第673話-1 彼女はロッドの街を出る

 狩猟ギルドでは、ノルヴィクの商業ギルドにロッドの街で取り纏めた購入商品のリストを渡す仕事を受けることにした。


「凄い腕前なのに、勿体ないですね。こんな依頼を受けてもらうとは」


 とはいえ、ロッドの街の住人はノルヴィクにあまり近寄りたくないのだという。


「最近、ノルド公が帝国傭兵を沢山雇ったので、その人たちが多いノルヴィクには足を運ぶのを嫌がるんですよ」


 ノルド公の居城フラム城に主力はいるものの、中隊規模の部隊が街の中心にある『ノルド城塞』に駐留しているのだという。


「領軍とノルド公の騎士団だけで十分だと思うんですけど。北部遠征が近々あるとかで、その為の戦力を雇ったという事みたいですね」


 領内に、北部への遠征という形で軍を派遣することはすでに周知のことらしい。とはいえ、その軍が北部に進むか、南下してリンデ方面に向かうかはその後でしかわからない。


 緒戦の段階では、戦争慣れした傭兵団に先鋒を任せ、領軍と騎士団がその後に続くという形で展開するのだろう。行く先々で、略奪なども行うだろうし、開城交渉で都市から軍税を集める名目で金を集ることも傭兵の仕事のうちだ。手数料だってもらえる。


 



 ロッドの街は、水車を使った製糸・製粉が大きな産業のようで、ノルヴィクとは相応に関係がある。とはいえ情報はそれ程早く伝わることはない。例えば、傭兵隊長であるリッツ・ゼルトナーが馬上槍試合大会で優勝した話はまだ伝わっていないようだが、出場し優勝候補であるという話は聞いているらしい。


 そして、派手な姿の帝国傭兵がデカい顔をしてノルヴィクで行動しており、時に酒場や街中で、ノルヴィクの住人と面倒ごとを起こすのだという。故に、ゼルトナー隊長とノルド公の間で話し合いをし、今は監房として主に使われている『ノルヴィク城塞』に傭兵団の拠点を移したのだという。


 一見、街の治安の為のようであり、また、監房に傭兵が詰めることで叛乱など起こった際にも対応できるように思える。


「多分違うわね」

「ええ。人間牧場みたいなものでしょうね。血液を確保できるわ」


 医療環境も良くない監房で、囚人が死ぬのは珍しい事ではない。病気や、栄養不足などで人は簡単に死ぬ。日も当たらず、食事も貧しい監房ならそれも増える。死んでも誰も疑問に思わないなら、吸血鬼の餌場として悪い環境ではない。


「いちゃもんつけて余所者を収監。そして餌にする」

「その通りだと思うわ」


 裁判費用・弁護費用・収監中の生活費も全て囚人持ち。無罪の判決を受けたとしても、余程の資産がない限り財産を一切合切取り上げられ、街での生活もままならなくなる。そして、改めて正式な犯罪者へ転落することもある。


 そんな人間が収監されているのであるから、街の人間も生死を気にすることもない。


「なら、私たちもぉ」

「若い女の巡礼なんて、飛んで火にいるなんとやらだと思うわ」

「ですよねぇ」


 敢えて単独行動をし、吸血鬼に攫われる事も一つの策であろうか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、朝課まで教会で行い、礼を述べて街を出ることにする。ここから一日で到着できるのがノルヴィクの街である。


「朝一で街に到着するように、手前の村か野営地で一泊しようと思うの」


 オリヴィの申し出に、彼女らは疑問に思うが、確かに夕方無理に到着するよりも、朝のうちに宿を取り商業ギルドに顔を出し、街をうろつくことも大切なのだとオリヴィは説明する。


「吸血鬼と知って協力している者は少ないと思うのよ。大抵、その土地の悪党を表向きの『傭兵団』の顔を使って利用している可能性が高いわ」


 例えば、人身売買。傭兵団に同行する私娼だということにして、密かに若い女を国外に連れ出す事もできなくはない。国外で売却し、また新たな若い女性を手に入れる。


 山賊や盗賊でも同じことは可能だが、国を跨いで移動できる傭兵団に利がある。平民の女が失踪しても、「駆け落ちでもしたのか」と思われるだけである。


 羽振りの良い見目麗しい「騎士風」の傭兵を用意し、騎士物語で語られるような下にも置かぬ扱いをし、「一緒に行こう」などと駆け落ちを唆す。生まれ育った街や村から離れたならば、あっという間に私娼にされてしまう。


 暫く団内で使用された後、使い潰される前に売却されるわけだ。


 巡礼女は特に吸血鬼にとって喜ばれる。信心深い女には魔力持ちも多く、尚且つ、神を汚すけがす行為は吸血鬼の位階を高めるのに効果があると信じられているからだ。


 泣き叫び神に助ける女を蹂躙するのは、とても心躍る行為なのだと。


「何故そのようなことを知っているかは聞かないわよ」

「ヴィが責め殺す時に、べらべら口にするので、吸血鬼が何をしているかについては、無駄に詳しくなってしまうんですよ」


 伯姪の言葉を受けビルが解説し、やれやれとリリアル勢が首を振る。そんな事だろうと思っていた。


「今までの行いを少しでも顧みさせてから滅さないとね。被害者も天国で納得できないじゃない。それに、私はリリアルよりも随分優しいわよ」


 何言ってるのとばかりにオリヴィが首を振り返す。確かに、リリアルでは年単位で射撃の的や聖性を持つ装備の実験台として活用され、心も折れ傲慢な性格も神に死を乞う存在となって滅せられる。


「ナチュラル拷問に頭が下がりますねヴィ」

「集団の強みよね。討伐する者、再利用で徹底的に痛めつける者、役割り分担されているのだもの」


 彼女は大変不本意である。


「本来、人生を全うすることができた方達が何人も犠牲になっているのですもの。再利用できる限りは徹底しないと」


 家畜を屠殺した際の血液だって、吸血鬼の再生に使われるのだからエコなのだ。結果、ちょっと豚っぽくなったり、鶏のような手の甲に鱗状の皮が生えたりするのは内緒である。



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