第677話-2 彼女は吸血鬼と手下を叩きのめす

『主、不味い状態となりました』


 彼女が死体を回収しているところに『猫』が飛び込んできた。


「どうしたの? 他に傭兵が残っていたのかしら」


『猫』は「もっと悪い事です」と答える。『猫』の後を追い、大広間から外に出る。すると、城壁の上から何かが城内に落ちてくるのが見て取れる。それは、白い何かに見える。


「……スケルトン……」

『はい。アンデッドの群れです。ただのスケルトンは数百、武装している戦士が十数体はおります』


 ミアン防衛戦で戦ったアンデッドたちがここにも現れた。先住民の聖地であり墓地。眠っていたものを起こした奴がいる。


 オリヴィが囲まれても問題は少ないだろう。吸血鬼の討伐に影響が出るのはもう少し先になる。彼女は、一先ず二手に分かれることにする。


 薬師娘二人を呼び、抱き合うカップルと共に城塞に立て籠もるように指示をする。恐らく、上階であれば階段を使って防御戦闘を行うことができるだろう。二階に登って攻撃路を制限すれば、時間が稼げる。最悪は、魔力壁で城門楼辺りに移動し立て籠もっても良い。


「急いで」

「「はい!!」」


 碧目金髪が「そういうのは後にして、死ぬよ!!」となんの配慮もない言葉を叩きつける。その気持ちは良くわかる。


 城塞に向かった四人を確認し、次々と敷地に入り込むスケルトンを横目に、彼女は『猫』を伴い奥へと突入した。





 扉を開ける。魔力走査をすると、強い魔力が二つ、その半分の魔力の者が一つ、そして、か弱い魔力が二つ確認できた。既に劣後種の吸血鬼は討伐が終わり、貴種とその側近吸血鬼三体が残っているのだろうと推測する。


『何をどうするんだよ』


『魔剣』は何か嫌な予感を感じる。オリヴィとビルが吸血鬼を追い詰めているのであれば、彼女が加わることでバランスが崩れるのではないかと思うのだ。


「大丈夫よ。今回はこれを使うつもりだから」


 魔装扇を仕舞い、魔装拳銃と彼女の魔力の籠った弾丸を込める。そして、弾丸はやや小さめのものを三発込めた。


『散弾か』

「そうよ。室内なら、小さな球を複数命中させた方が、ダメージになるでしょう」


 いちにのさん、で室内に飛び込み、正面の髭吸血鬼に魔装拳銃を放つ。


 POW!! 


 気の抜ける発射音、しかしながら、5mほど先で身構えている吸血鬼の胴体に、吸い込まれるように三発が着弾し、引き絞るような叫び声が聞こえる。


「いきなり撃たないで!」

「いえ、アリーの弾丸は特別製ですからヴィ」

「えっ」


 体に空いた穴から、本来であれば弾が押し出される程度の回復を見せる吸血鬼が、開いた穴から血と煙を噴き出しながら転げ回っている。


『いってぇぞおぉぉ!!』


 目が赤く変色し、耳がとがり、犬歯が伸びすっかり吸血鬼としての体面を隠せなくなっている。そしてPOW、POWと二度の気の抜ける発射音。弾丸が側近二人の体に吸い込まれる。ユンゲルより一回りは大きな穴が体に開き、血と煙が噴き出す。


「これは、予想以上のダメージですねヴィ」

「そうね。その弾丸だけで、十分な拷問になるみたい」


 聖性を帯びた魔鉛の弾丸with屑魔石入り。弾丸の纏う彼女の魔力が完全に消費されるまで、吸血鬼は自らの指で弾丸を摘出することも、回復再生の力で押し出す事も出来ない。


 体内の弾丸が、吸血鬼の体を傷つけ続けるのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 手足なら正直、自ら叩き切るなり処分することでダメージを押さえることもできたであろうが、胴体ではそうはいかない。必死にほじくり出そうと、開いた穴に指を突き込むものの、指がけがをしてしまう。尚且つ、その怪我の再生も幾分遅い。


