第九幕 ノルヴィク
第674話-1 彼女は一先ず商業ギルドへ向かう
「あー 良く寝ましたぁ」
「スッキリですわぁ」
今日から明日にかけ、吸血鬼討伐で大忙しとなるであろうことから、この野営はしっかりとした休息をとることが目的でもあった。
「昨晩、下見に来ていたわ」
「はい。吸血鬼らしき魔力持ちが一体と、そのつれですね」
「「ええっ!!」」
碧目金髪と赤毛のルミリは恐怖を露わにする。
「大丈夫よ、攫われるのは……」
「私なのだから。みんなは、まとまって行動。特に二人は、宿屋の部屋から出ないようにね。食事はあなたが運んであげて」
「わかったわ!」
宿の者のフリをして部屋に入ってくる可能性もある。魅了を利用するかもしれない。若い女巡礼者は、魔力が無くても良い売り物になるからだ。
「宿は巡礼宿ではないところに泊まりましょう」
「ええ。昨日のうちに、オリヴィが探してくれているでしょうから、一先ず商業ギルドで合流するわ」
馬車を収容し、水魔馬を小型にする。巡礼なのだから徒歩で移動する。というより、馬車の場合入場するのに手間がかかるからだ。荷検めや、入場税も余計にかかりかねない。馬車目当ての盗賊もいるだろうから、余計なことに巻き込まれたくないのだ。
「マリーヌは奪われても問題ないしね」
「ええ。恐らく、自力で撃退……いいえ捕縛までするでしょうか」
水魔馬は、水の精霊として精霊魔術を駆使するのだが、純粋な水の精霊である『オンディーヌ』とは異なり、水草のような土系統の要素を加えた魔術を行使する。
例えば、捕縛に使用できる『
また、『
固有の特殊能力としては、対象の姿移しの変化を行う事も可能だ。故に、『身代わり』となることも可能。但し、話したり同じように行動することは難しい。あるいは程度によってはできない。
野営地を撤収し、朝早くにノルヴィクへ到着する。入場する者はまだ少なく、様子から見ると近隣の村や町から食料などを納品する者のようである。これは、顔見知りなのかあるいは通行手形があるためか、審査が簡単でスイスイと進んでいく。
「まて、お前たちは……巡礼か」
「狩猟ギルドからの依頼で、商業ギルドへ書状を渡しに行きます。これが会員証、これが書状です」
「……お、ロッドからか。いいぞ」
一行は頭を下げ、ノルヴィクの街へと入る。どうやら、狩猟ギルドからロッドの街の仕入依頼書を届ける依頼を受けておいて良かったようだ。
そして、門衛とは別に、派手な衣装の武装した男たちが彼女達一行を凝視している事にも気が付く。一人が急ぎ足で離れていき、一行の後ろに二人の派手な武装をした男が距離を置いてついてくる。
いつもならフードを被るのだが、今日はターゲットとなるために、彼女は顔を晒している。正確には、茶目栗毛が軽装の剣士風の姿で、他の五人は巡礼風である。
「やっぱいたわね」
「ええ。あの野営地からなら、あの門に入場することは予想できるもの」
もしかすると、彼女と他のメンバーをそれぞれ別に攫うつもりなのかもしれない。魔力持ちと魔力なしでは、その後の使い道が違うと言ったところか。
商業ギルドに向かい、茶目栗毛が受付にロッドからの仕入依頼を渡す。
「お待ちしておりました」
商業ギルドの受付から、ものすごい勢いで感謝される。どうやら、最近ノルヴィクを訪れたロッドの住民が何人か幾人か不明になっているのだという。その為、ロッドの住民がこの街を避けているのだとか。
「なん人くらいですか?」
「若い男性や女性ばかり、十人くらいです」
特に危険な職業に就いていることはなく、ロッドの製糸工房や煉瓦工房で働く者であるという。休日にこの街に買い物などに来て、そのまま帰らないのだそうだ。
「駆け落ちかもしれませんね」
「そうね……一人二人ならそうだと思うんだけど」
大きな街なので、どこかにいつの間にか去っていたという若い男女は珍しくないのだが、ロッドの者たちはそういう浮ついた感じではないのだそうだ。
「あの街は特に信心深い人が多いですし、地元を大切にしているので、失踪とかは考え難いんですけどね」
古い聖地でもあり、街には働く場所もある。大きな都市にも近く生活しやすい。わざわざ、故郷を捨てて余所で暮らす必要もない。これが、原神子信徒同士で、宗旨が違う為に結婚できないというならともかく、ロッドの住民は全員、聖王会・御神子教徒なのである。
すると、そこにオリヴィとビルが現れた。
「首尾は?」
「上々よ」
「それは楽しみです」
オリヴィは、昨日既に六人分の宿を確保してくれているという事で、場所を確認し、彼女らは宿へと向かう。
一旦宿に入り、適当な時間に彼女が一人で街に出て……攫われるのだ。オリヴィ曰く、そこそこ良い宿であるし、人が失踪するような事件は起こしていないということだが、ノルド公の息のかかった傭兵団の協力要請という名の強制を排除できるとも思えない。
長生きしたいのであれば、長いものには巻かれなければならない。
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宿は、恐らく元は貴族あるいは富豪の館を改装したものだと推測された。馬房があり、馬車も止められる。三階建ての最上階をワンフロア貸し切りにしている。北部の富豪の敬虔な御神子教徒の娘が、侍女らを連れて巡礼に出ているとオリヴィは説明したようだ。
貴族の遣う主寝室と応接室、そして使用人の控室。同じ階には、従卒や供回りの大部屋が用意されている。食事は、宿で簡単なものを用意できるのに加え、提携している料理店からルームサービスとして夕食を手配することができるのだという。
一通り部屋を確認し、サービス内容を見ると、恐らく、南都や旧都にある下位貴族あるいは富裕な商人が利用する宿であると見当がつく。
そんな話をしていると、赤毛のルミリは「もっと上の身分の方はどうなさるのでしょう」と聞いてきた。
「ニース辺境伯閣下はどうされるのかしら」
「大抵、その地の貴族の城館の客になるわね。挨拶して食事を共にするし、家族同士を引き合わせたりして、社交をするわね」
王都から出ない子爵家ではわからないが、伯爵より上の身分であれば、その地を訪問して素通りというわけにもいかない。また、歓待しなければ、その地の領主も面目を失う。事前に承諾を受け、あるいは数日前に先触れをだして訪問することになるようだ。
「それより緊急の場合はどうなるのでしょう」
「そうなると、騎士団の駐屯地とかになるんじゃないかな。あるいは、王領の領主館・代官所あたりかもしれない」
先触れなしで食事と休息、馬の世話のできるところは限られている。主のいないであろう領主館・代官所、緊急時の対応に慣れている騎士団駐屯地の辺りなら、それに対応できるのだろう。とはいえ、高級宿と巡礼宿位の違いはあるのだが。
簡単な昼食を頼み、この後の段取りを確認する。
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