第673話-2 彼女はロッドの街を出る
一通り、囮作戦の話をオリヴィと行うも、誰を囮にするかで意見が分かれる。本来は、魔力量の少ない者で若い女……薬師娘かルミリが対象となる。とはいえ、ルミリに単独行動をさせるのは吸血鬼以外の問題もあり危険だし、それは碧目金髪も同様だ。騎士というよりも銃士である故に、対人戦を剣でしのぐのには自信がない。
「ここは私しかいないわね!」
ニ三年前であれば、伯姪も対象であったろうが、魔力量が順調に増え、魔力量で避けられる。人攫いや下っ端の吸血鬼では敵わないと思われるからだ。
当然オリヴィは無理だ。『灰色乙女』は帝国の近隣に名の知れた吸血鬼の天敵。容姿も知られている。
「リンデに来ているリリアル副伯が、こんな短期間でノルヴィクに来ているとは思われないでしょうし、貴女の容姿なら吸血鬼も目を止めるでしょうね」
黒目黒髪は魔力持ちが多い。そして、実年齢よりもやや幼く見える分、彼女は「連れ去りやすい」と判断されるだろう。
「けど、魔力量が溢れて……」
「隠せるわよ」
『気配隠蔽』の応用で、『気配希薄』を行使する。魔力を微量だけ周囲に漏らし、魔力はあるが少ないと思わせることができる。
「どうかしら」
「ばっちりですぅ!!」
「……確かに、少なく見えるわ。いいんじゃない?」
「ですが……院長先生自ら囮になるのは……」
灰目藍髪が反対の姿勢を示す。リリアル副伯自ら囮になるのは、立場を考えても避けてもらいたいのだろう。
「大丈夫よ」
「……大丈夫ですか」
「そう、私も心配」
オリヴィが灰目藍髪に同調する。
「だって、あなた一人で乗り込んで吸血鬼叩きのめそうとか思ってるでしょ!!」
高位の吸血鬼は戦闘力もさることながら、逃げ足が速い変化で蝙蝠や狼、あるいは霧となって姿を消す。『大塔』で出会った『貴種』は、聖征の最盛期にサラセンと戦った修道騎士団総長たちであったのでその特性を敢えて持たないか、使う選択肢を選ばなかったのだろう。
しかしながら、今回の相手『リッツ・ゼルトナー』こと『ウリッツ・ユンゲル』は異なる。
零落した帝国騎士の三男坊として生まれ、恐らく若い頃に吸血鬼として生まれ変わったのだろう。兄の伝手で駐屯騎士団に入ったのも、兄を幹部に押し上げ、その後自身も幹部となり騎士団総長となったのも自らの欲の為。
修道騎士団長が聖騎士としての役割を全うする為に、吸血鬼と化したのに対し、ユンゲルは吸血鬼として成長する為に聖騎士となった。そして、総長として大原国との会戦に参加し、戦死した態でその場を後にした。
駐屯騎士団が異民族狩りあるいは異教徒との戦いで魔力持ちの魂を得ることが困難になりつつあったからである。
「囮が単独でユンゲルの足を止められる程度の力が無いと逃げられると思うの」
「……それは……そうかもしれないわ」
「ええ、貴種は狡猾で逃走に長けています。恐らく、ユンゲルは駐屯騎士団時代の最側近である二体の従属種を従えています」
ビルはこれまでの調査から、その「側近」の可能性を危険視しているのだという。
「貴種には劣りますが、並の従属種ではありません。恐らく、この遠征は配下の二体の位階を引き上げる目的もあると思います」
従属種二体が『貴種』に昇格すれば、ユンゲルは安心して休眠期に入ることができる。幸い、連合王国には数々の放棄された『古城』が存在する。自らの城館とするために、騎士上りの下級貴族が拝領する。誰もが廃墟に金を払う元傭兵団を「物好きだな」程度にしか思わないだろう。
そして、廃墟となった城塞は元先住民の聖地であったり、所縁の土地である事も少なくない。『土』の精霊力も恐らくは高いと考えられる。吸血鬼にとって『故郷』と見做すのに不足はない。
