。けがや病気に効果のある薬草や鉱物などを採取し、あるいは、動物の油脂などを使って軟膏を作り人々に施す。金銭の対価だけでなく、肉や野菜、手織りの衣類などでも受け取った。


 人狼にも多少その資質はあるのだが、土の精霊の祝福か加護により、薬草類が容易に見つけられ、その調合にも恩恵があったのだろう。少なくとも、とても柔和で、周りから愛される人たちであった。


 元は「ピー」の村に住んでいたのだが、周りと異なる資質を敵視する村人に嫌気がさし、夫婦でドゥンの街に引っ越したのだとか。今でも親戚がその村にいるが、ずっと疎遠なままであるという。


精霊神官ドルイドは精霊魔術師であり、祭祀を司り、部族の統治を担い、戦争では指揮官として振舞ったと聞くわ。それに、民を癒す術も備えていたというから、その一部がそれぞれに出たのでしょうね」


 火の玉を飛ばすだけが魔術師ではない。事前の情報収集や攪乱、それに敵の飲料・食物に毒を仕込むことで体力を失わせるなど破壊工作も行う。当然、重要な指揮官の暗殺などもそこに含まれるだろう。精霊の力を借り、動物の力を身に宿し、戦争指導を行う。そういった先住民の指導者が『精霊神官ドルイド』という存在なのだろう。


 だが、あれは一体何なのだという疑問が彼女に浮かぶ。


『まああれだ、支えるべき民がいなくなれば、王国の貴族だってただの狂人になる。身に余る力を使う目的がないんだからな』


『魔剣』の言葉が腑に落ちる。吸血鬼などはその典型だろう。自らの力を高める欲を際限なく望む。人間に寄生している存在が、人間の支配者になろうなどとは、片腹痛い。


 それを矮小にした存在がピーの血族なのであろう。大した欲ではない、恐らく、恐れ慄き、泣いて許しを請う弱者を甚振り殺し、その肉を得る。原初の全能感を感じる。そんなものだろう。


 何も、ドルイドの末裔でなくとも、農家出の次男辺りが傭兵となり、やがて山賊盗賊になって感じる仄暗い喜びなど、似たようなものだ。


「さて、殺し尽くしましょうか」


 伯姪の言葉に茶目栗毛が頷く。


「そういえば、主犯というか親玉は出てこないのかしら」

「あの辺りにいるようです。穴からは出てきませんが」


 微妙な魔力持ちが入り口近く、日の入る場所だが今の位置からは見えないところにいることを魔力走査で確認したと、茶目栗毛は彼女に伝えたのである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る