第686話-1 彼女は歪人を撃退する
幸い、月で夜空は明るい。陰影がはっきりわかる。とはいえ、魔力走査が使えないのは少々面倒である。
『主、囲まれました』
『猫』の報告に彼女は眼をぱちりと開く。どうやら「それ」が現れたようだ。
「数は」
『凡そ四十です』
『多いな』
こちらが攻撃する側であれば気にならないのだが、今回はそうではない。とはいえ、十も殺せば逃げ散るだろう。その後を追い、巣ごと駆除すれば問題ないだろう。この場で全滅させる必要はない。
襲撃させる為に、土塁などで馬車を囲んではいない。本物の馬であれば、集団の接近に気が付いて、嘶くだろうが、水魔馬は「いつでも殺せる」とばかりに落ち着いたものだ。
「来たわ」
「まだ、よなかですわぁ」
「死にたくなければ起きなさい」
背中をパンと伯姪に叩かれ、はっと目が覚める赤毛のルミリ。そして、その音でビクッと目が覚めた碧目金髪。三人は片手剣、一人が槍銃、一人はフレイルを持ち、構える。
「私たちは、床下から降りましょう」
剣士三人は馬車の外に床下から降りる。車輪の間から周囲を確認しつつ、担当の方向を確認する。馬車の後方、焚火のある側は茶目栗毛。馬車の前方は伯姪、左を彼女、右を灰目藍髪が担当する事と定める。
「馬車に取り付かれないように引いて掛かります」
「はい」
「小鬼と同じだと思うけど、毒や眼潰しなんかも注意ね。顔は面貌で隠して、注意しましょう」
「了解」
仮に、人に近い能力を持っているのであれば、並の小鬼よりも道具を上手に使い襲撃してくる可能性もある。まずは、安全に撃退する。それが目標だ。
明るくなってから足跡を追跡し、巣を潰せばよい。馬車を襲撃から守ること、ダメージを受けないことが前提となる。
やがて、森の奥から声が聞こえてくる。
HOWOW!!!!
HOWOWOWOWO!!!!
HOWOWOWOWOWOW!!!!
四方から気勢を上げ乍ら二本足で歩く何かが現れる。手には手斧や鉈、あるいは小剣、もしくは簡素な槍を持ち、極端なO脚でジリジリと迫って来る。
背は三期生の子供たち程だろうか。子供なのか、矮人なのか。纏う雰囲気は子供のそれではない。
「……魔力持ちがいるわね。後方……」
「監視役かしら」
「……仕留めますか?」
彼女は首を横に振る。泳がして良いと判断する。
「魔力持ちが逃げたら追うわ」
「そうね。半分も倒せば、逃げるでしょう。そこからね」
襲撃しているのは何者なのか。とはいえ、王国ではないので遺品回収したり、騎士団に調査させたりするわけにもいかない。討伐した時点で目標達成となる。それで十分だ。
既に茶目栗毛は焚火の火を荒く消している。ジュウジュウと炭になっていた木切れが音を立て燻り、辺りには焦げ臭いにおいがする。馬車の下の低い位置からは、月明かりで照らされた小鬼どもの姿がしっかり見てとれる。
「行きましょう」
彼女は剣を手に月明かりの中へと飛び出す。
先頭の『小鬼』の首筋を切裂く。
「グゲェ」
武器を取り落とし、斬られた首筋に手を当てるが、闇に黒く見える液体がそこから噴き出すのが見て取れる。
馬車の下から飛び出してきた何かに、気勢を上げていた『小鬼』どもが驚きうろたえる。その動きが止まり、逆襲におののく者たちの首を、脛を、腕をスパスパと切裂き、斬り倒していく。
「ギャアア!!」
「イデイデ!!!!」
「オドオドォ!!」
何やら獣めいた声があちらこちらから聞こえてくる。彼女は振り返り馬車に視線を向ける。馬車の入口に乗り込もうと手を掛けた小鬼の頭に、ゴチンと何かが叩きつけられ、あるいは胸に何かを突き立てられ、そのまま蹴り飛ばされたように車外へと吹き飛ばされている。
「しねぇ!!」
「ですわぁぁぁあ!!」
少々馬車から離れすぎて、背後に回り込まれているのだろうか。あるいは、草むらを伏せて馬車へと忍び込んだ一団か。魔力走査が使えないというのは不便で仕方がない。
「魔物ではないというのは面倒ね」
『確かにな。魔力持ちの方が相手するのが楽ってのも少々おかしいけどな』
全くないのかというと、微妙に持っているように感じる。魔力(極小)といったところか、あるいは(極々小)かもしれない。
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