「確かに、実質貴種三体を抑え込むのは、私では無理ね」
「「「……」」」
密かに討伐するにしても、三体同時には不可能だろう。三体を一箇所に集める程の『囮』を担えるのは、やはり彼女しかいないと考えられる。
「ユンゲルも、独り占めしないで幾らか血を分けようとすると思うのよね」
オリヴィは、魔力持ちの若い巡礼女の血ならば、相当「美味」だと吸血鬼は感じるだろうという。魂はともかく、血は最側近に振舞うくらいの器量を見せるだろうというのだ。
「なら、決まりね」
「決まりです」
「決まりですわぁ」
「……仕方ありません」
彼女の言葉に皆同意する中、伯姪だけは「配下の吸血鬼はこっちでいただくわ!」と謎の宣言をする。吸血鬼の睡眠中に狩り殺したのに、少々不満だったのだろう。いや、安全第一です。
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ノルヴィクの街の手前にある野営地で一泊する。この野営地においても、おそらく傭兵団の人攫い組が下調べをするのではないかと想定している。
『芸が細かいよなお前』
精緻な魔力操作には自信がある彼女。あまりに大きな魔力を持つオリヴィとビルはすでに先行してノルヴィクに入ってもらった。
他のメンバーは全員、気配隠蔽を行い魔力を隠している。
『主、下等な吸血鬼一体と傭兵が数人、こちらの様子を伺っております』
馬車の中で就寝し、不寝番をしながら周囲の様子を伺うのは茶目栗毛。それに気がつかれないように森の奥から監視する者がいるのを『猫』が発見し彼女に報告する。
「後をつけてちょうだい」
『承知しました』
側近以外にも数人の劣等種の吸血鬼がいると判断される。恐らくは、小隊長クラスだろう。戦場で『魅了』の効果を使えれば、戦いから逃げようとする兵士を上手く扱えるかもしれない。
吸血鬼の『魅了』の力は異性にしか使えないという話もあるが、この様子から察するに同性にも有効なようだ。ノインテーターの狂化もそうだが、魅了後からは勇者の加護に似ているかもしれない。
『勇者の加護』>『狂化』>『魅了』の順で効果は低いと思われる。『魅了』では、あくまでも吸血鬼に従うだけであり、能力の強化は伴わない。恐れがない分、実力を発揮できるのだろうが、実力以上になるわけではない。
『狂化』は人間の持つ恐怖心を打ち消し、潜在能力を発揮するものだが、反面、冷静さを失い力任せに戦うだけになる。駆け引きや罠といった計略に対して弱い反面、銃撃や軽傷程度では怯まず力任せに戦うので、互いに損害を大きくすることになるだろう。
殿軍などで使われれば、全滅する迄激しく抵抗され、返り討ちに会う可能性すらある。
「魅了はどの程度効果があるのでしょうね」
『さあな。まあ、喰死鬼にされても抵抗しないくらいの効果はあるんだろうぜ』
聖都近郊で討伐した傭兵団は、喰死鬼の兵士と傭兵隊長の部隊であった。魅了で言う事を聞かせたのだろう。兵士には何のメリットも無い、喰死鬼はいわゆる消耗品だからだ。
「さて、今回は劣後種の能力をしっかり把握しなければね」
『簡単に増やせる吸血鬼だろうからな。魔力持ちを騙して、手駒にされると王国でも面倒なことになる』
速やかに王宮に報告を上げ、騎士団や近衛、魔力持ちの冒険者に注意喚起しなければと彼女は思う。手軽に永遠の命を手に入れたいと思う者はいないとは限らない。魔力持ちとして全能感を感じた者が、一度躓けば劣後種でも吸血鬼になりたいと思うかもしれない。
彼女は「ダンボア卿は大丈夫かしら」と危惧するのである。
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