第684話-2 彼女は人狼の依頼を探す

 翌朝、彼女達が馬車で出発する前、『猫』が報告に現れた。どうやら、小鬼らしきものたちが夜の街道を監視しているのだそうだ。


小鬼ゴブリンで間違いないのね」

『……少々異なります、主』


『猫』曰く、魔力を持っていない「小鬼」なのだという。魔物であれば大なり小なり魔力を有する。元が土の精霊であるノームと人の悪霊が結びついたものがゴブリンであるとされる。魔力無ということは考え難い。維持できないではないのだろうか。


 観察していると、夕闇迫る時間、あるいは明け方前の薄暮の時間に街道を行き来するものを観察し、襲う準備をしているのだという。


「どんな様子なのかしら」

『恐らく、以前襲った人間が持っていた小さな武器を持っていますが、野ざらし使いっぱなしであるのか錆びたり腐食したりしております』


 鋼であっても錆びる。まして、安い道具に使われる鉄は水気や使った際の汚れを放置すればすぐに錆びたり持ち手が腐ったりする。なので、砂で磨き、油を塗り、布で拭き上げる必要がある。小鬼にそんなことは出来ないので、奪いたてでもない限り、武器は大概ボロボロなのだ。


『街道で見張と襲撃地点を分け、襲撃する者とそれを指揮する者、逃げた時に逃げ道を塞ぐものとを配置しております』


 彼女は魔力無の小鬼から、もしかするとと考えを改めた。


「矮化した人間」

『恐らくは』


 栄養状態・生活環境が悪い場合、健康な人間から逸脱した姿に変化することがある。鉱山や地下牢などで長い時間過ごした場合、体の変化が起こる。骨が歪み、視力や筋力の大幅な低下などであろうか。鉱山や地下牢であれば、体が耐えられなくなった時点で死んでしまう。


「数は」

『二十数名です。動いていることと、魔力を持たないので確実に数を把握する事は困難です』


 魔力走査が使えなければ、『猫』といえども人間の観察者と変わらない。概算になるのは仕方ないだろう。


「では、日中移動すれば問題ないわね」

『そうとも言えません』


『猫』は、彼ら『矮人』を追いかけ、巣穴を発見したそうだ。そこには、明らかに解体された人間の体の部品が残されていたのだという。


『人間を食べています。牛や豚を食べるように』

「……なんてこと……」


 生きた人間は残されていなかった。騒いだり、逃げ出す前に速やかに屠殺し解体しているのだろう。火を扱えると思われ、燻製肉が沢山あったという。


「人間だけ」

『大半は。あの体の大きさでは、猪や鹿を捕えることが難しいのでしょう。兎は素早いので、罠か弓を用いなければ難しいので、これも捕まえられないと思います』


 ゴブリンが人間を襲う理由も、人間が弱いからだと思われる。悪霊が元となっている故に、生きている人間に対する恨みつらみも当然あるが、猪なら数匹の小鬼では盛大に反撃されて大怪我を負う事になる。人間が、槍などで散々に傷を負わせ疲労困憊したところに止めを刺すほどなのだ。


―――魔力持ちが身体強化と魔銀装備で斬れば一撃で倒せるのだが。それでは狩りとしての醍醐味が無いらしい。





 彼女は考える。王国内であれば迷わず討伐する案件だ。だが、ここは余所の国。つまり、余所は余所である。王国内であれば、騎士団も冒険者もこの地を統治する代官でも彼女が動かす事ができる。しかし、この場所ではただの旅行者である。自ら行うか否かの選択肢しかない。


 下手に報告すれば、こちらの手の内を知られてしまう。オリヴィの協力案件は、報告者であるオリヴィ=ラウスの名で行われるので、彼女達が何をしたかまでは細かく説明されないだろう。依頼は達成したのであるから、その経緯を協力者に関してまで説明する義務はない。


 だが、この話なら役人なり貴族を動かす為に、説明しなければならない。そんな面倒は御免被る。


 王国内の事なら、彼女が独断で決めることはおかしくない。そういう役割を王国から与えられた存在だから。その為に、リリアルを育ててきた。


 しかしながら、これは違う。面倒ごとに巻き込む事になる。


「少しいいかしら」


 彼女が声をかけ、全員が出立の支度を止め彼女に向き直る。


「人狼の件で少しわかったことが有ります」


 彼女は『猫』に調べさせた結果を端的に説明する。失踪事件の犯人は人狼ではなく魔物ですらない。小鬼ゴブリンに見えるようになるまで歪んだ人間であったものであると。


「それで?」

「いま出立すれば、このまま関わりなく通過できるの。朝晩の少人数の旅人を集団で囲んで連れ去るから」

「その人たちどうなっちゃったんですかぁ」

「ど、奴隷とかですおのぉ」


 彼女は言いたくなかったが、皆の決断に一番影響を与えるだろう言葉を発する。


「食べるのよ」

「「「「……」」」」

「人を攫って、殺して、食べる。その為に襲うの」


 彼女を除く全員が息をのむ。そして、伯姪がぼそりと呟く。


「……本気で狼みたいね」


 貴族の狩りは娯楽の一つだ。自分が狩らずとも飢えるわけではない。しかし、狼の狩りは違う。自らの生を繋ぐために狩りをする。森の中に潜み、狩りをする歪んだ人間は、非力であり罠を作る知恵もないので……人を狩ることを選んだ。そういうことなのである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る