「ねえ、これからこの弾丸と魔装拳銃、定期的に購入したいわね」

「魔鉛の延棒と交換であれば、喜んで提供しますよ」


 オリヴィは帝国内にコボルドが管理する表向き廃鉱山と思われている魔鉛・魔銀鉱山を持っている。魔銀はともかく、魔鉛は銅に転換して魔黄銅を作るくらいしか役に立たない。


 魔銀鍍金の普及しているリリアルでは、魔力を帯びた弾丸として利用する使い道があるので、オリヴィにとっても悪いはなしではない。


「それで、この後どうしますか。既に、傭兵は全て処しましたが」


 その声を聴いて、吸血鬼たちが俄かに動揺する。


「嘘は止めろ」

「はは、はったりはよせ」


 二人の側近吸血鬼が表情を作り、彼女に言い放つ。しかし、彼女は呆れた顔を作り、答える。


「たかが吸血鬼の分際で、何を言っているかしら。集団で弱い者いじめする程度しか役に立たない帝国傭兵なんて、私一人でも百人くらいどうとでもできるのよ。そんな事も判らないのかしら」

「流石、『妖精騎士』ですねヴィ」

「ええ。雷の精霊の加護持ちなんでしょ? あなたの魔力量なら、百人くらい何てことないわよね」


 彼女の言葉の尻馬に乗り、オリヴィ主従もさらに吸血鬼をあおる。最初に反応したのは優男である。


『……妖精騎士……もしかして、リリアル男爵』

「聖都でお見かけした時は、ご挨拶も出来なかったので改めて。ついでに、よけいなことかもしれないけれど……」


 そう言うと一呼吸おいてこう告げる。


「笑顔もせりふ回しも芝居がかっていて胡散臭いのよあなた。そういうのは、相手を見てしなさい。それと、魔力の上回る相手に魅了は効かないのよ、知らなかったのかしら」

『……』


 優男コンラートの顔が歪む。


 そのまま、忌々しげに睨み付けるマッチョ吸血鬼のベルナーの肩口から魔力を纏わせた魔装拳銃を思い切り叩きつける。


『ぎゃあああぁぁぁぁ!!!!』


 メイスで叩き潰されたとしても、吸血鬼であれば回復は難しくない。しかし、聖性を帯びた彼女の魔力を流し込まれると、それもままならない。回復しない若しくは、痛みが続きゆっくりとしか回復しない。痛み・怪我とは縁遠くなった吸血鬼の体に、ダメージが蓄積していく。


 吸血鬼となって、他人の魂を糧に体をつくったとしても所詮は紛い物。身についた力とはならない。シュウシュウと音を立て、マッチョであったはずのベルナーの体が病的にやせ細っていく。


「なにあれ、ずるい」

「聖女のお力ということでしょうか」


 魔力量でも魔術でも、勿論体術剣術でも彼女はオリヴィに遠く及ばない。彼女の祖母と同世代……と言われる帝国周辺で培った人間関係だって彼女には無い。


 ただ一つ勝っているのは若さ……ではなく、王都と王家と王国を想う気持ちだけである。護るという強い思いと、それを頼む人々の思いが彼女に聖性をもたらしている……と思われるのだが、『雷』の精霊の加護の影響かもしれない。


 雷の精霊『タラニス』は陽光の精霊であるとも言われる。


 陽の光は吸血鬼に対して特別ダメージを与える要素でもある。その力を纏った魔力を体内に注ぎ込まれたのならどうなるだろうか。


「まるでミイラね。どっちも死体なんだけど」


 彼女の魔力を注ぎ込まれ、体内から焼かれるように激しく反応した元マッチョ吸血鬼のベルナーは、今では本来の姿であるのだろうか、萎びた老人の姿へと変貌していた。




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