第678話-1 彼女は『貴種』の強さを知る
先住民の『墓地』の後に建てられた城塞。
ボコボコと地面からスケルトンの軍勢が現れる。恐らくは、戦士であったろうか、生前の装備を身につけた者も散見される。とはいえ、盾は朽ちており金属の補強部分だけが残り、剣もいびつな形となっているのは錆びたからだろうか。あるいは、最初からそうした形を好んだのかもしれない。
スケルトンの発生。この城塞の周辺には空堀や土塁が巡らされているが、その外にスケルトンがあふれ出せばノルヴィクの街の住人に被害が出る。既に城館で働く使用人にも怪我人や死人がいるかもしれない。
「外は大丈夫かしらね」
「問題ないわ」
『猫』を通じ、彼女は周辺の状況を把握していた。灰目藍髪は城塞に向かう前に、使用人に逃げるように触れて回り、スケルトンの姿が中庭に見えたのをきっかけに、三々五々避難し始めたという。
とはいえ、数を増すスケルトンから逃げきれないと判断した者に対して、伯姪は城塞に逃げ込むようにと大声で命じた。城塞の壁の上から『猫』が見た物は、周辺の地面からわき出すスケルトンの大軍であったという。
「問題ないのでしょうか」
「雷魔術で一掃します」
人間よりも、魔力で操られているスケルトンを倒すほうが容易である。装備を整えて馬で突撃するには、この城の中庭は広さが足らない。幾つか家屋が建っているから馬で疾走するわけにもいかない。ミアンの一騎駆のような真似は不可能だ。
故に、『雷刃剣』で一掃する。
すっかり、萎びた吸血鬼に止めを加える。オリヴィに目を向けると黙って頷かれた。
DANN!!
『グフゥゥゥ……』
空気の漏れるような音を立て、萎びた吸血鬼の首は沈黙する。
残る二体、その表情は険しい。
「さて、どちらが生き残るのかしらね。早い者勝ちよ」
彼女の乱入で話が止まっていたのだが、『誰を残すか』について話をしていたようだ。『コンラート』『ユンゲル』のどちらを残すか。それは勿論、ユンゲルなのだが。
「我々はどちらでもよいのです。そうですねヴィ」
「ええ。協力してくれるならね」
と話を合わせるオリヴィ主従。
『解った、お、俺を残せ。知っていることは何でも話すぅぅ!!』
『コンラートぉ! 貴様ぁ!!』
コンラートは恐らくユンゲルの兄。コンラート・ユンゲルが正式な名前であったのだろう。この男も元は駐屯騎士総長、ユンゲルの前総長に当たる。吸血鬼として行動を共にする以前から、ユンゲルの行いについてはそれなりに知っているのだろう。
『ウリッツここまでだ。さらばだ!!』
兄より優れた弟はいねぇとばかりに決別を言葉にする。先に吸血鬼となったのはウリッツ・ユンゲル。その後、コンラートも吸血鬼化したのだろう。主従関係ではなく、同じ吸血鬼に仕えていると考えても良いだろうか。
そう考えると、先ほど処分した吸血鬼の親が誰であったのかも気になる。それは、この兄弟のどちらに聞いても問題ないだろう。恐らく『親』が違う。
吸血鬼となってから一度も感じたことのない恐怖。戦う相手が怯えることはあっても、ユンゲル兄弟が怯えることはなかった。吸血鬼の力は人を圧倒し、そして、多少の魔力持ちの攻撃も受け流し、躱し、そして圧倒的力で叩き潰し、自らの『糧』としてきた。
戦場で目立てば必ず自ら『魔力持ち』が現れる。探すまでもない。そして、ほどほどに魂を喰らったなら、力を蓄え適当な所で戦を終える。騎士として傭兵として戦場を作り、戦場で魂を狩る。
今回も、連合王国で戦を起こし、魂を狩る簡単ないつもの仕事のはずであった。ところが……
「だそうよ。団長様。それでいいのよね?」
「早く決めないと、焼いちゃいますよ。それ!」
進み出たビルが、ユンゲルの足に剣を突き刺す。対した痛みではないとユンゲルがたかをくくった瞬間、青白い炎によりその足が炭化する。
『ぎぃぃぃ……』
声にならない声を上げるウリッツ。室内は肉を焼き過ぎた焦げ臭い何とも言えない状態となる。
「こっちの足もいりませんよね」
『ま、まて、まてま・ぎゃああああああぁぁぁぁぁ……』
足が二本とも炭となり、再生も始まらない。小さな傷、あるいは斬られた程度であれば簡単に繋がるであろうが、丸々完全な再生には時間がかかる。一瞬の再生は「神の奇蹟」レベルでなければ難しいだろう。そして、吸血鬼に神の奇蹟が起こるはずもない。
「さて、あなた達のご主人様を教えてもらえる?」
「できればどこにお住まいか、休眠中かどうかもですね」
オリヴィ主従が彼女に一体の吸血鬼を殺す事を許したのは、二体を競わせやすくするためだったといことだ。
『わ、わかった、お、教える』
『いや、俺こそが、俺が教えるぅ!! いや、言わせてくださいぃぃ!!』
二体は競い合うように自らの『主』について話し始めた。
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聖征の時代、聖王国は聖王都を護り周辺に御神子教徒の諸侯が守る支配下の都市を有していた。とはいえ、それは最初のころだけである。
サラセンに有力な将軍が現れ、乱れていたサラセンの諸侯がまとまりを見せるようになると、内陸の諸都市は次々と攻略され聖王国の領地は聖王都と海からの支援が受けられる内海東岸の諸都市だけとなっていった。
聖王都が陥落した時、聖王は既にサラセンの捕虜となっていた。とはいえ、聖王の血統はこの王により継がれているのではなく、前聖王の姉を妻としたことで聖王となれた。
とはいえ、元は聖征に参加したネデル・ランドル当たりの騎士の家系の王であるから、異教徒との戦いに前のめりとなり、戦に出て聖王国軍は全滅。そして自らは捕虜となった。
「話が長いわね」
「はい。いつになったらこ奴らの主がでてくるのでしょう」
『か、簡潔に説明する』
『も、燃やさないでくれぇ』
吸血鬼となった二人には、騎士としての誇りなどないのだろう。あれば、自らの欲望に忠実である『吸血鬼』のような魔物になろうとは思わない。
そういう意味では、吸血鬼は「強い」。自分より弱い者から搾取をし、強い者には媚びへつらう。とはいえ、人間だってそういう者は多い。余程の実力あるいは身分がない限り、誰もがそう振舞うものだ。
元が人間であり、その在り方を余り変えていない分、吸血鬼はある意味『強か』であり『強い』と言えるだろう。『貴種』となれば、吸血鬼の中では貴族のようなもの。『真祖』は『王』に当たるのだろう。
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