第675話-1 彼女は敢えて攫われる

 三人の傭兵が彼女を囲むように立ちふさがる。その姿を見ているのか見ないようにしているのかはわからないが、通行人が小走りに背後の大通りを通過していく。


『見て見ぬふりかぁ』


『魔剣』の呟きに彼女は「仕方ないでしょう」と内心答える。如何にもな衣装を着た傭兵が三人いて、「ちょっと待ったぁ!」と割って入るような人間が早々いるはずもない。


 そもそも、冒険者もいないような場所で、それなりに訓練を受けた傭兵相手に彼女を庇うはずもない。彼女が一般女性なら、宿に押し入ってでも攫うのだろうが、ノルヴィクでも相応の高級宿屋に押し入るのは、後で面倒ごとになるだろうと、外で待ち構えていたのだと思われる。


「何ものですか!」


 と、いつもより高めの声で必死に一喝しました感を出す。


「何者かって見りゃわかるでしょうお嬢様」

「卑しい傭兵でございます。どうか、お話を聞いていただけませんでしょうか」

「馬車がもうじき来るので、それに大人しく乗ってもらえますでしょうかお嬢様」


 ニヤニヤと笑いつつ、彼女は必至に視線で周囲を探るような振りをする。焦っている演技も中々難しい。


『お前、慣れてねぇからなぁ』


 そのわざとらしさが、かえって挙動不審になっているのだと傭兵達は判断したようだ。そこそこ立派な箱馬車が小径を塞ぐように横付けされ、扉を開いて彼女は馬車の中へと押し込まれた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ほぼ、窓は板で塞がれ、いくばくかの空気を通す格子があるだけで、外の様子は全く分からない。但し、『猫』は屋根の上を走って、馬車に並走していることが魔力の感覚でわかる。


 因みに、馭者は弱い魔力持ち、三人の傭兵からは魔力が感じられない。つまり、吸血鬼でもなく下っ端兵士なのであろう。今すぐ、素手で首の骨を折れるくらいの強さだ。


『最近、この手の普通の悪党の相手をしてねぇな』


 リンデでは白骨宮の帰りに襲われたが、あれは悪党と言うより雇われ貧民である。その前は、巡礼狩りの領兵たちだったか。


――― 意外とヤッている気がする! そうでもないぞ


「どこに連れて行くつもり」

「お城だよ。この街にあるお城」


 やはりノルヴィク城かと合点する。サイコロのような真四角に見える小高い丘の上にある城塞は、街のどこからも大体見てとれる。


 小高い丘から川岸までを半径として、ぐるりと円形に外壁を巡らせたのがノルヴィクの街壁であろうか。


「そこで、誰と会うのかしら」

「ああ、聞いて驚け、先日、リンデで行われた女王陛下主催の……」


 もう百回は聞いたと彼女は内心毒づく。どうやら、凱旋祝勝会があるので優勝した傭兵隊長を迎えるホスト役を頼みたいというのだ。強引にもほどがある。


「私にも予定があるのですが」

「いや、祝勝会が終われば、馬車で宿までお送りする。あなたは、隊長の横でドレスを着て微笑んでいてくれるだけでいい」

「そうそう。衣装も用意するので、ちょっと胸は詰め物をしなけりゃならないかもしれないが、満足してもらえると思う」


 詰め物話だけで大不満である!! ふざけるなぁ!!


「こっちから、宿屋には連絡しておく。だから、気にしないで良い」


 代わる代わる三人に宥めすかされ、最後は渋々了承したという態で黙り込む。


『まあまあだな。六十点』

「……点数が辛口ね」


 ガラガラと音を立て、斜面を馬車が昇っていく。恐らく城門に至る石橋を渡っているのだろう。敷石で振動が大きくなる。


 時間はまだ午後早い時間。昼食をとってから一時間程だろう。主役が吸血鬼の祝勝会が明るい時間に始まるわけがない。あと数時間は、時間があると見て良いだろう。


 城門楼で停止し、馭者が何か話している。こんこんと扉が叩かれ再び馬車が動き出す。


 再び馬車が止まり、ガシャと大きな音がする。外鍵が開けられたのだと彼女は判断する。


「さて、この後体を洗って、着替えて軽く食事でもして待機してもらおう」

「祝勝会まではまだ時間があるから、ゆっくりしていてください」


 丁寧なのか粗野なのか分からない対応をされる。馬車を降りて周りをグルリとみまわすと、四角い石造りの城塞が後方にあり、城門楼がその横にある。前方には、大きな二階建ての領主館のような建物、ぐるりと敷地を取り囲む城壁には、数か所の見張塔があり、壁際には二階建ての宿舎が建つ。宿舎の後ろ側の壁は城壁と兼ねているのだと思われる。


「こちらへどうぞお嬢様」

「おじょうさまだとよぉ」

「「「ぎゃはははは!!!」」」


 王都では、間違いなくお嬢様扱いされる身分の彼女なのだが、傭兵からすれば嘲笑しているつもりなのだろう。


「彼奴ら皆殺し確定ね」

『……沸点低いな。まあ、傭兵なんて生きているだけで害悪だから、別にいいんじゃねぇの』


 帝国傭兵はネデル・神国・連合王国で主に雇用している。王国は山国傭兵を祖父王時代から常備の兵として一定数雇用しているので、帝国傭兵は大体敵なのである。


 帝国の傭兵が全て帝国人ということはなく、当然王国出身や連合王国出身の者も含まれている。指揮官が拠点を構えているのが帝国であるということなのだ。


 

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