第686話-2 彼女は歪人を撃退する

 最初の数体を斬り殺した時点で狼狽えていた「小鬼」たちは、馬車への奇襲が失敗した時点で、散り散りとなり逃げて行った。


「追撃しますか」

「いえ。明るくなるまで待ちましょう」


 住処は『猫』が抑えている。それに、足跡を追跡するのであれば明るくなってからの方が良い。逃げて行く先に、罠をあらかじめ設置しておき、反撃の手段としている場合もある。この時間から追い立てるのは意味がない。


「半分ずつ休息しましょう。戻ってくる可能性も無いわけではないもの」

「了解ですぅ! じゃわたし寝ますね!!」

「ですわぁ」

「じゃあ、私も先に休むわね」


 さっさと寝に入る碧目金髪とルミリ。それに伯姪が仕方ないわねと共に寝に入る。彼女と伯姪のどちらかが起きている方が良い。面倒な方を伯姪は引き受けたということだろう。


 再び焚火を始める。喉が渇いたので、水で割ったワインを口にする。水が腐りにくくするという本来の意味もあるのだが、アルコールでこの忌々しい空気を少し除きたいという気もするのだ。


 死体を検分していた茶目栗毛と灰目藍髪が戻って来る。


「先生、小鬼ゴブリンではなく、成長不良の人間のようです」

「そうでしょうね」


 襲ってきた人間の種類には見当がつく。王国でもないわけではないが、いわゆる『逃散』というものだ。生活のできなくなった農民が村や田畑を捨て山野に逃げる、あるいは、街での仕事を探して立ち去る。数が多くなれば流民の群れになり、あるいは暴徒と化して反乱を起こす事になる。


 とはいえ、何かが手に入ることはまれであり、山賊や盗賊となって旅の商人や周辺の似た境遇の集落を襲うこともある。


 その力のない者ならどうするか。狩猟採取生活をしつつ、ひっそりと山野に隠れ住むしかない。家がなければ洞窟を探し住処とし、得るのは森の恵みである木の実やキノコ、あるいは動物を罠にかけたり魚を獲ることもあるだろう。蛙や海老・蟹の類も得るかもしれない。


 ところが、ある日行き倒れの旅人を見つける。病気か飢えかはわからないが、そこから楽をして得るものがあったとする。朝から晩まで狩猟採取することをやめ、街道を見張り、よろよろと歩く旅人がいれば、その休息の場所まで潜んでいき、弱った旅人を襲うようになるまで、さして時間はかかるまい。


「そうやって、徐々に大胆に旅人を襲うようになったのではないかしら」

「噂になるほどですから。今では相当数なのでしょうね」


 旅人が街を出る際に、一々行く先をいうものでもない。例えば、徒歩の旅人がいて、先行しているはずなのに後続の馬車が隣町に着くまでにまったく追い抜けなかった。おかしいな等という話が幾度か出るとする。


 その中で、知人友人が街を出て行方知れずになったという話がドゥンやヨルヴィクで口の端に登るようになるのは、相当の時間がかかっただろう。


「いま死んでいる小鬼の数は、凡そ十五体です」


 暗がりであること、二人で数えたことから重複しているかもしれないので、概算だと茶目栗毛が答える。


「明日はどうしますか」

「早朝に半数を率いて巣穴の駆除に向かいます」


 わざと逃がすのは最初から決めていたこと。消えた旅人がどうなったか、巣穴を確認しなければと彼女は考えていた。何か回収したいのではなく、巣穴でなにをあの「歪人」が行っていたかを確認したかったのだ。


 彼女は振り返り、街道の先に向け、声をかける。


「それで、いつまでそこで潜んでいるのかしら。こちらから伺いましょうか?」


 はっとして、灰目藍髪が道の先に視線を向ける。すると、街道の木々の陰から大柄な影が姿を現す。両手を上にあげ、敵意は無いと示しているようだ。焚火の傍まで近づいてくると、それは見覚えのある人間だった。


