第675話-2 彼女は敢えて攫われる

 領主館のような建物の奥、二階に通される。どうやらここは、この城塞の所有者の個人的空間であるようだ。王家の城塞としてあるいは一時的には「王宮」として建築された関係から、時代がかってはいるものの王妃用の居室に案内されたように思われる。


「「ようこそ、お嬢様」」


 使用人の格好をした若い女性が二人、その部屋で待ち構えていた。魔力を持たず、また貴族に仕えているというよりも、使用人教育をされていない平民が、貴族の使用人の服を着て待っていたというところのようだ。


「この二人が、お嬢様の面倒を見る。先ずは入浴、そしてお着換えだ。頼んだぞ」

「「はい」」


 その声は平たんであり表情も変わらない。


『おい』

「分かっているわ」


 恐らく、吸血鬼の『魅了』により使役された女性。もしかすると、ロッド出身の失踪者のうちの誰かかもしれない。


 取りあえず、巡礼服からドレスに着替えなければと彼女は考えるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 二人掛りで、頭のてっぺんからつま先まで香油を垂らしたお湯を張った浴槽で洗われ、貴族の令嬢にすっかり戻った気になってしまう。


『本物の子爵令嬢だろお前』

「この国は、子爵ってあまりいないのよね。公爵か伯爵の息子が持つ爵位みたいね」


 **公爵が**子爵の爵位を持ち、公爵の後継者がその子爵位を名乗るのが通例であったりする。複数の都市あるいは領地を持つ伯爵が、自分の代理である子爵を息子・弟などに与えたのが始まりだと言われる。


 帝国の場合、重要な拠点に配置される城伯がそれに相当する。


 子爵が珍しいこの国では「子爵令嬢」と名乗るわけにいかないので、「貴族の娘」で言葉を濁す必要がある。


 髪と体を沢山の布を使い拭き上げられ、体に香油を刷り込まれる。入浴したばかりなのだが、これも様式美なのだろう。二人の女性は、瞳孔の開いた眼で無表情に次々と彼女を仕上げていく。


 ビスチェは魔装のそれを用い、ストッキングも魔装のものを着用する。ドレスを着て、魔装の手袋、魔装扇、そして、魔法袋とスティレットをブーツの中に押し込んだ。


『足元それでいいのかよ』

「どうせドレスで足元は見えないわよ。カーテシーだってしないでしょうから、問題ないわ」


 世話役二人には、靴のサイズが合わなかったで済ませた。





 着替えが終わり、軽く座りながらお茶を頂く。さて、『魅了』をどう解くかである。


「『魅了』を解くにはどうすればいいのかしらね」

『お前の魔力を手を繋いで流し込んでみろ。多分、弱い魔力が上書きされて、効果が解消されるんじゃねぇの』


 魅了は、相手がある程度警戒していない状態でないと掛からない。恐らく、偶然を装い親切にされ、そのまま『魅了』を掛けられ馬車にでも載せられて来たのだろう。


 馬上槍試合で優勝するのは大前提。それに合わせて、街に来る若い女性、それも敬虔な御神子教徒を狙って確保したのだろう。ケーキがこの女性たちで、その上に載るイチゴが彼女というわけだ。


『イチゴはイチゴでも、毒イチゴだけどな』

「いいえ、猛毒のイチゴよ」

『違いねぇ』


 そして、彼女は立ち上がろうと両の手を差し出す。左右にそれぞれの女性が手をとる。


 BATHINN!!


 静電気が走ったかのような音と魔力の輝きが腕から二人の女性へと流れていく。一瞬体を跳ね上げたのち、目が自然な形へと戻る。


 硬直したままの二人に彼女が「大丈夫ですか」と声をかける。


「あ、あの私たち……」

「ここはどこでしょう。あなたは誰!!」


 使用人の格好をしたお互いを指さし、やがて口々に彼女に質問をし始める。


「私は巡礼の者で、少し魔力があります。貴族の娘の端くれなので、この城にいる傭兵隊長の祝勝会のホストを頼まれています。お二人はその介添のような役割だと思います」

「「え」」


 二人は、ノルヴィクの街に来て誰かにあってそこから先、記憶があやふやなのだという。


「二人はロッド出身ですか」

「はい」

「そうです」


 彼女はロッドからノルヴィクに来たとされる若い男女十人ほどが行方不明となり、事件となりつつあると伝える。


 どんな感じで声を掛けられたのかも記憶があやふやで、食事に誘われ何か仕事を手伝ってくれと言われたところまでしか記憶がないのだそうだ。


「一人でノルヴィクには来たのでしょうか」


 彼女の問いに段々と意識がはっきりしてきたのか、あるいは、不安が大きくなってきたのか徐々に取り乱し始める。どうやら、恋人ないし異性の友人と訪れたようなのだが、その男性がどうなったかも記憶にないのだそうだ。


『餌にされたか、魅了で操られて何か作業させられているのかだろうな』


 彼女も『魔剣』の考えに同意するが、口にする事はない。


『主、吸血鬼の居場所は確認できました』


 別行動であった『猫』が屋根伝いに近づいてきた。


 窓の外を見るふりをして、小声で『猫』に話しかける。


「この部屋の女性の連れの男性がいるみたいなの。『魅了』で操作されてどこかで作業か収監されているとおもうの。安否と居場所の確認をお願いできるかしら。それと、似たような『魅了』の影響を受けている人も確認をお願い。一時間くらいでね」

『承知しました』


 外の様子を見ると、既に鍛錬の時間も終わり祝勝会の時間まで思い思いに時間を潰しているようだ。こうしてみていると、騎士団と変わらないように見えるのであるが、片や秩序の護り手であり、片や破壊者である。


「さて、このドレスもどこかで脱がないといけないわね」

『人前で素肌を晒すのはどうかと思うぜ』


 彼女は、一先ず、貫頭衣と魔装布のフード付きマントで戦おうかと思っている。ついでに言えば、顔は面貌でかくし、頭は魔銀のティアラで護ろうと考えているのである。


「偶には有効活用しなければね」

『デビュタント以来か、ティアラは。ホストとしては良いんじゃねぇの』


 等と適当なことを『魔剣』は言う。魔法袋からマントとティアラ、そして、魔銀のロザリオを身に着ける。これも立派な装備となる。彼女が魔力を纏ったのであれば。





 夕陽に白い石の城門楼と城塞が輝く頃、猫は戻って来た。


 恐らく、地下の監房に数人の男性と、二人の女性が収容されているという。そのうち、女性は半死半生であり、かなり衰弱しているようだという。


『全員魔力持ちではありませんが、敬虔な御神子教徒のようです』


 彼らは、小さな声で神に祈りを捧げているのだという。そして、二人ほど『魅了』を受けた女性が他にいるという。


 そろそろ祝勝会に呼ばれるはずであったフラム城の吸血鬼が消えた事について、本体から連絡が入る頃だろうと、彼女は考えていた。


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