第687話-1 彼女は歪人の穴居をみつける

『精霊神官』はその昔、望む姿に自分を変えることができたという。それは、佳人のように、あるいは得夫のように。


 またそれは、強力な動物の霊を自らに宿す事で、「狼」「熊」「猪」「鹿」「鷹」などの姿に体の一部もしくは全部を変えることができるとされた。


 例えば、中程度の練度であれば、腕あるいは頭を「猪」等に変形させ、身体強化により強靭な腕力を得ることができる。「変身」と呼ばれる術である。


 全身を動物に変化した場合、知性は人間のままであるが、人間の言語を操ることは出来なくなる。「変化の時間」は二時間程度から始まり、能力の向上とともに頻度、間隔、継続時間が伸びていく。熟練者は任意に制限なく動物の姿に変わることができた。


 しかしながら、継続して動物の霊と接触を繰り返した精霊術師の中には、人間に戻ることができなくなる、或いは動物に近い性格に変化していく者も存在した。また、精霊術師が世代交代する場合、親から子へ、子から孫へ動物の霊が引き継がれていくこともあった。


 精霊術師の能力のない者が親から霊を受け継いだ場合、不完全な「変化」を発する場合がある。自身の意思に関係なく、あるいは、興奮や精神的不安によって獣化する場合がある。また、代を重ねるごとに精霊術師としての知識・技術を喪失し、「変化」だけを隔世遺伝させるように時代が下るごとに起こすようになった。


 それでも、知性に恵まれ自身で「変化」をコントロールできる子孫は、身体強化の魔術に優れた「戦士」「狩人」として活躍する事も出来たが、そうで無い場合、「人狼」として不完全な「変化」と、精神的な不安定さ、獣性の発露により、「悪魔憑き」「魔人」として討伐される事もあった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌朝、『歪人』の死体を土魔術で作った穴に落として襲撃の痕跡を消す。明るくなり死体を改めたところ、確かに人間であった。とはいえ、健常な人間とは言えない。栄養不良なのだろうか、あるいは遺伝的形質なのか背がかなり小さく胴と頭は人間の少年程なのだが、手足が極端に短い。本来の小鬼よりも動きが鈍いのはそのせいだろう。


「きもいですぅ」

「ですわぁ」


 明るい場所であれば、フレイルを振るにも一瞬たじろいだことだろう。ルミリは観なくて良かったと口にする。確かに、歪んだ顔は威嚇するに十分な効果があるだろう。街の破落戸が顔を顰めて脅すのと同じだ。


「数は十八ありました」

「半数弱ね」

「逃げ行く先に、途中で息絶えているのもいるでしょう」


 彼女は足や腕を斬りおとした。止血しなければ、途中で失血死するほどの傷である。おそらく、点々と森の中に死骸が巣穴に向けて残っているだろう。




 軽く食事を済ませ、馬車に残る組と、巣穴を襲う組とに分かれる。


「あなたは残ってマリーヌと二人の護衛をして欲しいの」

「……承知しました」


 巣穴討伐に参加を希望する灰目藍髪だが、水魔馬を連れて行くのはあまりよろしくない。気配隠蔽ができないので、『歪人』に見張が居れば気が付かれてしまうだろう。それに、水魔馬と残れば、相応の戦力がなければ相手にもならない。リリアル生三人と水魔馬であれば、十数人規模でも完勝できる。


「さほど時間はかからないので、昼前には戻ります。今日は宿でゆっくり休みましょう」

「「「はい」」」


 流石に今日は体を洗いたい。血の匂いが染みついた気がするからだ。


「それで、あなたは同行したいのね」

「ああ。最後を確認したい」


 人狼狩人の『ルシウス』が彼女に同行を申し出たのだ。


 



『猫』が先行し、その後ろを彼女と伯姪、茶目栗毛にルシウスが追走する。小走りだが、全員が身体強化をしているので速度は馬の並足ほど。それを林間で何ら躊躇なく行えるのは、日頃の鍛錬の賜物。それに、狩人のルシウスが驚く。


「王国の冒険者というのは凄いのだな」

「凄いのは私たちだから。結構優秀なのよ私たち」


 伯姪の言葉になるほどとルシウスが頷く。冒険者が存在しない連合王国において、それがどのような存在なのか、人狼狩人は理解できていない。


「聞いても良い」

「何でも聞いてくれ」


 伯姪はルシウスに「彼奴らは知り合いなの」と端的に聞いた。ルシウスは言葉を選び答える。


「全員ではない。『親』は、元幼馴染の夫婦だ」

「……夫婦……」

「ああ。あれは全員同じ血族の子なんだ」


 あまり考えたくないのだが、同じ親から生まれた兄弟姉妹の間で子を作ると同じ形質が重なり、良くない……例えば顎がドンドンしゃくれるといった問題が現れるという。貴族王族では、領地相続の関係上、身内同士が問題ない。従兄妹同士の婚姻が少なくない。叔父叔母と甥姪も無くはない。


 御神子教会では近親婚扱いとなり良く思われないのだが、無いわけではない。王族同士の場合、何代か遡ればあちらこちらに親戚だらけという状態なので避けられないと言うこともある。


 とはいえ、それは平民ではやはり禁忌なのだ。


「もしかして」

「そうだ。夫婦はもともと兄妹だ」


 決定的に大問題である。

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