第676話-2 彼女は『魅了』を知る

 すっかり日も暮れ、室内には小さな蝋燭の火がともされる。ランプではないところが金がかかっているのか、あるいは魔石のランプが希少品なのかはわからないが。


「では、参りましょうアリー」

「ええ。楽しみですわ」


 どうやら魅了担当は『コンラート』という名の騎士である。にこやかな笑みを浮かべ、優しげであるが、その胡散臭さは王太子並みである。


「アリー嬢は、こうした式典は初めてでしょうか」

「……このような形では初めてです」


『女主人』のような形での参加はない。自分の為の式典には、何度か参加したことがある。大変不本意なのだが、新たな爵位を賜ったり、副元帥に叙された時などは、当然人を招いてお披露目しなければならない。父子爵や姉婿との関係でつながるニース辺境伯なども面目に関わる。


 勿論、爵位を授け副元帥に任じた王家に対しても、盛大に祝わなければ不敬であると叱責されかねない。貴族は面子商売なのである。


 それは傭兵団も同様であり、名を売り勝ち戦に参加し、数を揃えて高く売りつける必要がある。有利な契約を勝ち取り、自らが主導権を握り戦争に参加しなければ、損失を押付けられ契約内容を踏み倒されても文句が言えない。


 そういう意味で、馬上槍試合優勝の意味は、傭兵団にも契約者であるノルド公にも大いに意味がある……はずであった。ノルド公は既に、俎板の上のニシンである。


 今の段階で騒ぎが起こっていないことを考えると、祝勝会の最中に伝令が来るかもしれない。とても楽しみである。


 一先ず、ロッドの二人は動揺を表に出さずに、魅了に掛かったふりを継続できている。彼女はそれとなく自身の存在をほのめかしたことも有効に作用しているであろう。


『妖精騎士』は連合王国でもすでに名を知られており、王国内の教会でも『聖女』として、王国を侵そうとする魔物や悪党を討伐する存在だと……物語や芝居を通じて知られている。


 何でも、リンデにおいては王都以上に人気の演目らしく、悪い海賊を叩きのめす題目が最近では話題になったという。田舎には、巡業の芝居や、旅の吟遊詩人が酒場などで物語を語るのだという。


 どうやら、竜を討伐したり、人攫いの村を探し出し攫われた人を助け、村を襲った吸血鬼とその配下の喰死鬼を滅ぼしたり、また、巨大な小鬼や醜鬼の群れを討伐したりするのだ。


 全部実話です。




 ホールへと降りると、彼女の登場にわっと歓声が上がる。貴族の御姫様? を間近で見る機会など、傭兵達にはまずない。貴族の前では頭を下げ続けるからだ。


 すると、ガシャリと正面の大扉が開き、主役が登場した。背はそれほど高く無いが中肉中背、見事な顎髭と口髭を生やしている。年齢は四十手前ほどであろうか。『戦死』とされた年齢が五十前後であったので、年相応に外見は老けたようだ。


 目の前のコンラートは、恐らくかなり若返っている。それは、この男の名前がユンゲルの兄の名であり、ユンゲルの前任の騎士団総長でもある。肉体のピークが兄は若い時期に来たのだろう。どう見ても、一回りは若く見える。


 すると、人の塊が割れ、中からジジマッチョを若くしたような男が現れる。恐らくは今一人の側近吸血鬼であろう。魔力量が多い。


「おお、いい女だなコンラート」

「失礼だぞベルナー。申し訳ありませんアリー嬢」


 彼女は首を横に振り、軽く会釈をする。


「ホントに貴族の娘なんだな」

「勿論だ。魔力のある平民だって、こんなに淑女に振舞えるわけがない。ですね、アリー嬢」


 ほほほと日頃使わない「令嬢」っぽい笑い声を立てる。当然、顔は魔装扇で口元を隠している。


「まじ、令嬢だな。扇だって、かなり良さそうなもんだよな」

「……品定めするだけでなく、思ったことを口にするのは止めなさい」

「はは、申し訳ない。気を悪くしたなら謝る」

「いいえ、お目が高いのですわねベルナー様」

「だろ!!」


 うん、脳筋だ。間違いない。交渉・魅了担当のコンラートに、戦闘・教育担当のベルナーといった役割分担なのだろう。この後スタッフでおいしくいただきました、担当とも言う。


「いいから、隊長の所にアリー嬢をお連れする」

「わかった!! おい、路を開けろぉ!!」


 人垣がさっと分かれて、ユンゲルの立つ場所まで路ができる。二人にエスコートされ、彼女はユンゲルの所へと向かう。


「ホスト役がいないのではと思って心配したぞコンラート」

「ホステス役のアリー嬢をお迎えに行っておりました。アリー嬢、ゼルトナー団長だ。ご挨拶を」


 伯姪たちも正面の扉から入場してきたのが見える。恐らく今、目が合った。


「始めまして団長閣下。アリーと申し……」


 二たび大扉が、今度は大きな音を立てて開かれる。そこには、二人の兵士を伴った、騎士風の姿の男がやつれた顔で立っていた。


「何事だ!! 祝勝会が始まるんだぞ!!!」


『酒が飲めるぞ!!』と勢い込んでいたであろうベルナーが、忌々し気に一喝する。


「だ、団長に至急の伝令です!!」


 やつれた騎士を促す兵士、よろよろと進んだ騎士が、団長に手紙を渡す。縋訳内容を確認したユンゲルが、二人の側近に耳打ちする。顔を見合わせた二人。


「団長と幹部は少々打合せすることができた! 各小隊長と中隊長はこの後団長室へ移動する。それ以外は、飲み始めてくれ!!」

「「「「おう!!!」」」」


 ユンゲルに側近二人、加えて四人の小・中隊長が奥へ移動しようとしたその瞬間、バン!!と盛大な音を立てて扉が開く。そして……


DANN!! 


DAN!!DAN!!DAN!!DAN!!


 建物の窓が土の壁で塞がれていく。やがて、外に出るには正面の大扉以外、方法が無くなってしまった。はず。


「今晩わ、皆さん。今宵は皆さんに出会えてとても嬉しいです」


 オリヴィとビルが現れた。魔術師のような風体の女と、長身赤みがかった金髪の美丈夫。誰かが『灰色乙女』と呟く。


「知ってる人もいるようなので、一応自己紹介しておきますね。帝国の星五冒険者オリヴィ=ラウスと相棒のビルです!! 今日は大変残念なお話をお伝えしなければなりません」


 しくしくとどこか姉のような言い回しで傭兵達を挑発するオリヴィ。姉の悪い影響を受けているに違いない。王都ではよく遊んでいるという話だ。


「今日、ここで幹部の皆さんが討伐されるので、この傭兵団は解散となります!!」


 そんな事だろうと思っていた。既に、リリアル勢は武装を整えている。ビルも剣を抜いた。ここで彼女もバリバリとドレスを切裂き、動きやすい長さに整える。


「二人は壁際でしゃがんで小さくなっていて頂戴。これから、立ち廻りが始まるから」

「「……」」


 固まった後、小さく頷くとよろよろと付き人女子二人は壁際へと移動した。


「ノルド公と親衛隊? は幹部も含めて全部討伐しちゃった。ほら、こんな感じだよ!!」


 魔法袋から、首と胴の離れた吸血鬼の死体が放りだされる。驚きで声も出ず、へなへなと腰砕けにしゃがみ込む者もいる。そもそも、祝勝会に帯剣して出席している者などいない。精々、護身用のダガー程度である。つまり、丸腰で、魔術師を相手にしなければならない。それも、帝国最高峰の化け物魔術師とその護衛役の剣士である。

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