「こんな夜中まで狩りをするとは、狩人とは大変な職業ですね」

「……いや。だが、これは……」

「襲われたので殺しました。明日は残りの討伐をします」

「……」


 狩人は何やら考え込んでいるようだ。彼女は座るように促す。男はだまって焚火の前に座り込んだ。


「あなた、此奴らが何者なのかご存知なのでしょう?」

「……」


 男は無言を続ける。この辺りで野営できる場所は限られている。恐らくは、夜になって街道をヨルヴィクに向かい、順番に確認してきたのだろう。


「追剥……いえ、死体漁りでしょうか」

「違う」


 灰目藍髪の問いに、間髪入れず男が否定する。


「では、何の目的なのか釈明すればいい。いつまで黙っている」


 リリアル内では優し気な物言いを変えない茶目栗毛が、詮議する者の口調に変え男を責める。


「それは……信じてもらえるかどうか……」

「あなたが決めることではないでしょう。話しなさい」


 彼女は端的に話すよう命じた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 男の名は『ルシウス』という。ドゥンの街に両親の残してくれた家はあるものの、街の周辺の森や放牧地を周回し、罠を設置しては兎や猪などの害獣を狩る依頼を狩猟ギルド経由で土地の所有者から受けて行っている。森には狩小屋がいくつかあり、移動しつつ何日か森の中で過ごしているのだという。


「それで、あれは何」

「……あれは、先祖返りだ」


 それは何なのかと聞くと、ルシウスは「黙って見ていてくれ」というなり、上半身の服を脱ぎだした。何やら口の中でつぶやくと、上半身にわさわさと毛が生え、やがて体の厚みが倍ほどとなり、顔や腕は狼のように変化した。


『人狼かよ』


 人狼とは、どこかの守備隊長もその範疇に入る、狼に変化できる人間のことである。高位の吸血鬼にもあるとされる「変化へんげ」あるいは「変身」の能力であるのだが、自身で「変化」を管理できるかどうか、変化後の知能を人間と同程度に維持できるかどうかという問題もある。最悪なのは、自分では変化のタイミングを管理できず、月齢の影響などで「変化」が引き起こされ、人間としての自我を失い獣と化して人や動物を襲う衝動のままに事件を起すと言うことがある。


 その場合、早々に発見され駆除されるのだが、そうでない場合、つまり衝動を管理し行為を隠蔽できるだけの知性を維持できた場合、非常に難しい敵となる。人の中に潜み、人を狩る存在になりかねない。それは吸血鬼と同様に危険な存在であり、人死にが珍しくない都市に潜むことが有利でもある。


 吸血鬼よりましなのは、喰死鬼を生み出さないことだろうか。


「で、その人狼さんが何用?」


 地面に何やら文字を書く。このままでは言葉が話せないので、「変化」を解くとのことだ。黙って見ていると、人狼は再び狩人に戻った。


「俺は『変化』を自分で管理できるし、その為の術も扱える。それに、この体質は遺伝するんだ」


『遺伝』という言葉を聞き、なるほどと彼女は思う。貴族に魔力持ちが多いのも、貴族同士の婚姻が進められ、魔力を持たない平民との婚姻が忌避されるのも要は『遺伝』の問題なのだ。親の資質を子が受け継ぐことは知られおり、親や祖父母が持っていなくても、曾祖父母の誰かの資質を受け継ぐなどということもあるのだ。なので、良い資質を持つ家系の子供は婚姻相手に困ることがない。


 王家がその最たるものであり、また婚姻が難しいという理由も受け継ぎたい資質を持つ相手を見つけることが難しいからと言えるだろう。どうしても、数少なくなった「王族」同士の婚姻という形になる。


「では、あなたの資質は誰から受け継いだのかしら」

「簡単に言えば、俺の家系は精霊神官の末裔なんだ」


 精霊神官、王国やリンデでは『ドルイド』と呼ばれる先住民の祭祀を司る支配階層の名称である。精霊魔術を主に使い、今は失われた術を少なからず持つという。


「人狼とどう関係があるのでしょう」

「……精霊神官がある程度の段階に達すると、動物とコミュニケーションがとれるようになる。これはテイマーと呼ばれる使役能力だ」


 精霊神官は、森に棲む動物あるいは家畜と心を通わせ、自分の命令を聞かせることができる。この段階を更に進めると、動物に自分の意識を載せて感覚を共有したり、あるいはさらに進むと、自身を動物の姿に「変化」させることができるようになるのだという。


「管理できるのが俺、できないのがあいつらの親という関係だ」


 あの「小鬼」には親がおり、それは人狼=精霊神官の成り損ないということなのだという。『賢者』の中にもそうした物が紛れ込んでいなければ良いのだがと、彼女は少々不安となるのである。


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